第2話 グラスゴー攻城戦

 私は乾き切ったフォッカチャを歯で引きちぎると、水で薄めた葡萄酒で胃に流し込んだ。丸太を組んで急拵えした狭い部屋には、騎士たちが詰め寄り、共に食卓を囲んでいる。食卓は豪勢だ。ハーブと芋を腹に詰め込んで焼き上げた七面鳥や、暖かい豆のスープ、ヤギの内臓をトマトで煮込んだものや、イチヂクなどの果物もあった。街の人たちが提供してくれた料理だ。時間は無いが、せっかくなので、一品でも多く口に方張る。

「なんでもコランティーヌ嬢は、美容に眼がなく肌を美しく保つという噂に喰らい付いて、金を惜しまず買い込む浪費家らしい」

 口から豆を飛ばしながら、オラース卿が街から仕入れて来たらしい噂話に花を咲かせる。

「錬金術師を雇っているのいうのは、そういう事か。馬鹿馬鹿しい。いい金づるじゃねぇか。歳をとれば、皆衰えるというのにな」

 クルトの軽口に、ミシェルが咳払いをして不快を主張する。女性がいるのだから、発言には気をつけろ、という意思表示だ。ま、クルトには分かりやすく言ってやらねば理解はされまいが。調子が上がったのか、オラースが大声で話を続ける。

「中でも壮絶なのは・・・月に一度は、処女の生き血を溜めた風呂に浸かるって話だ」

「オラース・・・」

 ミシェルは天を仰いだ。

「食事中よ!?」

「王侯貴族は、食事しながら懇親を深めて政治を論ずるもんだ。楽しい話題を提供して何が悪い?もしかして、お前は楽しくないのか?そんな事はあるまいに」

「あなたが下品だから、イネスがここに寄り付かないじゃない!少しは空気を読んで」

 オラースは、俺は下品か?と隣のワルフリード卿に尋ねて、苦笑を返される。

「セヴリーヌとイネスはどこに?」

 私の問いに、破壊された神殿の復旧工事を指揮しているとミシェルは答える。彼女ら三姉妹は、騎士であり神官でもある。

「土木工事は、後でも良いだろう。今は戦士の仕事をするべきだ」

「オラース、彼女らのおかげで、今の食卓があるのよ?仕事は人それぞれ、己が成すべき事を彼女らはしているの。皆、手が止まっているわね。もう満足かしら?では、私たちの成すべき仕事に戻りましょう!」

「さっき座ったばかりだぞ」

「人使いが荒い」

 騎士たちの不平を尻目に、私は部屋の出口を覆う毛皮を押し広げた。

 眼下の谷間に広がる美しい大都市。辺境の北限、ハイランド王国との国境近くに位置するグラスゴーの街並みだ。木製の艀を踏み鳴らし、小屋の反対側に回ると、巨大な城砦がその雄姿を現した。兵士たちが気勢を挙げ、指揮官たちが矢継ぎ早に指示を飛ばしている。攻城兵器が岩を投げ上げ城壁を砕き、弓矢が飛び交うそこは、激戦繰り広げられる最前線。

 第一城壁の上に仮拵えした指揮所から出ると、城壁沿いの階段を降って第二城壁との間の広間に降りた。

 城砦に立て篭もるのは、オレリア公アナイス・コリンヌ=コランティーヌ・ファビエンヌというハイランドの王族に連なる女君主だ。継承権争いに敗れはしたが、国境近くの大都市を制圧して再起を狙う、女がてらにかつては豪傑を誇っていた。私は直接見た事はないが、相当な美女であるらしい。初めは、この地を治めていた大商人を追放し、既得権の保全のため規制されていた商業のルールを撤廃し、関税をも廃して人気を博したらしい。この地は、産業も農業も盛んで、商いで身を立てる者が多いからだ。しかし、辺境と思って期待していなかった実入りが、想像もしていなかったほど莫大である事を知った彼女から、復讐の火種が消え失せる日は早かった。男漁りと快楽に溺れ、税率や税制を増やしては、更に自堕落な生活はエスカレートしてゆく。政は徐々に怠慢の度合いを増し、司法もぞんざいとなり、苦しみが年を負うごとに積もる彼女の政治に、民は不満を爆発させた。エスカレートしてゆく“痛み“を人は最も嫌う。最初に強烈な痛みを味わっても、徐々にそれが緩和されて行けば、人はその過程を幸せだと感じるものだ。均してみれば、それらが同じ度合いのものだとしても、真綿で首を締められる苦しみは、後者のそれよりも遥かに絶望を伴う。まさに、悪政の典型と言えた。

