第4話 密かに人気
「おはよう。もう怪我は平気か?」
「うん。平気」
「良かった」
何気ない会話を交わし、兵舎へ向かう。
(それにしても昨日は不思議だったな・・・。シーラは王子に危険が迫っていたり手負いの状態だったりすると、心を凍らせて自分を守ろうとする。ちゃんと覚えておこう)
シーラとして生きていくうえで非常に大切な情報だ。「自分」という感覚は消えずに、色褪せた世界を見ているようになったら要注意だ。前の冷たいシーラに戻ってしまう。
慣れ親しんだ訓練場に足を運ぶ。今日は護衛の任務がないから、兵への指導要員として働く。
「「お早う御座います!!」」
四方八方から聞こえる挨拶の怒号。耳がキーンとなった。
「じゃあ、まずは貴方から」
「宜しくお願いします!」
近い位置にいた兵士を指名し、手合わせを始める。
***
ふぅ、と一息ついて兵舎内の木の長椅子に腰かける。太陽が頭の真上にあった。
ガイアは遠くで丁寧に兵士に教えを授けていた。実を言うと、感覚派のシーラでは役に立てなかったのだ。彼女がどんなに言葉で表現しても、疑問符を頭に浮かべる人を増やしただけだった。
何気なく外を見ると、兵士が汗水たらして剣を打ち合っていた。
「・・・あの」
「?」
一人の青年が話しかけてきた。その顔は、訓練後だからだろうか・・・赤に染まっていた。その姿は、心なしか酷く緊張している。
「シーラ様・・・その・・・」
歯切れが悪い。その姿を不思議に思ったが、無理もないと納得する。不愛想でストイックな彼女に話しかけるのは相当な困難だったようだから。青年が落ち着くのを待つ。
「あの、もしお時間があれば、この後―」
「あー。悪いな。この後は予定があるんだ」
彼の言葉を黒い騎士が遮る。シーラと青年の間に立ち、彼の言葉を制した。
目の前にガイアが立ちふさがることで、シーラの視界が黒に染まる。
「あ・・・。す、すみません!何でもないです!」
「えっ」
青年は顔を青くして逃げてしまった。
(そんなに上手くいかないよね・・・)
人の印象とは、一朝一夕で変化するものではない。マイナスからプラスに変化させるのであればなおさら。ガイアは、シーラに怯える青年に救いの手を差し伸べたのだろう。
青年は、情けなく逃げ帰った先で仲間に励まされていた。
「よくやったって!」
「あのシーラ様に話しかけるなんてお前は勇者だ」
「最近のあの人、雰囲気柔らかいよな」
「でも・・・どうして帰って来たんだ?何かシーラ様に言われたか?」
―様々な憶測が飛び交う中、件の青年だけはぶるぶると震えて黙っていた。
***
「ねぇ、エリア」
城の大きなステンドグラスを拭いていると、美しい獣人に声を掛けられた。強くて綺麗な王子の騎士は、エリアの数少ない大切な友人だ。手を止めて相手の方を向く。
「なんですか?」
「今、気になっている方って・・・いるよね?」
確信がある、その言いぶりに思わず笑みが零れる。
「いますよ」
「誰」
「少なくとも、ガイア様では無いです」
「はっ」
そんな、とだんだんと絶望に染まっていくシーラ様の顔が可笑しかった。
この人は何故かガイア様と私の仲を親密にしようと奮闘しているのだ。ガイア様の良い所を並べ立て、気を利かせて二人きりの空間を作ろうとしている。
初めはガイア様が私のことを好いていて下さって、それを知ったシーラ様がその後押しをなさっているのかと思っていた。そして、私はアルマ王子に想いを寄せているのだからそれは叶わぬ願いだと思っていた。
が、あの青い瞳を見る限り、ガイア様が私を好くことは決してないだろう。
今では、悪手を打ち続けるシーラ様の身を影から見守り続けることしか出来ない。どうか無事でいて欲しい。その一心だ。
