3章 嘘
取引20 企みオブストラクション
「……200万?」
『ああ。200万だなぁ。利子も入れると、250万ってとこかぁ?』
電話越しに酔っ払いの声がする。米太と蛍の父、
「で、俺たちの家財を担保にしたわけか。一銭たりとも渡さない俺たちの」
『ああ。わりーなぁ、でも、どぉしても都合つかなくてなぁ」
「……ふざけんな」
『……あ?』
「……ふざけんなクソ野郎ッ!! 二度とかけてくんなッ!」
『あんだと…てめ』
スマホをタップして、通話をブチ切りする。それでも気持ちが収まらず、テーブルに拳を叩きつけると、遠くに座っていた蛍がビクっと震えるのが見えた。
「……すまん。怖がらせたな」
「ううん。……兄さんは悪くないよ。兄さんが怒ってくれなかったら、きっとウチが怒ってたと思う。それくらい、お父さんは酷いことをしてるって思う。……でも」
「ああ。アイツを怒っても何も変わらない。今までずっとそうだった。とにかくできることを積み重ねるしかない。一刻も早く借金を返して、家財を取り戻さないと」
「……そのことなんだけど」
蛍の言葉に、米太は視線を向ける。蛍は無理やり笑って、
「確かに困るけど、いいよ、もう」
「いい? どういう意味だ?」
「……無理してまで取り返す必要はないかな、って。なんていうか、潔く諦めるのも一つ。ほら、物は物だし。直接危害を加えられたわけじゃないから。……だからもう、気にせずに今まで通りでいけばいいかもって思うの」
「……蛍……でも、それじゃあ」
「いいのいいの。だから、兄さんも気にせずに何ごともなかったかのように生活しよう? ウチと兄さんにかかれば、こんなの慣れっこ、へっちゃらだもん」
蛍が微笑む。その笑顔はどう見ても虚勢でしかなく、そんな顔をさせることしかできない自分が殴り倒したいほど悔しかった。
「……でもお前……、あの……、話は……?」
「……何でもない、何でもなかったの。気にしないで、兄さん。……じゃあ、ご飯作るね」
その後、言葉もなく台所に立つ蛍。その背中がいつもより元気がなくて、何なら泣きそうで。そんな妹の姿を見つめながら、米太は再度自分の迷いを断ち切る決意を固めた。
◇◇◇◇◇◇
「……今、なんて言った、米ちゃん?」
翌日のキャンパス内。人目を忍ぶようにして落ち合った根尾が、驚きの表情をする。
「……言ったとおりだ。留学生の正体は南ヨーロッパの公国のプリンセス。俺がなんとかして彼女をデートに連れ出すから、お前が隠れてパパラッチして写真を撮る。その写真をダシにして、口止め料を請求するんだ。お前が前言ってたように、儲かる案件だぞ?」
「……いや確かにそうかもしれないけど、どうしたのさ、いきなり!」
声を荒げた根尾は、本当に困惑した様子だった。無理もない。つい先日、「ミアと会うのはお金のためじゃない」なんて言った手前、こんな提案をすること自体、手のひら返しもいいとこだ。……でも、と米太は自身の矛盾を飲み込んで言う。
「どうもこうもない。入り用ができた。ただ、それだけだ。……それに、『らしくない』って言ったのはそっちだろ?」
「……それは、……」
「もちろん、無条件なんて言わない。協力してくれたら、取り分の半分は根尾に渡す。正直失敗するリスクもあるから、絶対に協力してくれ、とは言わない。……その代わり乗らないなら、何も聞かなかったことにして忘れてくれ……」
突き放すような態度で米太は根尾を見やる。根尾はポリポリと似合わない茶髪を掻いてから、
「ハァ……。……できるわけないじゃん。……乗るよ。これでもジャーナリズムで食ってくことを願う身じゃん……?」
「根尾……。助かる」
米太が言うと根尾は大げさに肩をすくめ、
「言っただろ、見くびるなって。友達の頼みを無下に断るほど、まだ落ちぶれちゃいないっての」
