014:そして今に至る
「わかったわ」
ひとしきり話を聞いたアンバーはソファから飛び降りて、部屋の中にある棚の一つへと向かった。
かと思えば、ロッカーへ走り。
かと思えば、部屋を出たり。
小さな羽をパタパタと動かしながら、小さな体で駆けていく。
白い部屋を駆け回る天使の姿は、セイクリッド的な要素は微塵も感じられず、ひたすらに俗っぽく――可愛らしさを感じてしまっていた。
ちょうど小さな妹ができたみたいな。
妹か、イモウトねぇ。
元の世界では年の近い、高校一年生の妹がいたが、アレにそういう可愛いという誉め言葉は似合わない。
ガサツ、陰険、僕のことをなんとも思っていない、引きこもりを絶対悪だと敵対視……もしかしたら妹だけは僕の死を悲しんでいないかもしれない。
今頃僕が死んだお陰で空いてしまった部屋の中を、誰とも知らない彼氏と愛の巣をつくっているかも。
……嫌なことを想像してしまった。
ま、妹など兄貴のことを生ける達磨とでも思っている暴君である。
どこの家でもそうだろうと思うが、妹など百害あって一利なしというやつである。
もし一利でもあれば、それは妹ではない。
妹に似たなにか、イモータルとかそういうやつだ。
僕もイモータルが欲しかった。
それで言うと、個人的な基準値の話にはなるけれども、妹というのは侮蔑に近い言葉になるのではないだろうか。
アンバーを妹と言うのは、侮辱なのではないだろうか。
前提として、信仰対象に「妹みたいで可愛い」という感想を持つこと自体、不敬な気もするけれど――それはさておき、妹とはろくでもない存在であるから、ロクデナシの代名詞を彼女にラベリングするのはいかがなものかという話である。
ならば、なんと形容するべきか。
やはりイモータルか。
天使に「天使のようだ」というのも、阿呆みたいだし。
天使とかあからさまに永久不滅の存在だろうし。
「これ」
「なんだ、イモータル」
「ん?いきなりまじゅつをとなえてどうしたの?」
しまった、そういう魔術が既にあるのか。
なんて紛らわしい。
「えいしょうはしょったらだめだよ?」
アンバーは大荷物を抱えているにもかかわらず、平気な顔をして小首を傾げる。
元々表情が硬いからどれも無表情に見えるほど機微が少ないのだが、今回は口角も目尻もなにも変化がない――真っ直ぐな平気な顔であった。
「これ」
背を向けて、再度荷物に注視させた。
彼女の薄い背中に背負われた茶色の――おそらく獣の皮で作られたリュックはパンパンに膨れ上がっていた。
荷物を限界まで詰め込まなければそうはならないであろう爆発寸前のような状態、留め金を外した瞬間に散弾が如き勢いで物が飛んできそうである。
「どうしたのその荷物?」
「あげる」
「だれに?」
「ゆうしゃに」
「……中身は何が入ってるの?というか何を入れたらそこまで破裂寸前にできるの?」
「おとめからのぷれぜんとはすなおにうけとるものよ。なかみとかきいちゃだめ」
ごもっともである。
しかしその理屈が通じるのはプレゼントの様相を呈しているときと、ロマンチックなシチュエーションが展開されているときに限ったものだ。
勢い余って断りそうになるけれど、全く話が通じず腕をへし折られた数々の思い出によってなんとか踏みとどまることが出来た。
至れり尽くせりだ。
僕からなにも与えられていないことを考えると、貸しばかり作っているようで、多少の恩義と、多量の申し訳なさを感じずにはいられない。
その申し訳なさにはヘリオトロープを裏切っているような気持ちと、彼の二人を見限っているような罪悪感も含まれていた。
「あ、ありがとう」
「……あんまりうれしくない?」
「いや嬉しいよ。けどそれ以上に申し訳なさがあるというか……」
言葉選びにまごつきながら受け取ったプレゼント――もとい皮のリュックは果てしなく重い。
どうしてアンバーは軽々と持ち上げられるのか全く理解できないほどに、それの質量は僕の腕と腰に確実なダメージを与えてしまっていた。
