第7話 【第7話『街へ行こう』】
俺には忘れられない人がいる。かつて出会った獣人の少女だ。
当時18歳。アルマ王子の一兵卒として勤務していた時、雪のように白い彼女と出会った。
シーラと言う名の少女はアルマ王子に拾われたらしく、しばらく城に滞在していた。
時々見かける、美しい彼女に俺の心は奪われた。それから彼女に勇気を出して話しかけた。シーラはつんけんした性格だったが、決して俺を拒絶しない。
結局、笑顔はほとんど見せることは無かったが、彼女の笑顔を引き出そうと奮闘したものだ。年も近い彼女に恋心を抱くのは当然のことだった。
そして迎えた収穫祭。俺はシーラにこの気持ちを伝えようと、覚悟を決めていた。
「ごめんなさい」
そう言って、それきり彼女はガイアの前に姿を現すことは無くなった。城から消えた。
俺は忘れられない。「ごめんなさい」と言った彼女の目に、涙が浮かんでいたことを。
聞いた話によると、シーラはその見目と、獣人という特異な種族であることに目を付けられて貴族に買われたらしい。
『助けてくださったアルマ王子に、この命を捧げるのが私の人生よ』
そう言って初めて笑った彼女の心中は計り知れない。シーラの運命を変えようとアルマ王子も手を尽くしたらしいが、力が及ばなかったという。
呆然としたまま日々は過ぎ去り、ある日―。
「シーラが、死んだ?」
手元の剣を落とす。大きな金属音がしたが、その音は耳に入らない。シーラの死を告げるアルマ王子の声も聞き取りづらいほどだった。
「あぁ、引き取られた先で戦死したらしい」
「戦死・・・?」
その言葉を咀嚼するのに酷く時間がかかった。彼女は側妻や給仕などの比較的平和な立場じゃなかったというのか?
・・・彼女は戦の道具として使われた。その命を、誰とも知らない奴のために使ったのだ。
ガイアは号泣した。初恋の彼女を、共に生きたいと思った人をこんな形で無残にも失ってしまうことになるなんて。
「シーラ・・・」
とめどなく溢れる涙を必死に拭う。かつて彼女と談笑した中庭で、彼は彼女に向けた最後の涙を流した。
シーラの死から立ち直れないまま、エリアと言う少女に出会った。可憐で守ってあげたくなる雰囲気はシーラと正反対だ。シーラと対極にある彼女を見て、また、シーラを思い出している。そんな自分が嫌だった。
その時には既に【記憶改変薬】の調合法を頭に入れていた。偶然拾った【追憶の紫】は、シーラの記憶を消すように告げているようだった。このまま彼女への悲壮感を抱えたまま生きていくのは辛い。
「街へ行こう」
カモフラージュとしてエリアと共に街に行く。そこで、残りの材料を手に入れるのだ。幸い、【回復薬】と【記憶改変薬】はレシピが似ている。違うのは、希少価値の高い【追憶の紫】を入れるか否かだ。
完成した魔法薬を前に歓喜する。が、突如襲ってくる虚無感。
これを飲んでしまえば、ガイアの中からシーラが消える。それは耐え難いが、このまま彼女の存在に縛られて生きていくのも辛い。
勇気を出して、一気に飲み干す。
―愛と哀が消滅した。
***
瞼の裏に光が差す。その一筋の光は徐々に大きくなり、
「・・・っ!」
目が覚めた。体を起き上がらせてしばし考える。
「今のは・・・ガイアの夢?」
しかし、シーラは生きている。ここに存在して、ガイアと共に生きている。
「じゃあ、これは、『ガイアルート』の彼・・・?」
ゲームでは一切触れられていない彼の一面だ。設定資料にもどこにもない裏の話。
ガイアがシーラを好きだという線が浮かび上がってきた。
混乱する頭で、昨日の会話を思い出す。シーラがアルマ王子との記憶を消そうとしている、と勘違いしたガイアが彼女に迫った時の話だ。
『シーラはアルマ王子が好きだろ?』
『ううん。私はガイアの味方だよ』
『それなら、どうして俺とエリアの仲を取り持とうとするんだよ』
『だってガイアはエリアが好きでしょう?恋人は無理でも、親友にはなれるよ』
その際に放った私の一言で、彼の表情がスッと無くなったのを覚えている。
否定するガイアをシーラは相手にしなかった。「ガイアはエリアが好き」、その先入観は揺るぎないものとしていた。だって、実際にそうだったのだから。
と、前までは信じていた。今は違う。
「ガイアはシーラが好きだったんだ・・・」
過去、そうであったのだ。
が、現在のアルマ王子ルートでは彼女は売り飛ばされないし、何より生きている。「今」の彼の気持ちはどうなのだろう。
ガイアとの出会いが知りたい。彼とシーラはどう出会い、今に至るのか。今後はそれを解明することを目標としよう。
***
「おはよう」
「・・・はよ」
あの一件から、ガイアの態度が変わった。今までの優しさは上辺だけだったかのように、今の彼は危うい雰囲気を纏っていた。何を考えているか、全く読めない。
「ガイア、昨日のことだけど―」
「ごめん、今はちょっと一人にしてくれ」
「・・・」
初めて距離を置かれた。極力、彼はシーラの存在を無視しようとしている。
「ちょっとシーラ、どうした?」
「王子・・・」
「ガイアが君を置いていくなんて珍しい、というか初めてだ。君、何したの?」
「何で私が何かしたこと前提なんですか・・・」
「ガイアがああなるには、君が彼を傷つけない限り無理だ」
「傷つける・・・」
心当たりがある。その前に、
「王子に聞きたいことがあるんです。私とガイアの出会いって覚えていますか?」
おそらく、ここに答えがあるはずだ。
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