宇宙は僕らの前にある

come down to earth

夢から覚めろカム・ダウン・トゥ・アース、デッドストーン」


 石造りの王国議事堂に冷たい声が反響した。デッドストーンと呼ばれた少年は、演説台の上から自分を取り囲む官僚達を見渡した。

 まだ幼さを残す顔に父親譲りの砂色の髪。年齢の割に小柄な体は大きな議事堂の中でいつにもまして頼りなさげに見える。


「デッドストーン、人生には引き際が大切だとは思わないか? 君の父親は偉大な男だった」

「だが、失敗した」

 別の官僚が言葉を引き継ぐ。

「前にも言ったが、我々は君の馬鹿げた計画……その宇宙旅行とやらに必要な予算を通す気はない。そしてそれは今後も変わらないだろう。人が〈天空の城〉に行くことなど、不可能なのだ」国民代表として出席している立派な髭の議員が立ち上がって言った。


「不可能ではありません。現に超古代魔法文明の人々は行き来をしていました」

 必死に冷静になろうとしながらデッドストーンは答えた。

「それは私も認めよう。古代人が残したものはこの地上に多く残されている。君の後ろの鏡だってそうだ」議員は演台の後ろに取り付けられている大きな鏡を大げさな身振りで指さすと続けた。「過去には〈天空の城〉と地上を結んでいたものだと言われている。そんなことは私も知っているし、おそらくそれは事実だっただろう。

 ……だが、今はただの鏡だ。

 いいかデッドストーン君。〈天空の城〉は、今や文明の墓標に過ぎないのだ。地上との連絡が途絶えて既に数千年。大気の外に浮かぶ巨大な廃墟に行った所で何になる? ロマン? くだらないことこの上ない。夢で人が救えるか? 空を見上げて夢見る暇があったら、地上の問題を少しでも解決するべきだとは思わないのか?」

「そう考えてきたからこそ、僕たちはもう一万年も前に進めていないんです。〈天空の城〉はいつだってそこに見えているのに!」

 デッドストーンは天窓を指でさすと語気を強めた。

「月だって、太陽だってそこに見えている。だがそこに行こうとは思わんよ。もう一度言うぞ、デッドストーン。馬鹿げた夢は捨てろ。父親と同じ過ちを繰り返すんじゃない」

 髭の議員が着席すると同時に議事堂からは堰を切ったように野次が飛び出した。デッドストーンはぎゅっと拳を握りしめ、大きく息を吸った。頬に赤みが差している。

「でも……でも、父さんは成功した! 皆知っているでしょう! 七年前、父さんは確かに〈天空の城〉に到達したんだ! 証拠だってある!」

「いい加減な証拠だ。捏造という噂もある」

「お願いします! あと一回だけでいい。エネルギーを供給する十分な魔力マナさえあれば、〈天空の城〉に行けるんです!」

 デッドストーンは必死で訴えた。これが最後のチャンスなのだ。痩せっぽちの体に勇気をみなぎらせ、デッドストーンは食らいついた。

 だが、冷たい石槌の音がそれを遮った。


「もう、いいでしょう。時間がありません。デッドストーンさん。残念ですが予算審議会はあなたの申し出を却下します」


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「龍の瞳」湖の岸壁に座り込んで、ユーリ・デッドストーンはぼんやりと行き交う船を眺めていた。

 王国議事堂を出てから、どこをどう通ったかも定かではない。ふらふらと当てもなく歩き、気がつけばここに来ていた。


 ティアーズ連合体の首都、ティアドロップ市に隣接する「龍の瞳」湖は、今日も貨物船で溢れかえっている。遠く南の地から運ばれてきた鉱石を積んだばら積み船や、新鮮な肉や野菜を運ぶ日配船といった船は、どの船もはちきれんばかりに帆を大きく広げ、風を捉えるのに躍起になっている。魔法を使った推進機構が実用化されてはいるものの、エネルギー効率の著しい悪さから、未だにほぼすべての船は数千年変わらぬ帆と櫂に頼っているのだ。

 そんな太古の昔から繰り広げられてきた人々の営みを見下ろすように、巨大な構造物が空に浮かんでいた。

 見かけの大きさは目の前に伸ばした握りこぶしほど、ちょうど昼間の月のように青空に見える車輪状のそれは、七年前、自分の父親が目指したときと何ら変わりなく見える。

 今まで何度も何度も憧れとともに見上げてきた〈天空の城〉。だが、全ての望みが絶たれた今となっても、目をそらすことはできなかった。

 きっと、これからの人生、自分はずっとこうなのだ。とデッドストーンは思った。

〈天空の城〉に行くことを諦めても、ただ日々の生活に追われて年を取っても、なにかがあるたびに自分は空を見上げ、〈天空の城〉を探してしまうのだろう。そしてそのたびに、今日のことを思い出すに違いない。そう考えていたら、だんだんと天空の城がにじみはじめた。

 くそっと小さく漏らしながら、デッドストーンは涙を拭った。

 情けない。何もできなかった。この七年、自分は父親の汚名をすすごうと努力してきた。でも子供になにができるのだろう。ティアーズ同盟からの予算は打ち切られ、家は破産しかけている。使用人は一人、また一人と家を出ていってしまった。

 今日が最後のチャンスだ。これで駄目だったら諦めよう。そう思って来ても、結局話は聞いてもらえずこの有様だ。ああ、魔力マナが欲しい。。魔力マナさえどうにかできれば……自分も〈天空の城〉に行くことができるのに……。


そうぼんやりと空を見上げているときだった。突然背後から声がした。


「ちょっと、やめてよ!」

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