017:ジョードジョーク

 ジョード。

 この街がそういう風な固有名詞を持つのを知ったのは割と最近で、一週間以上この街周辺で暮らしていながら知らなかったことを僕は独りでに恥じた。

 今の今まで森や岩場でしか寝泊りしておらず、食べ物も果物や川魚だけという圧倒的サバイバルをしていたのだから気にする必要はないのかもしれないが。

 むしろサバイバルをしていたことを恥じるべきか。


 ともかく街の名前すら知らないのであれば、街に何があるのかを知る由もなく。

 この街の全貌を知るために、僕は勘違い系女子の魔女と共に街を散策していた。


 今は商業街。

 多種多様な出店がひしめき合い、武器やら防具やら魔術所やら――中にはどう見ても怪しそうな古物商すら店を構えている。


 店員らしき人の呼び込み、客の値引きらしい怒号。

 静かとは言い難いが、けして不快な喧しさではなかった。

 むしろ好感すら覚える。


「そういえば。ところで魔女さんはどうしてジョードにまで来たんですか?なにか理由があってとか」

「敬語は辞めて下さい。あと私の名前は”魔女さん”ではなく”イブ・エクリュ・キャメロット”です」

「そういう自分も敬語じゃないか。あと名前長いよ」

「私は敬意を示す敬語なので。あなたのものには敬意が感じられません。あとフルネームじゃなくて適当に呼べばいいじゃないですか」

「僕の名前はアトカだ。あなたじゃない。あと分かったかイブ」

「分かりましたアトカさん。あと下の名前で呼ばないで下さい」

 自分で適当に呼べと言った癖に、よしこうなったら意地でもイブと呼んでやろう。


 お互いに顔を一瞥し、その度にからかうような表情を浮かべ合った。

 僕らがなぜこんな素っ気なくなってしまったのかと言うと……まあ実に下らない理由だが、僕が魔術をぶっぱなしたせいであった。

 魔術というかブラインド効果付きのドレインする泥をかけられた女子がこんな風になってしまうのは当たり前と言えば、当たり前だった。

 理由に納得できるわけじゃないが。


「私は、ラクド川が枯れたからそれの原因究明のために呼ばれたんです」

 血の気が引いた。

 しかしそれを気取られぬよう、僕が主犯であることがバレないように感情をできるだけ殺す。

 もし何もかも知れてしまったロクな事にはならないだろう。


「へ、へえ。原因は分かりそうなの」

「全く。そもそもプロが調べて分からなかった案件なので。お上も期待してよこしたものじゃないんですよ」

「ほっ」

「なんで安心したような顔を?」

「……いやあすごい魔術師だったなら僕とパーティを組むのはかわいそうだなあと思って」

「なにをう!?」

 怒らせてしまった。

 オンナノコというものは難しいな。


「最悪原因が分からなくとも、原状復帰が出来ればいいとのことなので。楽と言えば楽な問題なんです」

「あーとなるとイブがやることはなさそうだね」

「どうしてです?水が使えないせいでインフラがえらいことになっているのを知らないんですか?」

 むっと、したようにイブは反論する。


「もう少しで川が復活するらしいよ」

「どこ情報ですか。こちとら正規でよこされた魔女ですよ」

 魔女な事には変わりないのか。

「僕の友達情報」

「……驚きです」

「だろう?」

「アトカさんに友達なんていたんですね」

 杖を構えてけん制すると、その隙にイブは水球をいくつも生み出していた。

 くそう不意打ちでも敵わないか。


「それって無詠唱?」

「まあ。はい、一応頭の中で言ってはいるんですけど」


 意味が分からない、天才らしきことを言っておられる。

 所詮この世も才能がモノを言うのか。

 くそう。


 苦い顔をすると、イブはその様子を見て嬉しそうにケタケタと笑った。

 性格が悪い。




 商業街に来ているとは言ったが、二人してやっていることは悲しきかなウィンドウショッピングである。

 時折足を止めてはこれが欲しいだの、これが良いだのと言いながらぶらぶらと歩く。


 僕は飲まず食わずでもなんともならない力を持っているし、武器も防具も持っているので正直もとより買う気がない。


 対してイブ。

 こちらに関してはよだれを垂らしながら品物をあちこち駆け巡って見ては、欲しい欲しいと呻いていた。

 それがうざったくなって、買ってやろうかと白龍の一件で手に入れた臨時収入をちらつかせてみたが、「いらないです」の一点張り。

 顔は実に正直だったが。

 いらないというのなら買ってやる義理は無い。


「あ、あれかわいいですね」

 またしても足を止めて、首を横へ曲げた。

