第2話 作戦実行その1


ビジュアルだけでは分からなかった、彼女の真の姿。

一日中、シーラとして人と触れ合って知った。


この麗しい獣人の少女は、陰で「氷狼」というあだ名をつけられる程かなり冷酷な人らしい。

ストイックを体現した人物で、誰も寄せ付けない。彼女に近寄る隙を与えない。

はっとするほど美しい顔の無表情は、恐ろしいほどに冷たい。

白銀の耳と尻尾は、氷のように冷たい性格を際立てていた。

ただ唯一、アルマ王子だけが彼女と対等に話せていたようだ。

・・・一番近くにいるガイアにでさえ、彼女は心を開いていない。


シーラが笑顔を浮かべると周囲がざわつき、

「ありがとう」と言えば恐れ多いと恐縮され、

倒れた訓練兵に手を差し伸べれば、委縮して逃げられる。

いじめられているのではないか、と錯覚するほどの周囲の避け様だ。


「辛い・・・」

「何か言ったか?」

「いや、何でもない」

常に行動を共にするガイアは、既にいつもと違うシーラの言動を受け入れたようだ。その臨機応変さが有り難い。

「何かあったら、すぐに俺に言えよ」

ガイアは優しい兄貴キャラの青年だ。何気なく発された気遣いの言葉に、一層好き度が増す。

(でも、エリアなんだよねぇ・・・)

ガイアはこのルートで、エリアに狂った愛を抱く人物と化す。

初めてそれを知ったときは、もう疑問だらけだった。ガイアが悪役のようなポジションに据えられたことがショックだった。通常であれば心優しいキャラが、悪者になるのは受け入れがたい。

だからこそ、唯一結末を知るシーラが暗躍しなければならない。

彼女が選択できるのは、その愛を成就させるか、または綺麗に消化してもらうかの二択。


(まずは、ガイアとエリアの接触を増やしてみよう)


彼とエリアが仲良くなるには、単純に会話の回数を増やすしかない。アルマ王子は既に彼女に関心を示しているため、もはや妨害は無理そうだ。


(後は・・・私がエリアに、ガイアをごり押しする!)


とりあえずやるしかない。

ラストイベントである秋の収穫祭までは、季節的にまだ時間が残されている。

絶対に、シーラを殺させない。


***


作戦その一【荷物持ち】


ある昼下がりの午後、メイド服のエリアが城から外出しようとしていた。

すると、城の外廊下を歩いていた二人の騎士が会話を始めた。

雪のように白い女性と、重々しい黒の武具を身に付けた男性。両者の持つ色彩のコントラストが眩しい。


「ガイア、あれ見て」

「エリアか?」

「買い出しみたい。一人で荷物持てるのかなぁ・・・」

チラリ、とシーラは彼を盗み見る。

「そうだな、じゃあ誰か呼ぶか」

おーい、と身近な兵士に声を掛けようとする彼を必死に制す。

「あのさ!ガイアが手伝ってあげればいいんじゃないの?エリアも喜ぶよ?」

「そうだな、じゃあ行こうぜ」

と、ガイアはシーラまでも巻き添えにしようとする。

「私はアルマ王子に用があるから」

「は?」

聞いてないぞ、と彼は不満を露にする。

「じゃ、エリアとごゆっくり」

眉間にしわを寄せている彼の肩をポンポンと叩き、一目散に逃げる。

(よし、これでガイアとエリアのプチデート成功。上手くいったみたい)

しかし、今の会話の中でも反省点が一つ。それは気軽に彼の肩を叩いてしまったことだ。

(シーラはここまでフレンドリーじゃないよね。気を付けよう)


***


逃げるように去っていくシーラの姿を見ながら、ガイアは彼女に触れられた肩を押さえていた。

「・・・」

彼女は、アルマ王子に用があると言っていた。シーラの王子への忠誠心には舌を巻くものがあったが、これほどまでに彼が優先されるとは。驚いた。

「ま、エリアと話すいい機会だな」

自分に言い聞かせるようにして、シーラより小さな愛らしい彼女に声を掛けた。


***


執務室への扉をノックし、中に入る。

「あれ。シーラ、一人?ガイアは?」

アルマ王子は首を傾げる。

「ガイアは今、エリアの荷物持ちをしています」

「へぇ・・・」

シーラは冷や汗をかきながら答えた。エリアは現在、アルマ王子とガイアの両方から好かれている。恋敵であるガイアに、王子は何かを感じているようだった。

「それは、ガイアが申し出たの?」

シーラをじっと見つめるその目からは、感情が読み取れない。

「いえ、私がガイアに頼みました」

「どうして?」

「・・・」


その質問は想定していなかった。頭の回路をフル稼働させて思考を巡らせる。

(・・・どうしよう。今の会話で、絶対王子はガイアをライバル認定した。それに、私がガイアの味方であることも同時にバレている・・・)

ここは、シーラよりガイアの方が適任であった正当な理由を述べるのが正解だろう。幸い、シーラは愛想のない冷徹な性格で通っている。


「私より、ガイアの方がエリアと親しいので」

「そうかな?エリアは前に、君が親切にしてくれたと嬉しそうに話していたよ。ガイアは君と行動を共にしている姿しか見たことが無い。・・・エリアとそんなに親睦を深めていたとは、驚きだよ」

アルマ王子は全てを見透かすかの如く、言葉を紡いだ。あたかも初耳であるかのような鼻につく演技が、シーラの焦燥感を更に煽る。

「・・・っ」

「本当は?」

言葉を詰まらせるシーラに確証を抱いた王子がぐっと詰め寄る。

「ガイアとエリアに仲良くなってもらいたくて・・・」

「・・・エリアはガイアに想いを寄せているってこと?」

「違います!私が、勝手に個人的にガイアの応援をしているだけです」

(多分、エリアはもう王子に恋心を抱いている。今は言えないけど)

「ふーん。シーラがガイアの応援ねぇ・・・」

「そ、そういえば!エリアは現在、懇意にされてる方はいないそうですよ」

何とか話の方向を逸らしてやり過ごす。

「だよね」

にこっと笑い、アルマ王子は視線を窓に向けた。

「あ、そうそう。君達に頼みたいことがあるんだ。護衛の仕事だよ」

これ以上墓穴を掘らずに済みそうだ。シーラはほっと胸を撫でおろした


***


談笑するシーラとアルマ王子の姿を、城外から二組の瞳が見つめていた。

一つは穏やかな瞳だ。見守るように、二人を見つめている。

そして、もう一つは―。

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