第3話 作戦実行その2
帰ってきた二人は、心の距離を縮めることに成功したようだ。
心なしか親密そうに見える。
(よしよし、これでガイアとアルマ王子は同じラインにいるはず)
となれば、次の作戦を実行する。ただでさえ、ガイアはエリアに好かれる可能性が低いのだ。
作戦その二 【城内二人きり】
穏やかな気候のある日、アルマ王子は城を留守にしていた。
公務で隣国に行く予定があるのだ。通常の護衛は、直属の騎士であるシーラとガイア。護衛といっても道中の魔物や賊が主な障害だ。
アルマ王子の両脇に控える隙を見せない精鋭の騎士は、彼の威厳を底上げしていた。
しかし、今回ばかりは事情が違う。
「え、俺が残るんですか?」
「あぁ。ガイアにはエリアと客人のもてなしをして欲しい。突然だけど今日、海を越えて貿易商がやってくるとの連絡があった」
「・・・俺の必要がありますか?」
「ある。貿易商とはいっても、その筋ではかなり有名な方でね。僕としても彼との繋がりは維持しておきたい」
「客人のもてなしなら、俺みたいな無骨な奴じゃなくて・・・もっと適任がいると思うんですが」
「この国の王子に一番近しい、君だからこそだよ。腹心である君なら向こうも不満は無いだろうしね」
そこまで言われたら、さすがのガイアも口を噤まざるを得ない。これ以上は無駄だと判断した。
シーラは、どう思っているのだろうか。ガイアが彼女を見ると、
「任せて。王子は命に代えても守るから」
「・・・任せた」
ガイアは思った。
彼女になら王子を任せても大丈夫だ。それは身をもって知っている。
長い間、傍で見てきたのだから。
が、今回は初めての出来事で戸惑っている。とにかく、仕事を全うせねば。
―腹の底に渦巻く衝動には気が付かないフリをした。
***
「これでシーラは満足?」
「はい!協力してくださって有難うございます。でも、いいんですか?敵に塩を送る感じになってますが・・・」
「平気だよ。ガイアは敵じゃない」
「・・・手強いですね」
何という強気な発言だ。まさか、ガイアを「敵じゃない」と断言するとは。彼は、よほどエリアに好かれている自信があるのだ。
(これはマズイ・・・。でも今日で挽回できるよ、頑張れガイア!)
心の中で精一杯のエールを送った。
「シーラこそ大丈夫なの?」
「何が、ですか?」
「ガイアと離れた任務は初めてじゃない?」
「そう・・・なんですかね」
今のシーラは、ガイアとの出会いは何一つ知らない。彼とどこで出会い、いつから共に王子に仕えているのかさえも。
「任せてください。私一人でも貴方を守れます」
「うん。頼りにしているよ」
言い終わると、彼は隣国に向けて白馬を走らせた。
シーラは狼の走力を活かして王子の前を走る。獣人は四足で走ることに驚きを隠せない。人とは違う、その独特な走り方は元の肉体に染みついていた。
城外の大通りを進み、森林に差し掛かって数刻後、
(あれ・・・)
穏やかな森にそぐわない金属音。シーラは王子の遥か先で立ち止まり、耳を澄ませる。
大きな白い耳を動かし、周囲の音を拾うことに集中した。
(これは、剣の音だ。・・・十数人はいる)
おそらく山賊だ。今回の公務を嗅ぎつけた輩が奇襲を図っているのだろう。
(私の出番だ)
その確信があった。シーラの本能だろうか。
一人で対処できる。
***
無数の山賊が床に伏す中、一人佇む白い少女。
「すごい・・・」
シーラのというより、獣人の肉体の性能の高さに言葉を失う。
流石、王直属の護衛を名乗る騎士だ。その戦闘力は、納得のいく結果をシーラにもたらしてくれた。
・・・驚きと共に訪れる、微かな苛立ち。それはこの見知らぬ山賊達に向けたものだった。
一人、体格の良い男が意識を取り戻す。立ち上がり、蹄の鳴る方に弓を構えた。その方向はアルマ王子が到着する方向だ。山賊は残った力を振り絞って、王子の命を奪おうとしている。
(あぁ、腹が立つ)