 足を止めて、釣られてその方向へ向くとそこは雑貨屋――主に髪飾りやネックレス等の小物を扱っている店だった。


「あれです。あれ」

 指差しているのは白の髪留め、花びらをあしらったものである。

「買ってやろうか」

「まさか。価値が落ちるのでやめてください」

 そんな本気で嫌がるなよ、傷付くだろ。

 このやり取りも何度目だろうか。

 僕もなんど買ってやろうかと言ったのか覚えていない。


「そういえばさ」

「なんです?」

「魔女って人なの?」

「違いますね。正しくは元人間です」

「ああなるほど、どうりで」

「どうりで?なんですか、とてつもない悪口を言うつもりなんですか?」

「僕が普通に話せるわけだと思って」

 イブはその発言に首を傾げた。


「そういう呪いでもかかっていると?人間と話すとダメージを受けるみたいな」

 冗談で言っているのかと思ったら、彼女の目がマジだった。

 嘘だろ。そんな呪いがこの世界にあんのかよ。


「対人恐怖症だから」

「なあんだ、精神面の話ですか」

「メンタル舐めんなよ。僕が元居たところじゃそれが原因で命を絶つ人が後を絶たなかったんだからな」

「それはそいう思考になってしまう流行り病があっただけでは?」

 そんなわけあるかい。


 ……この世界にそんなハリガネムシみたいな病気があるとか言わないよな?

 こっわ、異世界こっわ。




 ――所変わってここはギルド。


 イブがギルドに入りたいというから連れてきたのだ。

 場所は把握しているようだったし、一人で行ってくればいいのではとも思ったが、冒険者に勘違いして攻撃した前科がある。

 後ろめたくて一人ではいけないらしい。


 仕方ないのでついて行ったのだが――運悪く、イブが攻撃した七人は机を囲んでなにかを真剣に話し合っている。

 イブはそれを見た瞬間僕を盾にしやがり、受付までぴったりと隠れて歩かせやがった。


 彼らが何を話しているのか気になって、気付かれないようにちらりと見ると、並べられていたのはとても精密に描かれたパンツである。

 しっかり絵画のパンツだった。

 それも一枚ではない、複数枚あるのだ。

 話の節々を聞き取ると、どうやらどのパンツが、ラムイの履いていたものに似ているかを話し合っているらしい。

 なんて有意義な対話なんだ。

 僕も混ざりたい。


「ギルドの手続き終わりましたよ、壁」

「壁に壁って言われてもなあ」

 イブの胸元を見ながらそういうと、杖で小突かれた。


 にしても早いな。

 心優しき冒険者の言う通り、速く済む人はすぐに終わるのだろうか。

 それとも僕が字を読めないせいか……


 受付の人はラムイが吊られていたときと同じ人で、相変わらずの笑顔を浮かべていた。

 ラムイのあの一件をまだ噛みしめているのだろう。


「あと、これです」

 イブは机の上に置かれた藁半紙を万年筆で指し示した。


「なにこれ」

「パーティを組むんですよね?だったらパーティ申請をしなくちゃ」

「へえ。そんなものが」


 もっとふわっとしたものだと思っていた。

 ギルド内で管理するのか。

 イブは平気でその紙につらつらと要項をかき続けている。


「……けどいいのか?」

「なにがですか」

 紙から目を離さず、生返事を返した。


「僕なんかとパーティを組んで」

「いいですよ。それとも私じゃ不満ですか?」

「そんなことないけどさ。お前は強いんだし、適材適所でもっと強いところに入った方が」

「自分から入ってって言ったんじゃないですか。それともあれは嘘だったんですか?」

 嘘じゃないけど、まあ方便ではあるよなあ。


 曖昧な表情を浮かべているうちに、イブはその紙をさっさと提出してしまった。

「はいもうこれで、私とアトカは同じパーティでーす!もう変えられませーん」

「あっ。いやお前がいいならいいんだけどさあ……もうちょっと遠慮とかさ」


「ちなみにパーティ名は『ユグドラシル』です」

「もっと遠慮とかさあ!?」


「さらにリーダーはアトカです」

「ほんっ……いやまあいいや、言っても後の祭りだし……」


 力なく項垂れる僕に対して、とびっきりのいらずらな笑みを浮かべて、イブは言った。


「どうたしまして!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ユグドラシル・パーティ ~対人関係に疲れたので『擬人化スキル』で異世界を生き抜く~ 兎角 惑(とかく まどう) @toukakukyouichi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