015:百秒戦争

 謝り倒した後。


 ラムイは腫れた目と上ずった声でギルドについての説明を、冒険者として基本的な事を教えてくれた。

 大雑把に言うと、冒険者になったときにまずやるべきはパーティを組むことであるということ。

 普通依頼はパーティを編成して行うもの、ソロで依頼を受ける人もたまにいるがおすすめはしないということを、極めて気まずそうに教えてくれた。

 彼女の言うことを僕はいまいち信用できていないから、受付の人にも裏を取ったが、おおよそ正しいということが分かった。

 ちなみに「そんなに信じてないのか」と泣かれた。

 そりゃ信じていませんとも。


 ということで、僕はパーティ募集をしたのだ。

 ラムイに頼んで上質紙に募集要項なんかを載せた代物を作ってもらい、掲示板へ貼った。

 とりあえずの形式上のものであり、せいぜい一つか二つのパーティが呼んでくれるだけだろうと思っていた。

 「人と会話ができない対人恐怖症だから人外の方よろしくお願いいたします」などと書けるはずもないし、全員人外パーティが声をかけてくれるはずもないから、基本断るつもりでもあった。

 あったのだが――

 


 僕の目の前にはにじり寄るパーティリーダーが七人。

 逃げ場は無く、成す術はない。

 そして恐るべき不運によって、彼らは全て純人間である。

 大誤算でだった。


 一歩後退ろうとして、もう既に壁に踵がついていたことに気が付いた。

 きっとどこかのパーティに入らなければ、彼らからは逃れられないんだろう。

 しかし逆に言えば、どのパーティでもいいから入団すればこの地獄から抜け出せるのではないだろうか……?

 いやっ!否だ!

 意図せず伸ばしかけた手を引っ込める。

 そんな安易な考えのもとに行動すれば――この地獄を抜けた先にあるのは終わりを知らない地獄である。


 僕は知っている。

 部活やクラブ等の少人数の寄り合いを適当に選んでしまった暁には、全く居場所がないのにずっと在籍せねばならず、三年間苦しい思いをしなければならなくなってしまうことを。

 三年ならまだいい。

 パーティとは入れ代わり立ち代わり人が変わっていくようなものではないはずだ。

 軽い気持ちでバンドを始めるとロクなことにならないという教訓が確実に今生きている。


 しっかり吟味したうえで、こういうものは選ぶべきだ。

 いや出来ればソロでぬくぬくしていたいのだが。

 誰かと組むのではなく、一人で薬草集めとかしていたいのだが!!


 僕は……もう選ぶしかないのか。

 この七つから、選ぶしか。


 募集を自分からかけておいてなんだが、こういうものに反応するパーティというのは大抵不気味な変人の巣窟である。

 その査証として七人中七人が粒ぞろいの変人である。

 


「ふはははは!もう観念するがよい!貴様は完全に包囲されている!」


「なかなか楽しい鬼ごっこだったけど、ここまでみたいだね」


「別に逃げてもいいんだよ?逃げられるなら、って話だけど」


「やけくそで魔術や魔法を撃っても構いませんよ……そのかわり、私に当てて下さいね……」


「ほらほらーいいかげん私のパーティー入ろうよお?楽しいよお?」


「もしかして不幸が好きなんですか?それも結構、私たちが不幸を嫌いにさせますから」


「レアドロップするモンスターを追い込む気分だな、ぞくぞくするね」



 絶対にどこにも入りたくない。

 対人恐怖症を抜きにして、あんな風な人と関わり合いになりたくないのに、パーティを組んで生死を分かつ戦いに身を投じるとか正気の沙汰ではない。

 実力の伴った変人程、御しにくいものはないのだ。

 

 くそっ。


 右手を拳の形にして、背後の壁に打ち付ける。

 それは起死回生の一手――壁を擬人化してしまおうというものではなく、ただひたすらに己の軽率さを悔いる自傷だった。

 こんなに人がいるところで能力行使をしてしまえば、彼らよりいかれた魔術師たちからひたすらに逃げる、逃亡劇が始めるのは明らかだから。

 そして、一歩を踏み出して、諦め――


「なにをしてるんですか?」


 その声は他七人のものとは全く異なる、若い女性の声であった。

 声の主は大通りと路地の境目、僕らのいる薄暗い地点より少し離れた、日の明るさが視界を白飛びさせる中に立っている。


 明度の差から顔や詳細な視覚的情報は遮られたままだが、それでも輪郭くらいなら分かる。

 青い長髪、つばが広くとんがった帽子、裾を引きずるローブ、不釣り合いなほど大きい杖。


 魔女のよう。

 僕は安易に元の世界の情報を引っ張り出して、そういう感想を抱いてしまった。


 彼女を見ているのは僕だけではない。

 変態たち七人も、魔女にしか見えない容姿の彼女に気を取られていた。

 それもそうだろう。

 今の今まで通行人たちは僕たちのやり取りに、多少の興味惹かれて一瞥することはあっても、こうやって関わろうと――話しかけようとしたのは彼女が初めてだったのだ。


 魔術が容認されて、容易に扱える世界において、魔女が軽蔑の対象であるとは思えないし。

 呆気にとられる僕らを置いてけぼりにして、その魔女は近づいた。


「見つかりにくい路地、多勢に無勢、弱そうな男の子」

 おいこら、誰が弱そうだ。

 レベル1だからって舐めんなよ!