「……は? 腐れ縁って言ってるだろ?」
「……うおい」
かと思うと、急にトーンを変え、
「……でも、本当にいいの、米ちゃん?」
「…………」
「……ああ。大事な入り用なんだ、……何よりも」
「……とにかく。さっき言ったように、俺はミアをデートに連れ出す。そこでなるべく親密を装うから、お前はカメラでその様子を逐一おさえてくれ。もちろん、見つからないようにしろよ?」
「ああ。存在感を無くすのは得意だからその辺は任せてよ。……で、問題は、どうやってあの娘を連れ出すかだけど?」
「一応、当てがある。あの娘が興味を持ちそうなことが、ちょうど今週」
「ほほう。でも、監視はどうするの? 大学と家以外じゃ監視の目が止まないんでしょ?」
根尾の質問に、米太が顔を曇らせる。
「……そこなんだよな。ああ言った手前、あの老執事に見つかるわけにはいかない。だとすると、前みたいに講義中に抜け出すのがベターかと思う。ただ、学外に出るためには、どうしてもメリッサさんの協力が必要だと思うんだが……、正直協力してくれる保証はない」
「なるほね……。わかった。ちょっと監視の人数とか調べてみるよ。その間に、とりあえず米ちゃんは公女様からアポを取っておいてほしい」
「わかった」
「……じゃ、さっそくちょっと偵察行ってきますよ、と」
カバンから地味なキャップを取り出し、根尾がウインクを見せ、去っていった。その用意の良さにあっけにとられつつ、無条件の後ろ盾を得たことが、なによりも心強かった。
「……さてと」
スマホを取り出し、フリマアプリを起動する。なんて言ってデートに誘おうか、と頭を働かせる。
(……あれ以来、ミアとは話をしていない。ジョエルから、どんな風に話を聞いているのかわからないが、こうなったら直球だ。今までの様子から見て、ミアが断るとは思えない……)
「…………ッ」
脳内に、ミアの屈託のない笑顔が複数よみがえる。『ベイタ』と呼ぶその声には一切の疑いもなく、米太に対する全幅の信頼がいつも感じられた。そんな相手を騙すためのメッセージを考えている自分が、惨め過ぎて滑稽にすら思えた。
(……もう、いい。悩んだって仕方ない。悩んだってお金は生まれないんだ)
そう自分に踏ん切りをつけ、取引画面を表示しようとした時。
「……は?」
画面が勝手にホーム画面にジャンプして、取引画面にたどり着けない。何度やってもそうだった。どうなってるんだ、おかしい、と通知を確認すると、
『事務局より重要なお知らせ』
「……この度の取引について、取引メッセージ内に、出会い目的と思われる書き込みを発見したため、事務局にて取引を強制キャンセルをさせていただきました!? ……この件についての問い合わせは事務局まで問い合わせフォームを……って!」
言いながら思い出す。フリフリの規約の中では、出会いを目的としたサービスの利用を禁止する規約があったこと。確かに思い返してみると、一定の期間支払いも発送もせず、挙句関係のないの予定についてやり取りをするなど、怪しいと思われる要素は山ほどあった。アカウントを即BANされなかったのが、幸いなくらいだ。
(……でも、だとすると、連絡手段がない)
事の重大さに、米太は愕然とする。そして、自分とミアがフリマアプリ以外には、何も関係のない間柄であることを、改めて思い知らされ、悔しさのあまり歯噛みする。
(……クソ、どうしたらいい。ミアと連絡が取れないとなると、計画自体がとん挫したようなものじゃないか。このままじゃ蛍は……)
その時、手に持ったままのスマホが着信音を鳴らす。
発信の主は、根尾だった。
『よー、米ちゃん。さっそくなんけど、有力な情報をゲットしましたよー?』
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