第9話 一人じゃない

ガイアと気まずいまま一日を過ごしてしまったシーラは夕焼けの空の下、ガイアを待っていた。いつもであれば、彼は夜食を取るためにここを通るはず。毎日通るはずの通路が今は怖い。

「・・・来た」

遠くから黒い甲冑に身を包んだ彼が現れた。

「ガイア」

そっと呼びかける。

「・・・」

が、彼はシーラを一瞥すると顔を背けてしまった。

「ちょっと待ってよ」

逃がさない。今度は私が歩み寄る番だ。

「言いたいことがあるの」

「なに」

その視線にぞっとする。いつも向けられていた視線が嘘のように冷たい。

シーラは思わず身じろぐが、逃げてはいけない場面だ。

「わたし、ずっとガイアはエリアが好きだって思い込んでた」

「・・・で?」

「で、でも違ったのかなって」

「そうだな。違うな」

いつも如何にガイアが会話の主導権を握っていたのかを、シーラは思い知らされる。

会話を望まない彼の姿勢に心が折れそうだった。

「それだけか?」

「えっ」

ならもういいよな、と彼は踵を返してしまう。

「いや、まだ聞きたいことが・・・」

「黙れよ!」

口ごもるシーラを見て、ガイアは声を荒立てて叫ぶ。今度こそ上手くいったと思っていた世界が再び失敗に終わったことで、どうでもよくなっていた。

(また・・・俺がシーラを殺すんだ)

ガイアは、その終わりに向けて心の準備がしたかった。シーラと話せば話すほど、彼女への想いが募ってしまう。何より、今回のシーラは今までで一番感情がある彼女だった。これ以上話すと辛くなる。

だから突き放したかった。


「今更、俺に何の用だ?俺がエリアを好きじゃないってそれが何なんだ?お願いだからもう黙ってくれよ」

「私は!アルマ王子を好きだけど恋愛感情は無いよ」

「は」


きっぱりと言い放ったシーラを見て固まるガイア。やっと会話が出来そうな雰囲気を帯びた彼に、シーラは歩み寄る。


「ガイアから見たらそう見えても仕方ないけど、私はエリアとガイアを応援してただけっていうか・・・」

「そう、なのか」

呆然とガイアはシーラを見つめる。

シーラの黄色い瞳に偽りはなく、今度こそガイアという個人を捉えている。

「シーラは今、誰を見てる?」

彼女の頬に手を当て、ガイアは問う。

えっ、と困惑する彼女の顔は初めて見るものだった。今までで、初めての表情。

「?えーっと、ガイアだけど・・・?」

「ははっ、そっか、やっと・・・」

(報われた。・・・今度こそ)

その言葉は胸中に収める。ここで彼女に言っても理解してもらえない発言であるのは承知だ。


意味深なことを言うガイアを、シーラは不審に思った。

「大丈夫?」

「あ、あぁ」

「今までごめんなさい。私が勘違いして暴走してた・・・。もう、ガイアの邪魔しないから安心して」

ガイアは前のシーラを好いていたようだが、イレギュラーなことが起きた今、彼の心情は分からない。「ガイアは私が好きなの?」なんて、自惚れた発言をすることをシーラは避けた。


「あぁ、俺のやりたいようにさせてもらうよ」

ガイアもまた、今の気持ちを彼女に打ち明けるのを躊躇った。ここで告白をしたところで、彼女が逃げてしまっては元も子もない。ガイアという青年は、自らを拒絶するシーラの命を奪おうとするだろう。

エンディングの収穫祭を迎えるまで、この気持ちは留めておく。


***


「仲直りなさったみたいで良かったです」

シーラを迎えに行こうと、早朝に城内を歩いているとエリアが笑顔で話しかけてきた。

「迷惑かけたな」

「本当ですよ。お二人がぎくしゃくするだけで、城内の雰囲気が変わりますから」

「気を付けるよ」

「それで?」

「何が?」

「シーラ様に、いつお気持ちを伝えるつもりですか?」

「・・・今はまだ―」

「収穫祭以降、ですよね?」

「っ!」

思わず彼女を見ると、真剣な表情をしていた。柔和な雰囲気は鳴りを潜め、今はただガイアを観察している。

「なんで、それを・・・」

「とにかく、今は抑えてください。シーラ様のためにも」

「・・・元からそのつもりだ」

「その言葉を聞いて、安心しました。それでは」

深くお辞儀をしてエリアは去ってゆく。

「・・・」

元から勘付いてはいたが、エリアも一枚岩ではいかない人物のようだ。

もしかしたら、俺は孤独では無かったのかもしれない。


***


エリアは執務室の扉を叩く。返事を耳にしてから、重厚な扉を開けた。

「失礼します」

「エリアか」

「シーラ様とガイア様の件は問題ありません。今回はもしかしたら・・・」

「後は、僕らが何とかするしかなさそうだ」

「ですが次の公務は・・・」

エリアが途端に不安な顔をする。

「あぁ、危険区域の巡察。何が起こるか分からないな」

「アルマ王子が怪我をなさっては終わりですからね」

「分かってる」

そう言いつつも、アルマ王子は緊張した面持ちで考える。

(シーラの心が凍結するきっかけは、僕の死や怪我・・・。忠誠心が働く、といった方が正しい。軽いものなら前回のように解決するけど、場合によってはシーラが再び、冷酷無比な性格に戻ってしまう可能性がある)

「・・・当日、シーラ様を城に留める方法はないのでしょうか?」

「僕も手を尽くしたけれど、無理だった。先方はシーラと僕をご指名だ」

「平和に事が進むといいですね」

二人は窓から、ガイアとシーラが寄り添って歩く姿を見ながら会話を続けていた。


***


シーラとガイアは昼下がり、アルマ王子から招集を受けた。

「魔獣の頻出する地域の巡察、ですか」

いつになく緊張したアルマ王子の姿を、シーラは疑問に思っていた。

「あぁ、最近多発した獰猛な魔獣によって被害を被っている農村区域があるんだ。その地域の貴族から、助けを求められた。・・・あちらは、特にシーラを指名している」

「どうしてですか?」

途端に剣呑な雰囲気を帯びたガイアが、王子に詰め寄る。

「理由を尋ねてもはぐらかされる。シーラの実力を買った、という建前だけれど、本心は絶対に違う。考えたくはないけど、獣人と今回の件を関連付けているのかもしれない」

「獣人は未知の種族ですから、そう考えてしまうのも仕方ないですね」

シーラは特に気にする様子はない。むしろ、今回の任務をポジティブに捉えていた。


(私の知らない話が進んでいる。もしかしたら、シナリオとは全く違ったストーリーになってハッピーエンドになるのかもしれない。そうだったらいいな)

もはやシーラに、登場人物の思考や行動は読めなくなっていた。

ガイアは元々シーラを好いていたことが分かったし、性格も少し異なる。

エリアとアルマ王子はあまり変わらないけれど、何か隠している気もする。


(臨機応変な対応が試されるなぁ)


何も知らないシーラは呑気にそう考えていた。


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