 と、絶対に口に出せない愚痴は心の中にしまっておくとして。


 魔女が僕たちに――敵意を持って七人に近づいた瞬間、空気が変わったのを感じた。

 ひりつくとか。張り詰めたとか。

 糸が張ったまま――両端を魔女と七人が引っ張り合ったまま、膠着しているような雰囲気。


 あ、強いな。

 僕は素人意見ながら、戦闘経験が数えるほどしかない身であるが、この魔女は確実に手練れであると思った。

 熟練とは言えないかもしれないが、きっと才能はこの場に居る誰よりも余りある代物であろう。


 その証拠に。

 変態7人衆は杖をかかげ、剣を構え、弓をつがえ、槍を穿ち、スタッフを向けて、刀を抜いて、拳を握っている。

 冒険者たちが警戒をしている。

 しかしその警戒も曖昧なもので、ひとまず警告をしているような状態――彼女のことを測りかねているようにも見えた。

 それはつまり、彼女は冒険者の情報網から外れた存在であることを示す。

 知っていたなら対処法を編み出し、それを実行すればよい。

 敵意には敵意をもってして。

 魔女の言うところの多勢に無勢で。

 それなのに、現状は緊張状態である。

 魔女は”突然出現した格上”であった。

 一度も彼らが耳に入れていない、警戒するべしとされていないイレギュラー。


「これはいわゆるカツアゲというやつですよね?」


 少女は見当違いな事を言って、体よりも大きな杖を彼らに向けた。

 七人は少女の勘違い的発言に一瞬武器を構える手を緩めたが、実力行使に出ると感じるや否や再度持ち直した。


 刹那。


 彼らが緊張を解き、また陣形を取り直した――隙とも言えない僅かな呼吸の間。

 少女は杖を右から左に振って、水球を七発用意し、それぞれに打ち付ける。

 速度は目で追える程度だったが、杖とスタッフを持っていた冒険者は反応に遅れて腹部へ直撃した。

 当たった彼らは水球の勢いそのまま壁に打ち付けられた。

 二人、動きを鈍らせること成功。


 しかしそれは同時に五人へのダメージが皆無であることを意味する。

 刀遣いと槍遣いは水球を捌いた後に、距離を詰め、少女を切り崩しにかかった。

 誤解を解ける相手ではないと踏んだのだろう。


 ステータス値の高い冒険者の一歩というものは数メートルを意味することすらある。

 刀遣いは姿勢を屈めたまま、刀を腿に当てるように――峰をぶつけるように逆刃で持つ。

 槍遣いそこから数瞬遅れるようにして、インパクトの瞬間をずらすようにして、杖をを叩き落とす為に振りかぶっていた。


 どちらかに気を取られれば、どちらかは痛めるような仕組み。

 杖か脚か、どちらにせよ戦闘不能になるように作られている。

 引き絞る音。

 目の前の弓遣いは引き絞ったまま矢で魔女の脳天を狙っていた。

 三重の連鎖。

 いや、それだけではない。

 他の四人もまた同じように攻撃の隙を作らぬように、機会をうかがっていた。

 水球程度では目くらましにもなるわけがない。

 二人の魔術家もとっくに立ち上がっている。


 多勢に無勢。

 勝ち目などあるはずもない。


 刀が脚へ当たる瞬間、槍が杖を貫く数瞬――少女は杖先で石畳の地面を強くたたいた。

 勢いよく現れたのは歪な壁、白い気体が漏れ出している氷の壁。


 いきなり現れたものだから彼らが反応する間も無く、氷の壁はちょうど魔女に直撃しそうだった武器を呑み込んでしまった。

 厚さ数十センチの壁は、当たる瞬間を切り取ったように武器を固定させ、動きを止めた。


 氷に埋もれた武器を二人は強引に引き下ろした。

 冒険者の異常な筋力をもってすれば、氷は砕くに容易い。

 しかし砕き切り、武器を振り下ろした瞬間は魔女に無防備な姿を見せることになる。

 それを視認した――彼らの隙を察知した魔術家たちは詠唱を開始し、弓遣いも準備した。


 壁が砕け、氷が瓦解した刹那。


 三人のロングレンジャーは指を離し、詠唱の末端を言い終わる。

 それぞれが対処できないようにいらやしい場所の狙って、白ばむ空気へ投げ込んだ。


 雷撃と火球と矢。

 それらは確かに魔女の方面へ飛ばされたはずである。


 しかし手ごたえが――直撃した瞬間に起こる音がない。

 外したのなら建物にぶつかった瞬間の打撃音。

 当たったのなら呻き声や聞くに堪えない炸裂音。