 愉悦に溺れる生活に慣れた彼女は、維持費のかさむ常備兵をわずかしか残さなかった。市民を敵に回したのだから、市民兵もいない。王族であるにも関わらず、一方的に敵視しているハイランドに援軍を乞うわけにもゆかず、取った手段は辺境騎士団を傭兵として迎る事だった。まったく、愉快と言わざるを得ない。辺境制覇を目的としていた私が、それを利用しない訳が無かった。だが、追い詰められた鼠は猫をも噛むという。かつての豪傑ぶりは、再び蘇った。加えて、別口で雇われた傭兵たちが勤勉な事もあり、三重の城壁のうち外壁は奇襲で破ることができたが、最も堅固な中壁を前に、私たちは二日間、立ち往生している。

「ギレスはどこにいるの!?」

 兵たちに聞いて周りながら、魔術師にして騎士にして男爵たる黒髪、白顔の男の元に辿り着く。小さな天蓋を拵えて、中に籠っているという。天蓋にはすでに、数本の矢が突き刺さっていた。

「アマーリエです。ギレス、開けるわよ。こんなところで悠長に・・・」

 天蓋を開けて中の様子にギョッとした。

 魔法陣が描かれた敷物の周りを百は超える蝋燭が囲み、その中央に鍋を掻き回す男の姿があった。まるで、邪教の魔導士・・・目眩がするほど、良く似合っているわ!

「天文と事象を操る魔術はデリケートなものです。タイミングが違えば、お互い消し鼠になりかねませんぞ。気をつけたし」

 いつも散文的な彼にしては、珍しく長文だった。きっと、お怒りに違いない。

「そんな作業なら、矢の届かない場所でやるべきでは?で、成果はどうなの?」

「成果とは、知識と予測と段取り、そして正しい手順と熟練の技術で初めて得られるものです」

「わかったわ、まだなのね」

「・・・壺に詰めて圧縮すれば、完成です」

 立ち去りかけて、振り返る。

「本当?あなたって、凄いのね!」

「肝心な壺がありません。外に置いてありましたが、バリスタの矢で粉砕しました」

 言わんこっちゃない・・・。

「誰か、壺を持って来て!大至急よ!」

 聞きつけた兵士たちが、慌てて走り回る。

「姫!こんなところにいては、狙い撃ちされますぞ」

 神官騎士のボードワンが、血相を変えて駆けつけて来た。彼には、幼少期から世話になっている。家の守護神である戦神アドルフィーナの司祭位で、城内に祀れられた神殿の長を務めていた。確かに、足元に数本刺さっている矢は、つい先程までは無かったものだ。私の格好は白髪に白い甲冑、白い外套と、やたらに目立つ。それが騎士団長の役割でもあるので、仕方が無いのだが・・・。

「魔法の甲冑を穿つ矢があるとは思えないわ。こんな遠距離ならば、尚更よ」

「ならば!せめてアーメットを被って歩いてくだされ!」

 良い歳の大人に、じたんだを踏ませてしまった。小脇に抱えていた兜を大人しく被るとしよう。

「壺です!これで、いかがでしょうか?」

 若い兵士二人が、両手で抱える程度の壺と、手のひらに一つずつの小さな壺を持って来てくれた。私は、大きな壺を持っている兵士をギレスが籠る天蓋に入れさせる。

「街ごと消し去る気か・・・そちらのを寄越せ」

 ギレスブイグは、青白い顔に、くせの強い長髪を纏わせながら顔だけを出し、小さな壺を一つ受け取った。

「何をしようと?」

 ボードワンの質問に、私はギレスに負けない悪役顔でにやりと微笑んだ。

 その壺の中身が何であるのか、いつもの事だがギレスは教えてくれなかった。ただ、“触媒“と答えた。兵士たちが盾を並べて天井を拵え守る中、ギレスは手のひら一つ分のそれを手に城門に向かうと、呪文を唱えながら放り投げた。

