第6話 勘違い
城から少し離れた研究所、そこには由緒ある書庫が存在する。
東西南北に分かれた棟は、研究所を囲むようにそびえ立っている。
その南棟にシーラは初めて足を踏み入れた。その際に、書庫までついて来ようとするガイアを振り切るのは骨が折れたが。
「回復薬、回復薬。・・・あった」
回復薬程度のレシピなら、簡単に手に入る。それ以外の危険な魔法薬は、司書からの特別な許可が必要だ。
「ふーん。・・・これなら街でも手に入りそう」
見たことのある薬草や薬品名ばかりだ。使いを頼んでも不自然のない材料である。
後は買いに行ってもらうだけだ。
「それにしても、あの棚が気になる・・・」
明らかに厳重な守りが施してある棚の一画がある。おそらく司書からの許可が無いと見られない書物だ。
「聞くだけ聞いてみよう」
単なる好奇心で司書に許可を求めると意外や意外、その場で許可が下りた。王の直属の護衛という肩書の凄さを実感した瞬間だった。
「ちょっとだけ・・・」
見るからに年季の入った一冊を手に取り眺める。
人の心を操る薬、命を奪う薬、爆発薬、記憶の改ざんをする薬もある。シーラは、この書物は気軽に手を出してはいけない代物だと感じた。それに、どれも聞いたことのない薬品や材料ばかりだ。
「あ、れ」
一つだけ、材料一覧のページのイラストが目についた。
「【追憶の紫】って、これ・・・。この前落ちていた石に似てるかも」
武器庫に落ちていた、透き通るような紫の小さな結晶。光にかざすと色が抜けたようにみえるのだ。それが面白くて、ずっと日光に当てて透かしていたことがある。
ガイアが酷く驚いていたから、鮮明に当時の出来事を思い起こすことが出来る。
「捨てなくて良かったぁー」
小指の爪よりも小さな結晶。一通りほど楽しんだ後、中庭に捨てておこうと思っていたのだ。捨てずにとっておいて正解だった。シーラは後であの石を研究所に寄付しようと決め、書庫を後にした。
***
「二人にまたお願いがあるんだけど」
アルマ王子の許可は得ている。
彼とエリアの想いが通じ合ったことを祝福しその上で、ガイアとエリアの仲を「友達として」深めることに協力してもらうことに成功したのだ。
「この材料が欲しいの。回復薬を作りたくて」
「えぇ、いいですよ。ちょうど街に買い出しに行こうと思っていました」
「俺は荷物持ちか?」
「・・・うん」
「またか」
二人の間に流れた微妙な空気を感知し、エリアがうろうろと視線を彷徨わせる。
「アルマ王子に言われた任務があるから」
毎度毎度申し訳ないが、ガイアを納得させるにはアルマ王子の命令が効果的なのだ。
「分かった。行ってくるよ」
ガイアはシーラの書いたメモをぎゅっと握りしめている。クシャクシャになるほど握られた紙を見て彼が怒っているのかと危惧したが、その表情はあくまでも柔らかい。
「ありがとう。エリアも」
「はい!」
シーラはせめても、と彼らを見送った。
さすが、優しい兄貴キャラ。私のわがままにも笑顔で対応してくれた。頼まれると断れない性分なのだろう。
***
エリアは隣を歩く男の様子を伺いながら街を歩いていた。
「どうした?」
遠慮なく注がれるエリアの視線に、さすがのガイアも不思議に思ったようだ。
「あの、怒っていますか?」
「・・・いや?」
嘘だ。彼はシーラとの会話の後から、明らかに纏う雰囲気が変わっている。
「本当ですか?」
彼の手に握られているメモを見過ごせるわけがない。恨みが込められたようにぐしゃぐしゃなのだ。広げたら辛うじて内容が理解できるかという程に。
エリアの純粋な瞳が手元のメモに注がれているのを見たガイアは、溜息をついて言った。
「あー。まぁ、怒ってはいる。別にエリアとの買い物に不満がある訳じゃないけどな」
「それは分かります。シーラ様、ですよね?」
「まぁ・・・。エリアこそいいのか?王子とあいつを二人きりにして」
「・・・?」
いいに決まっている。シーラは王子に邪な気持ちは抱いていないし、信頼している友人だ。何を心配する必要があるのだろうか。
(・・・まさか、シーラ様はアルマ王子に想いを寄せていると勘違いなさっている?)
それならば早々に誤解を解かなければ大変なことになる。主にシーラ様が。
口を開こうとしたが、ガイアは店にスタスタと入ってしまった。
***
「おかえりなさい」
アルマ王子の執務室で慣れない事務作業を手伝いながら、シーラは扉を開けた二人に声を掛ける。兵や軍に関する資料は王子より騎士である彼女の方が適任だという事だった。
ありがとう、と礼を言ってシーラはガイアから紙袋を引き取る。
「何かあった?」
シーラの計画によると、彼とエリアは親友くらいになってくれているはずだ。が、エリアの表情が硬い。
「ちょっと、こっち来い」
ガイアに腕を掴まれ、グイっと引っ張られる。なんだ、何があったのだというのか。
「いいから」
有無を言わさないその態度に、シーラは焦りが募った。いつもの優しさが欠片も見当たらない。
誰もいない中庭で彼は立ち止まった。
「お前、何を作ろうとしている?」
「え、回復薬を・・・」
「そういうのいいから」
「え?どういう意味・・・」
(作るって、薬のことじゃないの?)
「俺には本当の事言ってくれよ」
「本当だって!」
つい、大声を出してしまった。意味不明の怒りをガイアから向けられ、状況が理解できていない。ガイアはシーラに詰問する。
「じゃあ、【追憶の紫】はどうするつもりなんだ?言ってみろよ」
「あぁ、あの綺麗な石ね。研究所の人にあげたよ。貴重なものらしいから」
その言葉を聞いて、ガイアが言葉に詰まる。
「もしかして・・・欲しかったの?言ってくれれば良かったのに」
「いや、欲しくはない。【記憶改変薬】を作るつもりじゃなかったのか?」
「違うよ」
「俺は、お前がアルマ王子に出会うまでの記憶を消そうとしていると思って・・・」
「どうして?」
と、尋ねると・・・。
「シーラはアルマ王子が好きだろ?」
と彼は苦しそうに言い放った。
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