右腕の力に頼る前に、たたらを踏むように歩いて、机の上へ置いた。
「もうしわけないの?」
「ほら僕からアンバーには何も与えられていないだろ?多少の、僅かばかりの信仰心は注いでいるかもしれないけれど、それは宗教人になったからには当たり前のことだろうし」
「わたしは。いろいろゆうしゃからもらってるわ」
「全く記憶にないんだけど……」
アンバーは呆気にとられたような顔を見せて、すぐさま微笑をたくわえた。
「なにもしらないのね」
「知りたいことばっかり増えていくんだよ」
その上、知りたいことを知る術もないときている。
ToDoリストの項目ばかり増えていって、何一つクリアできていないような。
「てんしやあくま。それらのじしょうとかんしょうし、ことばをへいきにつむげるのは。あなたくらいなのよ?」
「僕くらい?」
「ゆうしゃくらい」
「そんなわけないだろう。ラムイはアンバーのこともヘリオトロープのことも認知していたみたいだし」
「しんわやおとぎばなしによくでてくるもの。しっててとうぜん」
「…………」
「ひととおはなしするのはひさしぶりなの。だからぷれぜんとを、ありがとうってあげてるの」
アンバーは「どうだ私は凄いだろう」と言わんばかりに、神話や冒険譚に登場する自分の希少性をアピール――鼻息荒くふんぞり返った。
対して僕は、困惑していた。
天使や悪魔の存在はなんとか許容できた。
しかし僕だけが、僕にしか許されないというのは信じられない。
天啓も予言も、一度たりとも経験したことがないというのにそんなことあるはずがない。
もしそんな超常的な事があれば、僕はどうして元の世界であそこまで地位を低めていたのか。
誰かを救うことも出来ず、自分が救われることばかり願っていたのか。
天使も悪魔も、手を差し伸べてくれなかったというのに。
「あくまも、てんしも、せいれいも、かみも。じっぱひとがらげにちにおとす。だからあなたはゆうしゃなの。だからゆうしゃはゆうしゃなの」
彼女はそんなこともしらなかったのか、と面倒くさがるような雰囲気でそう告げた。
なんだよ。
僕が呼ばれた理由はしっかりあるんじゃないか。
ヘリオトロープの大噓つきめ。
「それで?勇者はこれからなにをすればいいんだよ。何を成して、何を成すべきなんだよ。人にこびへつらわなくていいならなんでもやるさ。それしか僕に存在価値がないって言うんだったら」
「なにもしなくていいよ」
「はあ?僕はそのために呼ばれたんだろ」
「あなたがこっちにきたのはたまたまよ。たまたまあくまにつれられてこっちにきて。たまたま”むこうではどうしようもないさい”をもっていた」
「信じられるかよ。そんなに偶然が重なるか」
「かさなったのよ。びっくりね」
アンバーは僕の怒りを、どこへ向けるべきかもしらない鬱憤を器用に受け流した。
僕の話題はすぐに変な方向へ飛ぶ――ヘリオトロープからも注意されていたはずなのに。
冷静になってみれば、どうってことない話だ。
『僕は人と話せない代わりに、それ以外の少数と話せる』ただそれだけの、平たく言えばそういう才だ。
いいじゃないか。
そういう皮肉の利かせ方は僕好みだ。
肺の潰れるくらいに息を吐いて、肺が破裂するくらいに息を吸い込んだ。
波打つ思考に終止符を打つ。
「おちついた?」
「落ち着いたよ。偶然は重なるもんだ、そこに必然性を見出すから人はいけない。そうやって悪魔やら天使やらが生まれてきたってのに」
「くわしいのね」
「少しかじったことがあるだけだよ。これ以上は何も知らない」
肩を竦めてみせると、アンバーはほっとしたような顔を見せてくれた。
「それで、話は随分と戻るけど……これ開けてみてもいいかな」
「どうぞ」
了承を得たところで、おそるおそる留め金を外すと――さすがに飛び出すことは無く、しかし代わりに様々なものが詰められているのが見て取れた。
仲には衣類と防具、お金、いつぞやに話していた星が入っていた。
衣類に関しては街中でよく見かけたような、一般人が来ていたような肌触りの良い、しかし装飾の少ない質素な品ばかりであった。
お金はアンバー曰く、一週間は飲み食いに困らず、宿暮らしができる程度とのこと。
この世界での相場をいまいち理解していないから、これがどの程度の額なのかは分からないけれど、元の世界換算で言えば結構な量であるはずだ。
依頼の達成料金も含まれているとのこと。
星は一つ。
「八つあげてもいいけど、そうすると滅茶苦茶狙われるから」と言って少なくしたらしい。
ピンキリが過ぎるとも思うが、このくらいが適正帯に違いない。
そして防具、動きやすいインナーとアンバーサイドのマークがあしらわれた真っ白な正装と、いかにも駆け出しにふさわしいセットとなっていた。
聖術者だから防具と言ってもそこまでごてごてはしてなかった。
「そんなぼろぼろなかっこうだとめだつよ?」
アンバーの指摘によって、僕がよく視線の渦中にいるのか謎が解けた。
現在の格好は学生ズボンにローファー、カッターシャツである。
これでも十分この世界において目立つ格好だが、そこに畳みかけるように無数の傷、血や泥にまみれた汚れが送り込まれ、結果ゾンビのような格好になり注目を集めてしまっていたのだ。
痛々しい姿とはこれでおさらばできると思うと、心が軽い。
今までの着ているのか着ていないのかよく分からないボロ布を脱ぎ捨てて、正装に身を包む。
サイズは少し大きいが、これから身長が伸びるのかもしれないし、ある意味ちょうどよかった。
「アンバー」
「なに?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「けど、これ以上物くれるのなしな」
「……なんで?」
「僕がヒモみたいな勇者になってもいいのか?」
「ひも?」
「情けない奴ってこと」
「別に気にしないわ」
「僕が気にするんだよ」
アンバーは少し考える素振りをして、渋々了承してくれた。
もうなにも全て見終わったのかと思って、革袋の中を覗き込むと――そこにはなに一対の入れ物がある。
暗いリュックの中からそれらを一斉に取り出すと、
「靴だ」
入れ物にみえたそれは、ブーツである。
着脱は困難なタイプだが、その分丈夫に造られていて、山道や岩場を歩くのに向いている。
「こんなものまで」
なにからまにまで用意してくれたアンバーにあらんかぎりの感謝を想っていると、すげなく否定した。
「それらむいからのぷれぜんとだよ」
「へえ。ラムイってこのギルドに二人いるんだ」
「らむいえるどらどからのだよ?」
「……そんな馬鹿な」
あれだけ嫌われ者なのに、こういうものをくれるのか?そんなはずはない。
きっとこの靴の中に画びょうが敷いてあったり、履いた瞬間に爆発したりするに違いない。
「もしそうなら、わたしがどうにかしてるよ」
どうにかの具体的な行使について興味が湧かないでもないが、きっと知らなくてもいいことだ。
「それ。らむいがゆうしゃにごめんなさいのしるしだって」
なんだ。
いいやつじゃん、ラムイ。
僕をてっきり嫌がらせであんな依頼を受注させたのだとばかり。
ブーツを履いてみると、驚くことにサイズ感がちょうどよい。
彼女は足のサイズを測る魔術でも行使できるのだろうか。
そんな馬鹿な事を考えていると、アンバーが口を開いた。
「そういうひとりごとをきいたから。『らむいはゆうしゃにいやがらせをしたんだ』っておもったの。だから」
「だから?」
「どうにかした」
自慢げな笑みを浮かべるアンバーを横目に、すぐさま正面の扉から飛び出して、ラムイを助けにかかった。
アンバーがこれやったのかよ、あと”どうにかする”ってこういうことかよ。
ラムイから泣きながら説教を喰らったことは言うまでもない。
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