「ひゃッ」

 予期せぬ爆音!砕けた木片が周囲に飛び交い、地面をくるくると跳ね回った。

 私を含め、居合わせた全員が腰を抜かしていた。

 煙が風に流されると、木と鉄で作られたかつての重厚な扉は、大きく裂け、蝶番から半ば外れてもはや見る影もなく崩れていた。

 兵たちが歓声を挙げる。

「第二城壁を制圧せよ!」

 私の掛け声に、兵たちが剣を掲げて突入してゆく。

「ふんっ。まぁ、上出来と言ったところか・・・」

 腕を組みながら髭を撫で、グリゴア男爵ギレスブイグはそう自己評価を下した。

「ご謙遜を」

 彼の肩をポンと叩いて労う。

「私などの力に頼るよりも、ロロ殿の魔法を頼れば良いものを」

「ロロ=ノアだって、こんなすごい魔法は使えないわ。それに彼女は、今ここには居ないの。途中で制覇した村があるでしょ?そこで、二つの家門が争いを起こしてね。どちらの言い分が正しいか、裁定を下してもらっているわ。本来ならば、私の役割なのだけれど、ね。調査に時間がかかるし、人死も出ているから、早期に解決しないといけないのよ」

「・・・まだ、体調は良くないのですな?」

 ギレスは無感情な瞳で私を見返してきた。ただ、事実確認、といった風に。

「・・・そうね。疲れが溜まっているのでしょう。見るからに、タフじゃないしね。でも数日後にはここに合流するわ。もしかして、彼女が心配なの?」

「まさか・・・ただ、エルフの血がここらの風土に合わないのではと思ったまで」

 そう言うと、天蓋の片付けを始めた。

「最後の城壁を攻撃する前に、降伏勧告をするわ。箔を付けたいから、貴方も集まって」

「承知した」

 エルフの血か・・・やっぱり、病気なのかしら・・・。

 紋章官の博識と軍事的センスによって、彼女は辺境騎士団の参謀長というべき立場にあった。それだけに留まらず、制圧した街や村の統治体制の構築、法の発布、税の取り決めと徴兵制度に至るまで、彼女の力量は遺憾なく発揮され、私たちにとって、無くてはならない存在となっている。それに比べれば、私は単なる旗印と言ってしまっていいくらい。食糧難に喘ぐ村には、転作を指南した事もあった。飛来する矢を魔法で弾け飛ばし、傭兵相手に剣で渡り合える。まさに、超人。なぜ、彼女は私に従うのだろう。不思議なものだ。貴族の血ではないとはいえ、乱世の折に彼女のような者が、人の上に立とうとしないなんて。

「第二城壁の制圧、完了しました!負傷者五名、死者なし、敵兵の捕虜二十一名、敵兵の死者三名、以上です!」

「ありがとう。騎士たちに参集を伝えて」

 第一城壁の攻略以来、傭兵たちの士気が目に見えて低くなった。分が悪い、傭兵たちの鋭い嗅覚が、そう告げているのだろう。辺境騎士団に降伏したところで、殺されるわけでもなし、と高を括っているに違いない。

 第二城壁と第三城壁との間は、二十メートルしか離れていない。しかし、最後の砦たる第三城壁は、どのそれよりも高く造られていた。城壁の上に参集した騎士たちの中央に立ち、私は声を張り上げて女城主を呼ぶ。交渉と悟った守備兵たちが、矢狭間から姿を現して私たちを物珍しそうに眺め始めた。燦然と輝く全身甲冑に身を包んだ、騎士たちの整列だ。後ろにはそれぞれの従者たちが、家紋を縫い上げた戦旗を掲げている。戦場に立つ男ならば、誰しも羨望の眼差しを向けずにはいられない、荘厳な光景だろう。