カチッとスイッチが入る音がした。と、同時にスッと心が冷えていく感覚に陥る。
(・・・駄目。王子を殺させない)
シーラは非情にもその足で容赦なく山賊を蹴り飛ばした。その攻撃に慈悲は無い。
「下賤な瞳にアルマ王子を映さないでくれる?」
氷のように凍てついた視線を動かない男に浴びせた。吐き捨てた言葉は、彼に届いていないようだが。山賊は再び深い眠りに落ちてしまった。
「シーラ!」
到着した王子が叫ぶ声でシーラは我に返る。
「大丈・・・って、君一人で事足りたようだね」
「はい。アルマ王子が無事で何よりです」
「シーラ?」
「何か?」
王子がじっとこちらを見ている。取り逃がした山賊でもいたのだろうか。ならば一刻も早く排除しなければ。シーラは四本足で彼方に駆けてゆく。
「今のシーラ、前に戻ったみたいだ」
そう残念そうにつぶやいた王子の言葉は、シーラには届いていなかった。
***
隣国に行き、公務を済ませシーラとアルマ王子は帰還する。既に日は落ち、肌寒くなってきていた。
「お帰りなさい」
門前で待っていたエリアが出迎える。傍にガイアはいないようだ。
彼女によると、ガイアと協力した接待は無事成功したようだ。いつもであれば、ガイアとエリアの親密度を確かめるのだが・・・今日はどうでも良かった。疲れているのかもしれない、そう思い込んで王子を送り届けた後自室に戻る。
が、その前に行かなければならない場所がある。シーラは寝静まった王城を一人静かに歩いて外に出た。
ツン、とした薬品の匂い・・・兵舎の医務室だ。
医務室の扉に手をかけ、ギィと音を立てて開く。闇夜に一つ、影があった。シーラより身長が高く体格も上だ。一人の男性の影。何故、と思ったが思考を振り払う。
「・・・ガイア」
「よう。今日はご苦労様」
「・・・」
「お、前・・・前のシーラか?」
意味の分からない事を抜かす彼を無視し、包帯に手を伸ばす。
「おい、無視すんなよ」
伸ばした右手を彼に掴まれる。ギチギチと音が鳴りそうなほど強く掴まれ、シーラは眉を顰める。
「離して」
力任せに彼の腕を振りほどき、包帯を手に持つ。医務室で巻こうと思ったが、ガイアがいるならば自室に戻るのが優先だ。踵を返す。
「待てよ」
無視して歩く。シーラにとって、ガイアはただの同僚だ。彼の発言はアルマ王子に関すること以外気に掛ける義理は・・・無い。
「待てって」
「離してくれる?」
ガイアは無遠慮にも、シーラの大きな白い尾を掴んでいた。獣人にとって非常にデリケートな一部だ。
その上、彼は掴んだ尻尾をあろうことか上にあげた。
「これ隠せてないから」
ガイアが持ち上げた白い尾の裏には、赤い血がべっとりとついていた。不覚にも山賊から受けた足の傷が、ひんやりとした外気に晒されて痛みを主張する。
「何で言わないんだよ」
「言う必要があるの?」
その発言を聞き、途端にガイアが機嫌を悪くした。見る間に彼の顔に影が差す。
「仲間だろ。頼れよ」
ガイアは懇願するように言った。その発言に、シーラの凍っていた心が僅かに溶けた。
(あれ、なんで)
なぜ今まで何事にも興味が湧かなかったのだろう。全てに興味を失い、生きる目的はただ一つ、王子の命を守ることであると信じていた。
(これは前のシーラの感覚なのかな・・・)
突然訪れたアルマ王子の危機に、シーラの中に封印されていた心が顔を覗かせたのかもしれない。
「手当てするから、ここ座って」
ガイアが指を指す椅子に浅く腰かけ、手当てを受ける。従順なシーラの姿に気をよくしたのか、ガイアは鼻歌を歌っている。
「ありがとう」
素直にそう言うと、彼は驚いた顔をして、
「どういたしまして」
と笑顔で言った。月夜に照らされる彼の顔はいつ見ても素敵だ。
(やっぱり、ガイアのビジュアルはドンピシャだ・・・)
シーラは、思わずにやけそうになる頬を嚙み締めた。
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