012:蛮勇な勇者、不潔な潔者
「もうここなら大丈夫ですぅっ。白龍の魔力反応はずっと遠いままなのでぇっ」
長距離移動によって回復できた体力を存分に使って、抱きかかえられた女の子の腕から地へと降りる。
辺りには割れた巨大な岩や、枯れた川、あふれんばかりのスライムと――随分見覚えのある景色が広がっていた。
試しに足踏みをしてみたり、軽く握ったりしてみたけれど、別段違和感がある訳じゃなかった。
違和感が無くなるよう調節された能力。
字面じゃあ大したことに思えないけれど、こうやって腕や足が切り取られてしまうと、否が応でも実感する。
自分が死なないのだと。
不死者なのに、殺されかけてしまったのだと。
おそらく少年は僕を殺し損ねたから白龍たちに復讐をしているころだろう。
あの白い切断技能さえあれば、いともたやすく完遂できるだろうし。
「そういや、どうして僕の場所が分かったんだ?僕が死にかけていることも……枯れた川から結構な距離があるのに」
たまたま散歩をして辿り着ける距離ではないのは、道すがら――僕の死にかけた地点から枯れた川まで運ばれて、流れていく景色から容易に推測できる。
体力が全くない女の子が偶然発見するのは、少しできすぎている。
「スライムって主成分はなんだと思いますかぁっ?」
一匹の流動体を抱きかかえて、女の子は問う。
「そりゃあ水分とか、タンパク質とかじゃないのか」
「たん?」
「……人とあんまり変わらないんじゃないのかって言ったんだ。人は成分は水分が七割近くを占めているらしいし」
女の子は知らなかったと感嘆し、話が脱線しそうになっているのを密かに感じた。
「今度誰かに話したくなる豆知識ですねぇっ、トリビアですねぇっ」
「そりゃよかった。それで、スライムの主成分はなんなんだ?そして僕の問いにどういう風に繋がるんだ?」
僕の疑問に、女の子はじんわりと薄桃色の唇をふにゃりと緩ませる。
まるで自分が優位に立っていることを味わっているような表情。
「スライムは主に二つの成分で構成されていますぅっ。一つは契約者の言う通り、水分。というかほぼ水分ですねぇっ、九割近くそうなんじゃないんですかぁっ?」
スライムって、クラゲみたいな見た目して、クラゲみたいな成分なんだな。
「そして二つ目は、魔力ですぅっ」
「へえ魔力か。それで死にかけの僕を見つけられた理由とどう、」
「ええっ!?驚かないんですかぁっ!?私たち魔力と水で出来ているんですよぉっ?魔力ですよぉっ?どんなものなのかなあーとか、どういう風に作用してるのかなあーとか。疑問は抱かないんですか?」
女の子は言葉を遮るように、大声でまた感嘆し、寂しそうに俯いた。
……こいつは僕が未だ魔力なるものと出会っていないと思っていたから、そう言う風に話を振ったのか。
なんだか可哀そうなことをしてしまったな。
「そこら辺の疑問点は道行く冒険者に質問攻めして解消しちゃったし、それに魔力を扱うようになって理論すっ飛ばして分かったというか」
「そう言えば杖持ってましたねぇっ」
がっくりと項垂れて、なにもかもどうでも良くなったような表情のまま天を仰いだ。
「そういえば対人適正高いんですねぇっ。冒険者たちに話しかけるとかよくできましたねぇっ。というかよく殺されませんでしたねぇっ」
スライム基準で物を言うな。
人が人を殺したら、それは罪だろう。
「何を言う。人には話しかけていないぞ」
「ふえっ?冒険者に聞いたんだったら、人と会話したんじゃないんですかぁっ?ま、まさか思考を読んでっ!?」
オーバーリアクションに一歩引いて驚いたような顔をする。
「そんな離れ業できるか。小人とか妖精とか獣人とかに話をしたんだよ。僕が同種と話せると思うな、すぐにゲロ吐く自信しかない」
「ははーん。人嫌いの人とは中々風情ある設定ですねぇっ」
「ぶちころすぞ」
僕が対人恐怖症のコミュ障ということは信じてもらえなかったようだった。
「契約者に説明の緩急も情緒も殺されてしまったので、端的に説明しますけどぉっ」
女の子は抱えたスライムを、いつぞやに流行ったストレス解消グッズのようにふみふみとこねくり回す。
スライムの方もなされるがままである。
「私たちスライムは物体を魔力探知という広範囲の俯瞰的視野によって視覚しますぅっ。空気中にも魔力はあるので、それらの妨害を制御する必要はあるんですけどぉっ」
「……一人称で物を見ていないっていう認識でいい?」
「それで全然おっけーですぅっ。そんでまあまあ広範囲の視野を持つので」
「僕を見つけられたと?」
「まっさかぁっ!契約者の魔力は普通過ぎて、悪魔様の御加護がなかったら普通の人と区別すらつきませんよぉっ」
軽快に笑う女の子の頬を、腹いせにこねくり回す。
「にゃっにゃにをぉっ!?」
「僕に逆らった罰だ。しかと受け止めろ」
「ふへふへぇっ!?ふぱぁっ!もー話が脱線するじゃないですかぁっ」
お前が言うな、お前が。
赤く、血流がよくなった頬を自分でさすりながら、女の子は話を戻す。
「問題は白龍の少年の方ですねぇっ。元々あそこに白龍が住み着き始めたのはしっていたんですよぉっ、けどまあ関係ないしぃーと放置していたんですぅっ」
「放置していたのか」
「い、一応気にはしてたんですけどぉっ。まーいつか腕利きの冒険者がやってくれるんじゃないのかなぁって」
僕の女の子の立場ならそうするかもしれない。
なにやら早めに対策を打っておかなかったような口調だが、そうそうこんな不測の事態――僕の不始末が起こるなんて想像も出来まい。
「そしたらとてつもない魔力の反応があってぇっ。まるで白龍が上位種になったような魔力の暴れ方だなぁって思ったら……一人、私の友達にそんなことをやらかしそうな人間がいるじゃないですかぁっ」
「ほんとごめん」
「もうっ!?なにやってるんですかぁっ!!」
マジギレだった。
「いやまじで申し訳ございません」
平謝りだった。
「言い訳していい?」
「……聞きましょう」
「僕を殺そうとするなんて思わなかった。てっきり対話くらいできるものだとばかり」
スライムたちから、この世界に生きとし生けるモンスターから言わせれば、対等な戦いには手出し無用であるはず。
ついでに白龍たちへの復讐というものも、多少の矛盾が生じている。
あの少年が僕を殺そうとするなんて、本当に思いも――いや一考の余地はあるとは思っていたけれど、まさか太刀打ちできないほど強いだなんて。
「私や川さんは契約者と対立する理由がないから、対話出来ているんですぅっ」
「白龍と契約者は開始地点が敵じゃないですかぁっ」
「生き返って、おまけに強くなっているともなれば、殺してきた相手を殺そうと思うのが普通ですよぉっ」
「同族殺しはバッドマナーですけどぉっ、白龍の少年は幼そうじゃないですかぁっ。まだ物の分別はつきませんよぉっ」
言い返せない。
確かに彼女の言うことは整合性に富んでいて、一点の曇りもなく理路整然としている、まぎれもない正論だけれど。
しかし匿名の人から言われる、もしくは事情も知らず𠮟りつける正論よりも、ずっと納得できる、そしてそこから挽回するにはどうすればいいかを示唆している話だった。
言い返さない。
僕はここから強くなれるのではないか、そう思ってしまうくらいには強く心を打つような――激励。
「やることが決まったな」
「今度はなにをやらかすんですかぁっ?」
人をトラブルメイカーみたく言うな。
いやそうなんだけどさ。
「ひとまず強くなる。せめてレベル差を無くす。あとやれることを増やす」
「冒険者みたいなことを言うんですねぇっ」
「冒険者だからな。これでも」
「そうなんですかっ!?」
……確かに僕は言ってなかったけどさ、多少気が付いて欲しかったよ?
冒険者になったからといって強くなれる訳じゃないのは重々承知だけど、街へ向かって数日たってるんだからさ。
「な、なんの職業ですぅっ?」
「聖術者ってやつ」
「なっ。なんで死地にとびこむようなことをしちゃうんですかぁっ!?知りませんよ教会の犬になってどうなっても!?スパイ気取りですかぁっ!?ばーか!ばー----か!もうどっかで野垂れ死んじゃえ!」
酷い言われようだった。
職業選びに関しては、僕の意思は全く介入していないというのに。
弁解しようにも、「アンバーって天使に否応なしに職業決められちゃったんですよねーあははは」と言ったところで、信じてはくれまい。
いやぼかして伝えたところで、きっと聞き入れてもらえないだろう。
「もうなってしまったもんはしょうがないって」
「うう……それもそうですね。今さら職業を変えたら逆に怪しいですし」
人は、自分より大袈裟な感情表現をする他者がいれば、冷静になれるというが。
僕はオーバーに落ち込んでいる女の子を見ていて、まさにそんな感じだった。
これからギルドにおそらく白龍の群れが追い払うことが出来たことと、上位種になった白龍が現れたことを言わなければならないと思うと気が重かったけれど。
「あ。白龍の一件、特に上位種のことは言わない方がいいですよぉっ」
「思い出したように言うな」
「実際伝えようと思ってたんですぅっ。上位種の報告はやむを得ない場合のみにした方が延命になるとおもうんですぅっ」
「延命になる」
「契約者はこれからもいろいろやらかすと思うんですけどぉっ、その度にやらかしの報告をしてたら『あれ?こいつのせいなんじゃね?』ってなりますよぉっ」
「なるほど……それは怖いな」
”これからもいろいろやらかす”という失言に思わず頬をつねったやりたくなるが、そこは我慢。
あり得ない話じゃないし。
「分かった。上位種の件は内密にする」
「その方がいいですねぇっ。自分の不始末は自分で片付けた方が気分がいいですしぃっ」
「その言い方はどうかと思う」
けれど。
上位種になってしまった白龍を自分で倒したいと、方を付けたいと思ったのは事実だ。
とっとと倒さなくては、人を襲ってしまうかもしれないし。
「そういや。僕の杖は?どっかで落っことしたみたいなんだけど」
「あーありますよぉっ。私たちが気を利かせて、逃げおおせるときに持ってきていますぅっ」
ふよふよと。
スライムたちは黒石の杖を頭に乗っけて、こちらへ近づいてくる。
スライムたちは自分の自重を支えるのにもせいいっぱいだろうに、僕がしゃがまなくても済むくらいの高さに重なって、杖を渡してくれた。
手首がひっついた杖を。
僕の左手首からしたがきっちり残った杖を。
「……これは」
「いいアクセサリですねぇっ!」
「正気かお前」
死後硬直のせいでびくともしない手首はスライムたちに器用に溶かし、養分にしてもらった。
すさまじく変な気分のまま、杖は手元に戻って来た。
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