そんな私の心は露知らず、今日もまたシーラ様は無意味な作戦を実行し続ける。
「今度さ、ガイアと一緒に街に行って欲しい」
「何故ですか?」
「王子の頼んだ荷物を取りに行かないといけないの」
「シーラ様とガイア様で行けば良いのではないでしょうか?」
このまま押し切ろう、とステンドグラスに体を向けて掃除を再開する。
「私はちょうど、アルマ王子に任された任務がある」
「・・・そうですか。了解しました」
シーラ様は計画的な方で、気付いたら先手を打たれていることが常だ。それにはアルマ王子と口裏を合わせていないといけないのだが、その点は彼から協力を得ているようだ。
(アルマ王子は何故シーラ様に協力するのかしら・・・)
アルマ王子はシーラに恋慕は抱いていない、と言っていた。恐れ多いことに、私に好意を抱いているとこの前打ち明けてくれた。
となれば、理由は一つ。
(楽しんでいる・・・)
ガイア様の密かな気持ちに気付いたうえで、彼はシーラ様の側についている。いくらアルマ王子でも、あのガイア様を敵に回すのは良くないと知っているはず。
(無事に事が進むといいけれど)
私はシーラ様が平和であればそれでいい。彼女は王城に来て、間もない私に親切に接してくれるのだ。彼女からにじみ出る優しさに幾度となく救われている。
「エリア、何か分からないことがあったら言ってね」
と、常に私を気に掛けてくださる。
(そういえば、あの時も・・・)
ここに来てすぐの出来事だ。
「貴方、調子に乗っていない?」
先輩メイドから突然問われたことがある。
「いえ、そんなことありません」
覚悟していた周囲からの好機の目。中には敵意を抱く人もいる。実は、エリアが運よく王子と出会い、ここに努めるに至る経緯をよく思わない人ばかりなのだ。
「ほとんど毎日王子に謁見なさっているらしいじゃない。立場を弁えたらどう?」
「それは、偶然―」
「口答えするんじゃないわよ!」
左上から振り下ろされる腕に思わずぎゅっと目を瞑る。
「・・・?」
なかなか訪れない衝撃を不審に思って目を開けると、白く美しい彼女がいた。
「やめなさい」
「シ、シーラ様・・・。これは・・・」
「今後、このような行為を見つけたら私が許さないから」
「は、はいっ」
彼女から発される冷気のような怒気に恐れおののき、先輩メイドは走り去った。
「大丈夫?」
いつもよりわずかに心配するような顔でこちらを見ている。
「平気です。あの、ありがとうございます」
「良かった」
いくらか柔らかい雰囲気で彼女は笑う。その微かな笑顔を見るたびに思う。
(どうしてお城の方々は、シーラ様を『氷狼』だなんて名を付けたのかしら・・・)
それは彼女の見た目ではなく、性格を畏怖して付けられた名前なのだそうだ。エリアと接している彼女からは冷たさなど微塵も感じない。が、ここに勤めて長い人々は口をそろえて言うのだ。
『シーラ様はアルマ王子に対して病的なまでの忠誠心を持っている』
と。エリアは、その言葉に疑問を抱くばかりだ。それもつかの間、最近は彼女への評価が改善されてきている。
『エリアが来てから、シーラ様は丸くなったわ。親しみやすいの』
それを聞くと嬉しい、と素直に思った。
(私がきっかけで、シーラ様が皆から愛される人物になった・・・?)
シーラに敬愛の念を抱いているエリアは、その事実がただ嬉しかった。思い違いかもしれないし、うぬぼれだと笑われるかもしれない。だが、エリアは歓喜した。
(シーラ様と一番親密なのはおそらく私かな)
いつか彼女と共に出かけたい。年頃の娘なりの遊びをしたいし、話もしたい。
―エリアは思った以上に、シーラを好ましく思っているのだと気付いた。
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