 だが、残念なことに、今回の相手は女だった。

「盗人どもめ!よくもその醜い姿を太陽のもとに晒せたものよ!」

 青いドレスを纏った金髪の女性が、城壁上に姿を見せるなり、そう怒鳴りつけてきた。その姿を観察するに、確かに男ウケするタイプと思った。露わになった白く豊かな胸元、細い長い首、美しい顎先。美しく波うつ金髪や、紅をさした厚みのある唇、すっと高い鼻先。コルセットで締め上げられた腰はキュッとくびれ、しかし風に仰がれ露出する脚は、しっかりとした肉質を感じさせる。背は幾分か高く、しっかりとした体躯をしていたが、全身から発する気品とたっぷりとした芳醇な肉感が、適齢期の女の魅力をこれ見よがしに撒き散らしていた。ロロのような、陶器の工芸品のような美しさとは本質的に違う。男を魅了してやまない、魔性の類だ。

 こいつめ・・・。

「今しがたの魔法の力は、見たであろう!?すでに城門は二つも破った。もう、後がないぞ!降伏すれば、貴族として遇しよう。降伏か、玉砕か、さぁ選べ!」

 些か、単略的すぎたか?

「戦馬鹿の小娘が、よく吠える!卑怯な裏切りによって、意表を突かれたまでの事!この城門は決して開かぬ!このアナイス、嵐の乙女の異名に掛けて決して白狐などに屈したりはせぬと知れ!」

 脳天から湯気が出てるよ、おばさん・・・。

「傭兵諸君、聞くがいい!君らの雇い主は風前の灯だ。今すぐ彼女を捕らえる事をお勧めする!それが・・・」

「黙れ!白狐が!」

「・・・契約に反すると気高い諸君らの心が痛む、というのならば、せめて戦の掟に従い、最後の城門が破られた後は、即座に降伏をせよ!でなければ、最早、諸君らは蒙昧な女君主の虜と成り果てたデクの棒として、薪にくべてやるまでぞ!」

 美しい顔を歪ませて罵詈雑言を吐き続けるアナイスを無視し、私は再攻撃の指示を飛ばした。何が“嵐の乙女“だ。ヒステリックなだけのおばさんじゃないか!

 とたん、城壁の上は降り頻る矢に埋もれた。流石に、この高低差は分が悪い。一旦、城壁の外側に降りて身を隠さねばならない。防具の貧弱な従者たちを守りながら、彼らを先に梯子から降ろす。私と騎士たちはその後に、まるで投げ銭のように降りしきる矢を喰らいながら、ほうほうの体で交渉の場を後にした。

「これだから、女同士の口喧嘩は始末が悪い」

「見ろ、鎖帷子を貫通したぞ!新調したばかりなのに!」

「中身も、もっと若くて凛々しい奴に新調すべきだな」

「姫、無事ですか?」

「ボードワン、平気よ。ギレス、あの魔法の出番よ」

「世迷言を・・・もう触媒がない」

「壺は二つあったでしょ?」

「壺など、この街には十万は下るまい。私が言っているのは、そうは手に入らぬ貴重な品々から成る触媒の事だ。さっきの魔法で、いったい、どれほどの金貨が飛んだと思っている」

「お金があれば、作れるの?」

「いったい、いつになれば私の言葉を聞いてくれるのだ?貴重な品だ、辺境ではもう手に入るまい」

 そうこう、話しながら梯子を降りきると、騎士たちは樽や荷車などの上に腰掛けて、傷の具合を確かめた。見渡したところ、矢の雨で深傷を負った者はいない。甲冑の上から矢の一本や二本が刺さったところで、慌てるほど私の騎士たちはやわではない。

「さて、これからどうしたらいい?」

 私の問いかけに、古参のワルフリードが答える。

「この城は、戦の備えも疎かで、兵士も少ない。剛に対しては柔、柔に対しては剛で当たるべしだ」

「ならば、破城槌を作って正攻法で行きましょう!」

 画して、ケレン卿とジャンロベール男爵をはじめ、五十人の負傷兵が荷車に揺らされながら、三姉妹の待つ神殿へと送られた。この場では、ボードワンが十人の治療を行っている。二人の騎士が三姉妹の元へ送られたのは、彼ら自身が女性の手による治療を望んだからだ。多くの負傷者を出した正攻法だが、結果城門は破られた。

