【旧】3.辺境騎士団と剣の巫女

小路つかさ

第1話 プロローグ

 くるぶしまでずっぷりと泥濘に埋もれながら、黒装束の騎士は夜の山中を歩いていた。

 流木と岩と泥水からなるその道は、一歩進むだけでも困難だ。気をつけねば脚の付け根まで、ぬかるんだ地面に呑み込まれてしまいかねない。ずるり、と脛まで呑み込まれた足を、小声で罵りながら引き抜き、それでも騎士は歩むことを止めなかった。

 巨大な生物の死骸が泥の中から半身を曝け出し、泥の汚れから逃れた数枚の鱗に、月の光を反射していた。乾いた泥に覆われたその姿は、生前の美しさを想像する事もできないほどに哀れなものだった。その身体から漂う腐臭に耐えかねて、懐から黒い布地を出して鼻に当てる。

 どれほど歩いたのだろうか。騎士は夜空に瞬く星を仰ぎ、辺りを見渡す。

 そして、泥の中から突き出した一本の大樹を見つけ、その周囲の土を剣で弄り始めた。

 騎士は何を思い、何を探しているのだろう。

 根気よく作業を続けているうちに、何かを弄り当てた。

 泥を掻き分け、ガントレットを突っ込む。騎士は何かを掴み、渾身の力を込めて抜きあげた。騎士の手にあったのは、一振りの剣だった。反り返るような曲線のそれは、柄も鍔もない、ただ一振りの抜き身の刀身だった。

 騎士は月光にそれを掲げて、錆一つない曲刀をしげしげと眺めてほくそ笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る