第5話 作戦変更

シーラは頭を抱えていた。そして、過去の自分を殴りたい衝動に駆られる。

(私が知っているのは、【第9話】まで、そしてそこはシーラとガイア、そしてエリアの紹介で話が終わる・・・)

そして、ここからが重大だ。

(・・・その先を知らない)

アルマ王子とエリアが親密になるエピソードをもう知らないのだ。おそらく、エンディングまでにあと数個あるはずなのに。ガイアの時がそうだった。

僅かに知っている知識で、これまで何とかやってきたが・・・。


「え、と・・・。か、帰ろっかぁー」

シーラのキャラなど忘れて、今は焦りで頭が一杯だった。隣で立ち竦むガイアを伺うように彼の腰の剣を引っ張る。


―その視線の先には、抱擁しあうアルマ王子とエリアがいた。


(中庭を通るルートを選択するんじゃなかった。おそらく二人の恋愛イベントが起きてしまっている。建物の隙間から除く夕日が何かやけに二人を美しく照らしているから、絶対そうだ)

「ガイア・・・?行こう」

視線を二人に奪われたガイアは、その場を動こうとしない。

「・・・」

シーラはガイアの胸中を想うと、胸が痛かった。私はガイアのことが好きであるが、それは一線を画した「好き」だ。彼から相応の気持ちを返してもらえるとは元々思っていない。

しかし、今の彼は違う。この世界に生き、この世界が全てである彼の恋心は、無残にも枯れてしまったのだ。


(私の力が及ばなかったばっかりに・・・!)


このイベントを知ってさえいれば、回避可能だった。悩んでいても仕方がない。作戦の路線変更だ。

(ガイアとエリアをくっつけるのは中止。これからは、ガイアの恋を歪んだものにしないように阻止しないと)


立ち竦むガイアの腕を引っ張るようにして、その場を去る。彼に掛ける言葉が見当たらなかった。


呆ける彼をなんとかその場から動かすことに成功し、兵舎の長椅子に座らせた。彼を不躾に見ることも出来なくて、ガイアに背中を向けて立つ。

「ガイア、大丈夫?」

「あ、あぁ・・」

「まだチャンスあるかな・・・」

「はぁ?」

項垂れていたガイアは、いきなり声を荒げた。びっくりして思わず彼の方を振り返る。

「チャンス?」

掠れた声でガイアは言う。

「この期に及んで、まだあると思っているのか?」

「ご、ごめん。今のナシ」

シーラの発言が、ガイアの心を逆撫でしたようだ。見たこともない雰囲気のガイアに、僅かな恐怖を覚える。

(そりゃそうだよね・・・。失恋確定なのに『チャンス』は、さすがに無責任だった)

「シーラは、あれ見てどう思った?」

「二人が幸せなら応援しようと思う」

「だよな。王子ファーストのお前はそう言うと思った」

ふっと笑ってガイアは闇を見つめる。その自虐的な笑顔もカッコいいと思ったが、今はそんなことを考えている場合じゃない。

「お前がそれでいいなら、俺も気にしない」

「うん。いいと思う」

これ以上の言葉は無用だ。彼らの頭上では、月が大きく輝いていた。



***


兵舎の自室に引きこもり、一人会議を始める。

(まずは、どうしてガイアが歪んでしまうのか。そこを解明しよう)

ガイアは優しい青年キャラ。ゲームでは、気配りのできて強い騎士として描かれている。城に来て孤独な彼女の心の拠り所となるのだ。二人は次第に親睦を深め、ついに収穫祭でガイアはエリアに黄色い宝石を渡す。

ちなみに収穫祭は、想い人の瞳と同じ色を用意するのが通例だと言われている。


(ガイアルートでは、どんな恋愛イベントが起こったっけ)

その点は自信がある。何度もやり込み、バッドエンドまで覚えているのだから。


出会いを除いて、大きなイベントは三つ。全25話のうち、約6話で一つのイベントが終わると分かった。

私の記憶によると、【第7話】【第13話】【第19話】がそれぞれの転換期。



【第7話】は、「街へ行こう」だ。これは普段からシーラが二人に仕組んでいるものだが、この話は日常と少し違う。魔法薬に必要な材料を買いに行くというのだ。その魔法薬は、ガイアが個人的に作りたいものらしい。魔法薬の効能は描かれていなかったが、騎士である彼だから、回復薬とかその辺だろう。道中、ガイアがエリアの優しさに心を動かされるのだ。


【第13話】、「ガイアの過去」。これが一番厄介だ。バッドエンドはこのルートで用意されている。この話は、彼が王子に仕えるに至った経緯が明らかになる。数々の別れを超えて、彼はアルマ王子の騎士となる。そんなガイアの少し悲しい過去が明かされ、彼が一筋の涙を流しているシーンのスチルは永久保存したいくらいだった。気になるバッドエンドは、彼がとある令嬢に出会い、突然気が変わってしまうという終わり。当時は、突拍子もない展開に唖然とさせられた。


【第19話】は、「収穫祭の始まり」。言わずもがなラストイベントだ。黄色い宝石を持って、意中の相手であるエリアに告白をする。エリアは当然彼を受けいれ、華々しいハッピーエンドで幕を下ろす。



「どうすれば・・・。あ」

はた、と思いつく。二人が通じ合った今、難しいかもしれないがガイアルートの出来事を私が仕組んでみればいいのかもしれない。

何故思いつかなかったのだろう。我流で二人をくっつけようとしたのがいけなかったのだ。ここは物語の世界、ならばその道筋に沿った展開が必須なのかもしれない。


「よし!」

エリアと恋仲になるのは難しい、というか不可能だ。しかし、彼がエリアを拉致してしまう展開は避けなければならない。シーラの死に直結するのだから。

となれば、ガイアとエリアには良い親友としての関係を築いてもらいたい。おそらくガイアはエリアからの想いが足りずに、自我を失って暴走してしまったと考えられる。

「まだ希望はあるかも」

ぐっと握りこぶしを作り、明日の作戦を立てる。【第七話】「街へ行こう」、これを実行する。


―まずは適当な魔法薬のレシピを手に入れなければ。

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