 嵐の乙女たる女城主は、城門が破られても徹底抗戦を呼びかける。しかし、傭兵たちは勝手に剣を投げ捨ててしまった。玉座にたどり着くと、毒を煽った彼女の死体が待っていた。

 私は兵士たちに、城内に限っての略奪を許可した。

 “勝者の権利“として、風習的に行われる行為だが、領有を目的としていた私たちにとって、市民の財産を奪うわけにもゆかず、今までその機会が無かった。地場の市民兵から成る兵士たちは、流した血の対価を得ようと絵画や装飾品をこぞって持ち出した。

「兵たちは、珍しい物が手に入って喜んではおるが、大都市の領主としては、実に寂びしいものだ。先程、傭兵に聞いたところによれば、どうやら金に困ってクロスボウまで売ってしまったらしい」

 スタンリー卿が、お祭り騒ぎの兵士たちを尻目に語りかける。

「美貌とは、それほどの価値があるものなのかしら」

「姫もいずれ、過ぎた時を恨むことがあるのかも、知れませんな。化粧の一つもせずに、傷痕ばかりを増やした日々を顧みて、あぁ、お手入れを怠るべきでは無かった、と」

 騎士団一番の紳士が、失礼しちゃうじゃないか。ガントレットを脱いで、尻を叩きつける。

「お間違いなさるな、忠言ですぞ!あ痛っ」

「誰かに取られる前に、あの大きな絵でも、持って帰りなさい。お似合いよ」

「青いドレスを着た豪傑夫人の自画像ですぞ?この街で、誰が金を払います?」

「あはは、最もなご意見ね。古物商でも、きっと門前払いだわ!」

 何はともあれ、これで辺境の北限までは制覇できた。海に面する南端は、パンノニール伯が受け持っている。知識人でそつの無いパンノニール伯ランベルトには、彼と馬が合うフェアナンド卿を補佐に付け、参謀として山の民の軍師デジレと、山の民の精鋭一千が共にある。両手を負傷したデジレに、軍の任務は勧めなかったが、山の民の心を分かった指揮官が同行すべきだ、と彼自らが望んだことだ。忠誠を誓い、降った彼を疑う気持ちには不思議となれなかったが、私と遠く離れた場所で軍事行動に同行する事には、他の騎士たちが反対した。その意見を最終的に跳ね除けたは、伯爵自身だった。デジレ曰く『同郷の者たちが、僻地で戦おうというのに、余人に指揮を丸投げしては、寝るに寝付けない。私自身はどんな扱いをされても良いが、指揮に不足があった場合、その場にいなければ、口を挟むこともできない』。粗野で短気なオラースならば、侮辱と受け取ったかも知れない。パンノニールが温厚で、懐の深い大人の男で良かった。逆に、彼の言い分も最もだと、同行を許可したのだ。指揮官が良しとなれば、誰も口を挟む余地は無い。南側は人口比率も低く、軍事行動に対抗できる地場の勢力も少ない。ロロが太鼓判を押したように、きっと制覇行は順調なはずだ。きっと。そうでなくては、成らない。離れた地にいる人に事業を託す、という事が、こんなにも歯痒い気持ちなのだと、私は初めて知った。

 さて、斯く言う私にも、成すべき事は山積している。グラスゴーは、辺境に稀に見る大都市だ。ロロが来たら、きっとこう言いだすに違いない。『国勢調査をして、税収と徴兵できる者の数を明確にしましょう』と。これを始めると、徹夜が続く羽目になる。今から、概要だけでも情報を集めておかねば。

 ふと、首元に小さな痛みを感じた。

 パチリ。

「虫に刺されたわ・・・」

「おぉ、姫が血を流されておる!魔法の甲冑の弱点は、小さな虫だという秘密は、決して敵には知られては成りませんぞ?」

「馬鹿な事を口走らないで!夜の間もずっと兜を被れ、と言われるわ!」

 そう言って、スタンリーと二人で笑った。

 この二日後に、私は倒れた。

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