第8話 違い


アルマ王子から、シーラとガイアの出会いの一部始終を聞いた。


2年前、シーラは獣人と言う珍しい種族が災いして商人に売られそうになっていたらしい。そこを助けてくれたのがアルマ王子だ。彼についていき、落ち着くまで城で滞在させてもらえることになった。そこでガイアとの出会いがあったという。


ガイアはシーラを見た時から、毎日のように彼女の様子を確認していた。感情の起伏がほとんどないシーラに根気強く話しかけていたそうだ。


そしてある日突然、彼はシーラに騎士となるよう提案する。

「一緒にアルマ王子を守らないか?」

その一言でシーラは変わったという。

いつも冷静な性格が、冷酷な人格になってしまった。

それは王子のため、という生きる大義名分を得たからだ。ストイックすぎる故、王子以外は信用しない。誰も寄せ付ける隙を与えない人物と化してしまった。

王直属の護衛となってからは、ガイアはシーラから離れなかったそうだ。

・・・どんなに彼女がガイアを無視しても。



―でもね、と王子は溜息をついた。

「僕は、そこまで僕への執心を求めていた訳では無いんだよ」

少し切なそうにして、言った。

「君が城に留まる理由が欲しかったんだ。あのままだと、シーラはどこかへ消えて行ってしまいそうだったからね。放っておけなかった」

「ガイアは・・・、どうして私から離れないんでしょう?」

「僕は言えない。その答えは君自身が見つけないといけないよ」

「・・・はい」

おそらく、おそらくだがガイアはシーラの死を無意識に感じ取っていたのかもしれない。

ゲームのキャラだと言っても人格は存在するのだから。


***


ガイアは大きな足音を立てながら、豪勢な廊下を歩いていた。

すれ違う人々に、騎士として爽やかな笑みで挨拶を返す。

挨拶を終えると、彼の表情は無に戻っていた。その表情は決して他人に見せることは無い。


―彼はあくまでアルマ王子の護衛であり、爽やかな頼れる兄キャラなのだ。あの日見た光景は忘れることは無い。


ただひたすらに、城内を歩く彼の胸中は、焦りと困惑で支配されていた。


(分かっていない。シーラは何も分かっていない。

あいつを救うために、どれだけ俺が苦労しているか。今回こそは行けると思ったのに。

・・・いや、そんなことは今更どうでもいい。

ただ、知って欲しい。

俺はお前がどうなろうと、味方であることを。

シーラがどんなに孤独になろうと、俺だけは・・・)


**


俺の知っている話と違ったんだ。明らかに異なる世界だ。


それが確信に変わったのは、貿易商のもてなしだった。

あの時は何故エリアと俺が一緒に行動する展開になっているのか、という疑問が解消されなかった。

が、シーラが裏で動いていたのに気づいて納得した。

おそらく、彼女は王子と二人きりになりたいのだ。・・・が、残念だな。

どんなに頑張っても、シーラは王子と結ばれることは無い。


次は、俺の予想通りの展開だった。あいつは王子の護衛で怪我をするのだ。

俺だけが知っている裏の話。本当は傍に俺もいるはずだった。

だから、待ち伏せした。医務室に来るシーラを夜まで待った。案の定あいつはやってきたが・・・様子がおかしかった。


―俺のことを見ていない。


これでは前のあいつだ。何故元に戻った?

心を凍らされたシーラが出現してしまったことは、俺の心を大きく乱した。その上、拒絶される。

抑えきれない黒い感情が胸を支配しかけた。どれだけ手を尽くしても駄目ならば、いっそ―。

・・・が、シーラは俺の手当てを受け入れた。嬉しかった。怪我をしたシーラは野生動物のように他者を寄せ付けず弱みを見せなかったのに。


そして、周囲の変化に俺は手を焼いた。

シーラに話しかけやすくなったのはいいのだが、問題が発生した。あいつは人に好意を向けられてしまっていた。一般兵が彼女に擦り寄り、出掛けの約束を取り付けようとしている場面を見た時、俺はつい、彼に牽制した。優しくて頼れる人物がやってはいけない行動だったのだが、どうでも良かった。

今まで以上にシーラに取り入ろうとする奴の排除が面倒になったのは失敗だ。


そして、一番ショックだったのはアルマ王子とエリアの抱擁を見てしまった時の、シーラの発言。

『まだ、チャンスあるかな』

その言葉は聞きたくなかった。

これはアルマ王子とエリアの恋をする世界なんだよ。

シーラはどんなに頑張っても・・・王子と結ばれないんだ。どうして、いつも彼女は俺を選んでくれないのだろう。

全て伝えてしまいたかった。俺を選んでくれ、王子を諦めろ、と。


その後の『記憶改変薬』は、俺を絶望に染めた。

あいつが【追憶の紫】を拾っていたのは知っている。俺が確認したときには、武器庫にはなかったのに、何故シーラがそれを手にしていたのか。

ついにシーラは記憶を改変しようとしている、と思った。アルマ王子への未練を断ち切るために、・・・俺と同じことをしていた。


―ガイアである俺には、今までのストーリーの記憶が残っている。膨大な数の同じストーリーを体験し続けているのだ。何度も、何度も。


俺が記憶を改変したのは、【ガイア】とエリアが恋愛すると言われている世界の出来事だ。俺はシーラを失って自暴自棄になり、いっそのこと記憶を消してしまおうと思ったらしい。

記憶を失った俺は、エリアとの恋愛をした。エリアを中心に回る世界であるから仕方ない。


しかし、また戻ってしまう。振り出しに戻される。


原因は分かっている。おそらくシーラだ。

彼女が死んだままエンディングを迎えると、俺の世界は【第1話】に戻る。


ランダムに選ばれる世界で、アルマ王子とエリアが恋愛する展開は俺のトラウマだ。

ガイアは幾度となく、愛するシーラを自らの手で殺害している。徐々に体が冷たくなっていく彼女を抱き、俺は数えきれないほど慟哭した。


だから、何度も、何度も何度も何度も、凍ったシーラの心を溶かそうと努力した。俺に振り向いてもらおうと努力した。しかし、望みが叶う前に最終回を迎えてしまう。―彼女は俺を見ないまま死ぬ。


何度同じ光景を目にしたか分からない。もう打つ手はない、と思っていた矢先にあれを発見した。


シーラの部屋に置いてあった彼女の日記。

・・・それだけが希望の光だった。

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