取引22 お誘いコール
『……まぁ! つまり、お姉さまをデートに誘いたいと、そういうことですの……?』
「あ、ああ」
『……す、素敵ですわ……!』
時刻は夜10時、自宅アパートの踊り場で通話する相手は、ローラだった。
「ただ、ちょっと手違いで連絡する手段がなくなって。ローラさんから言づて願えないかなって、正直、会えるチャンスを窺ってた。……あんな場所ですまない。でも、ほかに会えそうな場所がなくて」
『……いいえ。わたくしこそ気にしません。……それに……』
ローラの声色が穏やかになり、
『……そのおかげで、助けても、いただきました……』
「いえ、こっちこそ助かってます。こうして電話できること自体」
『……まぁ。……米太様に喜んでいただけて、わたくし、嬉しいですわ……』
人見知りも何のその、すっかり打ち解けた口調のローラの様子に、米太は安堵する。
(……昨日のこと、もう気にしてないみたいだな)
一時はどうなることかと思ったが、根尾の言う通り、この娘とのやりとりが、実質的な突破口になることだろう。
『……そして、お姉さまも、きっと……』
「……どうかな。正直、承諾してくれる保証はないんですが……」
『……いいえ、米太様。……お姉様は来てくれますわ。……だって、わたくし、久しぶりに見ました。お姉様が笑っているところ……』
「……え?」
(「……あんなに機嫌のいいミア様を見たのは、久しぶりでした……」)
いつかのメリッサの言葉が、頭をよぎる。
「……笑ってる、よな? ほら、知り合う前に大学で見かけた時にも、不愛想なイメージはなかったし……」
『…………確かに、笑っているようにも見えます。でも、わたくしにとっては、笑顔ではありませんわ。昔は、いつでも心から楽しそうに笑う方でした。……でも」
『……ある時から、ご自身の笑顔を、別の用途で使うようになられました。自分の感情を隠すためのものです。……昔は喜怒哀楽がはっきりしていて、よく怒られたりしましたが、それも今はありません……。ずーっと品行方正で優しい、見知らぬ誰かみたいです……』
「……そう、なのか?」
電話越しに、ローラがほほ笑むような気配がする。でも。
『……わたくしは、昔のお姉さまの方が、好きでしたわ……』
その声色には、明らかな含みがあって、それははきっと、さっき本人が言っていた、感情を隠すための笑み、なんじゃないかと、思う。かと思えば、
『……ところが、最近、お姉さまに怒られたのですわ。……あまりに久しぶりすぎて、思わず聞き返してしまいました。そしたらお姉さま、もっと顔を赤くされて。……わたくし、まるで昔に戻ったようで、もう嬉しくて嬉しくて……』
もう一度、ほほ笑む気配。しかし、今回のはちゃんと笑っている感じがして、少し安心した。
『……米太様と会ってからですわ、お姉さまが変わったの……だから、大丈夫だと思います……』
「……そうなのか。……ありがとう、がんばります」
『……はい。……わたくしも、全力で応援いたしますわ……』
「ちなみに、その、怒られた理由って?」
聞くと、なぜかローラは少し不機嫌になり、
『……それは、野暮というものですわ、米太様……?』
「え、あ……、すみません」
『……では、今お聞きした通り、メリッサさんにはわたくしが、責任もってお伝えします……。……ミア様が大好きなメリッサさんのことですから、きっと協力してくれると思います……」
改めて、強力な後ろ盾だと思う。このローラを介した動きが、この作戦を完遂できる可能性にかなりの影響を与えるといっても過言ではないだろう。
「そうだといいです。……あと、繰り返しますが、この件はくれぐれも内密に……」
『ハイ。そちらもお任せください……。ですが……』
「?」
『……一つだけ、
「なんでしょう」
『……確かにわたくしも協力しますが、……肝心なところは、ちゃんとご自身でなさる方がいいと思いますの……。……その方がきっと、お姉さまも喜びますわ……』
「それは、確かに……」
『……と、いうことで、今から向かいます……』
「……はい。……え?」
『……ちょっと待ってくださいね、米太様……?』
「え……ちょっと!? ローラさん!?」
扉が閉じるようなノイズ。一定の間隔で何かがぶつかるような音がしばらく続いて、遠くで誰かの話し声が聞こえる。どういう状況か測りかねているが、本能的に身体が何かを悟ったらしく、米太は自身の緊張が高まっていくのが分かった。
『……どう……のですフローラ……、……ウィ……まいませんが……』
聞き覚えのある声が、スピーカーを介して米太の耳に届き、
『……もしもし?』
鼓膜が震え、一緒に胸が鳴った。ついこの間まで、何度も聞いていたはずの声。それがたとえ機械によって再現された声だったとしても、米太の予想よりもずっと強く、心を揺さぶられたような気がして、
「……もしもし、俺です」
『…………』
一瞬、フリーズしたような間。同じようなこと前にもあったような気がする。
『……ベ、ベイ、タ!? ……どうしてアナタが?』
「……それは……その……」
緊張からか舌の動きが硬くなり、うまく答えられない。その様子を何か別に解釈したらしいミアが、やけに声のトーンを下げ、
『……そうですか。……そういうことですね、ベイタ。……ウィー。どうせわたしよりも、フローラの方が若くてスタイルもいいですし……』
「……え? いや、何の話?」
『ノン、わたしは構いません。……お似合いと思いますので、どう、ぞごゆっく、り。……すん、わたしも、……しゅ、祝福します、……ので』
語尾がやけに鼻声で涙ぐんでいるのは、きっと気のせいじゃない。そう思った瞬間、米太の中の何かが弾けて、どんな手段でも誤解を解いてやりたい衝動にかられた。
「ミア」
「……俺と、出かけないか? ……二人で」
『……!』
「それを伝えたくて、ローラさん、いや……ローラには協力してもらった」
『……、……監視は?』
「講義時間にこっそり抜け出す。ミアさえよければ、メリッサにも協力を仰いで、バレないように細心の注意を払うつもりだ……」
『……』
『でも、ジョエルに、言われたのでしょう? もう会わないようにと』
「……ああ」
『……それでも?』
「……ああ」
『……』
「……」
『……』
「……ダメか?」
『……』
「……」
『……ノン』
『……いきます』
「……そっか」
『ウィー』
「……」
『……』
「……じゃあ」
『ウィー、おやすみなさい、ベイタ……』
「おやすみ……」
『…………』
「…………」
『……切らないのですか?』
「そっちこそ……」
『……』
「……」
◇◇◇◇◇◇
翌朝、ローラからメッセージが入っていた。
『……一つだけ、問題ができました』
『メリッサさんが、直接米太様の意思を確認したいと、おっしゃっています……』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます