天空の城が落ちてくる!
太刀川るい
序章:挑戦者
「お集まり頂いた皆さん! 私は今日この日を迎えられたことを心より嬉しく思います! 今日この日、人類は再び地球を飛び出すのです!」
司会の言葉が砂漠に響くと、集まっていた聴衆が一斉に沸き立った。
魔導大陸ヴォルドヴァ中北部、都市国家郡ティアーズ勢力圏の南方、普段は人の姿もないこの荒れ地は、この偉大な日を目撃せんと大陸中から集まった名士や記者で埋め尽くされ、足の踏み場もないぐらいである。朝の強い日差しにも負けず、人々の目は感動と喜びにキラキラと輝いている。
楽団の奏でる音楽が、一段と大きくなった。
「偉大なる探検家デッドストーン氏については、今更説明する必要はないでしょう。探検家にして発明家。伝説の
そう!! と司会は言葉を切って抜けるような青空を指差した。
「星の世界に!」
その瞬間、再び聴衆から熱狂的な歓声が上がった。帽子を振り回すもの、跳びはねるもの。錬金術師が作った花火がパンパンと打ち上がる。
「
聴衆の声は地鳴りのように響き渡り、とどまることを知らない奔流となって大地を揺るがした。
「それでは皆さん、いよいよとなりました。デッドストーン氏の登場です!!」
万雷の拍手の中、デッドストーン氏と探検隊が姿を表した時、観客の興奮は頂点に達した。負けじと、司会は魔法によって拡大された声を張り上げる。
「今回の探検隊、なんと言ってもこの人は外せません! 第七王子! リューヒティン! 王家の宝にして不出世の英雄! このお方に志願していただけるとは!」
まだ若いリューヒティン王子はさわやかな笑みで手を振り観客に答えた。大喝采の中、見送りの少女が花束を手渡す。
「さあ、今、彼らの船が姿を表しました。ご覧ください。この白銀に輝く優雅な姿を。この巨大な砲弾が今から、人々が忘れて久しい星の世界に打ち込まれるのです。空を旅するための船。いわば、
探検隊のメンバーは一人一人手を振りながら、小さな入口に身をかがめ、船内へと消えていく。最後に残ったデットストーン氏は、身をかがめると、傍らの少年を抱きしめた。
「さあ、ユーリ。父さんは行ってくるよ。いい子でな」
「父さん、ぼくも行きたい」
大歓声の中、小さなユーリは父親を見上げた。
「ユーリはまだ小さいからだめだよ。でも大きくなったらきっと行ける」
「ほんとうに?」
ユーリは少し疑うような口調で言った。
「本当さ。それも父さんより、ずっと遠くに。お前なら出来るさ。さあ、リーネとおいき」
「行きましょうユーリ。お父様の邪魔をしてはいけない」
ユーリの裾を小さな手が引っ張った。隣にいるのは金髪の可愛らしい少女だ。日差しよけの帽子の下で、そばかすだらけの顔がつんとすましている。その手を引かれ、ユーリは渋々その場を離れた。
「ありがとう。リーネ。ユーリをよろしくね」
「お任せください。デッドストーン様、レオンイェッタ家の名にかけて、このリーネ。ユーリをしっかりと監督していきます」
その少女は凛とした表情で、胸を張ってそう告げた。とても年齢からは想像できないしっかりとした態度だ。
「ははは、頼もしいね。お父さんにそっくりだ。お手柔らかに頼むよ」
デッドストーン氏はそうにこりと笑うと、首に下げた古代のアーティファクトを手に取る。そして空の向こうを力強く見つめると、高らかに宣言した。
「コンパスよ! 真理を指し示す太古の道標よ! さあ、示してくれ! 〈天空の城〉を!」
デッドストーン氏の手に握られているのは古びたコンパスだった。その針が一瞬身震いする様に振動すると、目に見えない力に導かれるように回転する。そして神秘的な光とともに、しっかりと地平線の一点を挿して止まった。そして、コンパスの針が示したまさにその場所から、まるで太陽が登る様に、巨大な構造物がゆっくりと姿を表し始めた。
観客が一斉にどよめく。
見かけの大きさは満月の十倍以上。大気の外で太陽光を反射するそれは、大気のすぐ外にあるので、抜けるような青空の中でもはっきりと視認することができる。
ゆっくりと回転する平たい車輪の様なその影こそ、超古代魔法文明が作り上げた超巨大人工物〈天空の城〉。その雄大な姿をしっかりと見据ると、デッドストーン氏はドーンストライカー号に乗り込み、ハッチを閉めた。
「さあ、今レールが持ち上がりました!! 太古の戦争に使われた巨大な砲塔の残骸が、今や星の世界への出発点として、人類を打ち上げるのです!」
充填された
「デッドストーン氏は今から、地上を飛び立ち、重力を振り切って、あの〈天空の城〉を目指すのです。あの大気の外に浮かぶ、失われた文明の遺産を調査し、偉大な発見を地上にもたらすために! 彼らの成功を信じて、我々は地上で導き石の光を待つことにしましょう! あっと! 皆さん、デッドストーン氏から合図がありました! 出発の瞬間です! さあ、数えてください! 人類の輝かしい瞬間を! 十!」
九! 八! 人々は声を枯らさんばかりに運命の瞬間へのカウントダウンを叫ぶ。その声は巨大なうねりとなって大地に響き渡った。
やがて、ゼロの掛け声と共に、レールにマナの光が走った。ドーンストライカー号は、人々の大歓声の中、巨大な弓から放たれる矢のように、青空に向かって一直線に突き進んでいく。同時にあちらこちらから花火が上がった。魔法使いが筒に込めたマナが、色とりどりの光となって、地面を跳ねまわる。祝いの鳩が一斉に飛び立ち、青空に消えていく。小さなユーリはその熱狂的な光景の中で、空に小さく消えていく父親の軌跡を、目を輝かせて見つめていた。
「リーネ、僕は絶対に行くよ。あの空の向こうに!」
興奮冷めやらぬ顔で、ユーリは傍らの少女に話しかけた。
「ふふん、ユーリ。残念だけれど……私のほうが年上なのだぞ。あなたより先に行ってみせるさ!」
頬にあたる風、耳に響く人々の歓声、早くなる自分の鼓動、どこまでも青い空。全てが素晴らしい一瞬だった。小さなユーリは、胸から下げた導き石をぎゅっと握りしめると、リーネと一緒にいつまでも空の向こうを見つめていた。
――そして、だれも戻ってこなかった。
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