 それがなかった。


「カツアゲにしては中々やるじゃないですか」


 火球が氷に当たったのだろう、溢れ出す水蒸気の中から魔女は出てきた。

 前衛で武器を構えた二人は体勢を立て直し、警戒状態を続ける。

 魔女の周囲にはふよふよと少し大き目の水球がいくつも浮かんでいた。

 その水球の一つ、それの中には矢が閉じ込められている。

 またもう一つの水球には、電撃が暴れながらも、少しずつ威力を失っているのが見て取れた。

 飛ばされた攻撃を吸収したのだ。


「そこの人!絶対に助けますから!」


 少女はおそらく僕に呼びかけているであろう、厚かましい台詞を吐く。

 さっきからなにをこいつは言っているのだろうか。

 いや傍から見ればガラの悪い連中が、新人冒険者からなにかをせびっているように見えるのか。

 面倒な誤解を。


 しかしこれを利用しない手はない。

 誤解の結果、七人と魔女は対立しているのだし、ここで有耶無耶になれば僕は魔の手から退くことが出来るのだ。

 傍観がちょうどいいのかもしれない。


 これは根拠のない推測だが、魔女はこの戦いは勝つだろう。

 魔術の扱いや人数差――多いからこそ動きづらく、機動力に長けた近距離攻撃職の強みや広範囲だからこそ生きる魔術家たちの強みが活かせていないことが大きい。

 対して魔女は一人だからこそ動きやすいというのがある。

 リソースが相手に向けるだけで済むのだ。


 魔女は勘違いをして、彼らを破り、僕は自由の身。

 これが今思い描いている最善である。


 ……しかしこれでいいのだろうか。

 今は刀遣いと槍遣いが引いて、武術家と剣術士が魔女の相手をしている。

 その様子を見る限り、魔女が破れるということはないだろう。

 攻撃をいなし、着実にダメージを与える――魔術家らしからぬ機動力のある立ち振る舞いは強者の動きである。

 それがセンスか場数かは僕は推し量れないけれど、彼らより強いという事実は決して揺るがない。

 武術家のインファイトを水球でいなし、捌き、地面を凍らせ動きを止める。

 剣術士の斬撃は凍らせ、剣自体を折ることで防いだ。

 七人の冒険者を圧倒しているのだ。

 強い。

 おそらく白龍の少年よりも彼女は強い。


 このままだと魔女が勝ってしまう。

 勝てば僕は助かる。

 しかしそれは現状を打破しているだけで、今後の動きが制限されてしまうのは必至だろう。

 ちょうど七パーティのどこかに入るという決断と変わりない。

 後々苦しむことになる。

 具体的には魔女と冒険者たちに亀裂が生じるのは必至だろう。そして僕と七人にも少なからず因縁ができてしまうことになる。

 魔女の方は他人事であるから一考の余地もなく切り捨てて考えられるけれど、これからの立ち振る舞いからして、それぞれのパーティリーダーと険悪になるのはよろしくないのではないだろうか。

 せっかくしがらみなく異世界を生きているというのに、また人間関係をこじらせてどうするというのだ。

 もう、あんなのはごめんだ。


「これで御終いです。覚悟を!」 


 魔女は勘違いの真っ最中、決め台詞らしき言葉を叫んだ。

 彼らは死にはしないだろうけれど、重体を負ってしまうかもしれない。

 ここで彼女を止めなくては今後の僕の冒険者生命に関わるかもしれない。

 しかしどういう風に止めるか。

 どう止めればよいのか。

 正直に言ったところで正義漢は僕の言うことを”言わされている言葉”だと思ってしまうだろう。

 なんて言おう、なんて止めよう。どう言う風にこの勝負に決着を付けよう。

 七人も納得できて、頭の固い魔女の魔術を中止させられるような――

 意を決してこの二つの対立に割って入る。

 魔女は攻撃の手を止め、七人も静止した。

 静寂が。

 僕がなにかアクションを起こすのを待っている時間が到来した。

 何を言おう。何を言おう。何を言おう。


「ぼ、僕のパーティに入って下さあああああああいっ!!!」


 僕は左腕を魔女の方へ向けて、頭を下げた。

 ちょうど告白しているようなかんじ。


 混濁した思考の中、導き出された結論は魔女の勧誘だった。

 僕は、なにをしているんだろう。

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