011:対等な条件

 金色がワンポイントとして入った白いカンフーシャツにカンフーパンツ。

 細くすらりと伸びた四肢を持っているものの、僕の十センチ下程度の身長。

 ふてぶてしい表情で、世間を舐め腐ったような目付き、ガラス玉のような目は琥珀色に輝いた。

 くすんだ金髪は一つ結びにされて、後頭部から、さながら尻尾のように長く伸びている。


 白龍は混乱した様子もなく、僕の手をどかして、力なく素足を折りたたんで――体育座りで乾いたような笑い声を上げた。

 しかし声にもならないそれに狂気らしい狂気も、自棄らしき自棄も感じられず、現状をひたすらに受け入れようとしているようだった。

 いや、違う。

 一匹の白龍の――少年の目は虚ろで、泳いでいて――現実逃避しているようだった。

 僕がそうするように。


 明らかに落ち込んでいる、その様子に同情をせずにはいられないが、同情したところで僕の望みは――この白龍を少年へ擬人化した理由が叶えられると言う訳でもない。

 女の子に擬人化したスライムが、君臨する者として振る舞っていたように、彼は今白龍の中で最も強く、上位になっているはずであるから、はやく白龍を率いてもらわねば。

 率いて、あそこから逃げてくれなければ。


「はじめまして」

 不安と声の震えを押し殺して、少年に手を差し伸べる。

 少年は僕を一瞥した後に、興味なさげにそっぽを向いてしまった。

 そして何かを呟く。聞き取れないような小さな声で――


「単刀直入だけれど、僕の願いを聞いてはくれないかな」

「黙れ」

 反抗期か?それとも殺されたのに生き返ったと思って、不貞腐れたのか?

 どちらにせよ、めんどくさい思春期特有の反発である。

 ……もっとも僕のような青二才が思うべきことでもないし、この少年が、白龍というモンスターに第二次成長期に伴うイラつきがあるのかどうかは疑問が残るけれど。


「なぜ黙らなきゃいけないんだい?」

 少年は深く溜息をついて、じろりと鋭い目つきで睨みつけた。

「そんなことも分からないんですか?これだから人間は」

 カチンとくる物言いである。

 人間を下に見た、見下げた発言ではあるけれど――この少年は人間を格下だと思っているから、こんな格言は知る由もないだろう。

 『争いは同レベルでしか起こりえない』という魔法の言葉を。

 僕が君をいなし続ける限り、僕が上であり続けるのだよ。

 ふふふふ。


 白龍の少年に視線を合わせるようにしゃがんで、レスポンス。

「いやあ分からないね。推測を重ねて推測を重んじれば。君はきっと岩石を投げつけられたことに怒り、同胞に復讐でもしようって思っていることくらいなら思考できるけれど」

 少年は一瞬肩を震わせた後に、視界をすこしずらした。


 ……おそらくビンゴだな。

 先ほど――少年は聞き取れない声で「あいつら許さない」と言ったのだ。

 僕は影分身も、まして多重影分身の術も習得した覚えはないから、複数人となると白龍の群れの事か、僕と対戦する前に出遭ったのかもしれないレギオンパーティを組んだ冒険者を指すだろう。

 スライム曰く『対等な戦いは自然の摂理』なので、冒険者は除外。

 ならば、答えは出る。



「だが僕は愚かしくも人だからね」


「君が見下して止まない人間風情だからね」


「これは推測の域を出ない」


「白龍様の御意思には歯牙にも掛けない答えだろう」


 僕は少年ににじり寄る。


「さて、答え合わせをしようじゃないか」


 少年は震えた体をねじり、僕の魔の手から遠ざかって、しなやかな体使いであっという間に数歩の間合いを生み出した。

 立ち上がり、少年はだらりと腕を力なく垂らしたまま、足を肩幅に開く――臨戦態勢。

 白龍が元々足が発達した種族だから足技に警戒が必要。

 あとは身軽になる力を持っているから、リーチやレンジは対人戦だと思わない方がいいな。


 僕はしゃがんだまま、杖を握る。

 さて、上位種になった白龍と対等な戦いはできるのかどうか……最悪逃げてもいいな。


「なにが目的ですか」


「は?」


 少年はうざったそうに舌打ちをして――想定外の言葉を遣う。

「人間は僕に用があったから、こんな風に”モンスターを上位種にするなんて自殺行為”を犯したんでしょう?いいです、その勇気に免じて願いを叶えてやりましょう」

 決して対面する際の圧迫感緊張感を解くことは無く、少年は顎をしゃくった。

 あからさまな態度の変わりように少し疑問を持ちつつ――ああなるほど。

 こいつ、僕に図星を突かれたからって話を変えてるんだ。

 同族への復讐やらを僕に勘付かれて、恥ずかしくてたまらないのだ。

「子供だなあ」

「あ?」

「なんでもない、一言一句反応してたら疲れるだけだよ」

「うるさい雑魚」

 その雑魚に一度殺されたのは誰なんだか。うっかり、そう口からこぼれそうになる。


「一応訂正するけど」

 僕は胡坐をかいて、杖の先端を気付かれないよう白龍に向けておいた。

 いざというときに反応できるように。

「僕の能力行使は自殺行為じゃなくて、対話手段だ。モンスターと話を付けるためのね」

「んなわけねーでしょ。わざわざ僕らを上位種にしてしまって、死なないでいるなんてありえない」

「ありえなくないね。現に僕は生きている」

「そりゃ僕の慈悲です」

「ありがとう。君も生き返らせたうえで上位種にしてあげたのも慈悲だから」

 少年は舌打ちをしながら、軽蔑の視線を向けた。

「ただのマッチポンプでしょう?」

「そうだね。じゃあマッチポンプの続きをしよう――僕の目的だけど、白龍たちをどこかへ追いやってくれない?」

 意外そうな顔をするのは、今度は少年の番だった。


「嘘ですね。ハイリスクローリターン過ぎる。人間が死んでしまう確率の方が十二分に高い」

「リスクなんてないよ。必要なのは勇気と鈍感さだけ」

「……死地に飛び込む”勇気”と死に対する”鈍感さ”ってことですか」

「ご明察」


不死者リターナー……全くもって面倒ですね」

 少年は心底めんどくさそうに頭をかいた。

 すこしだけ考えるような素振りをして、

「自己を含めた勘定の出来ない人間ということは分かりました。いいでしょう、白龍たちは殺しておきます」

 どうせ僕が提案しなくても、殺していたくせに。

 と思うが口には出さない。


「ではこちらにも条件があります」

「聞くだけ聞こうか」

「……僕は絶対に人間の軍門に降りません。そして金輪際僕と会わないで下さい」

「ああ、いいよ。そのくらい、そもそも他の人たちも縛っては無いしね」

 少年は少し不服そうに、僕の言っていることに疑問を持ったように――ちらりと後方を確認して、視界を戻した。


「僕は白龍たちを残らず殺します。人間は僕のことを忘れてしまう。それでいいですね?」

 少年の呼びかけに首肯した。 


「では」

 と少年は呟くように言って、座ったままの僕を横切ろうとする。


 これで依頼は達成される。

 ラムイとかいう嫌われ者に一泡吹かせられる。

 安堵を混じらせるように、気を抜いていた。

 抜いてしまった。


 彼の向かう先は崖で間違いなく、僕の隣を歩いたのは、他意はないと思った。

 思っていた。


 白い光が、一筋の視界が真っ二つに割れるような光が、杖を握っていた左手首に差し込んで――斬った。

 ”まるで左手首から下が無くなったような”痛みに襲われてたまらず左腕を持ち上げると、そこには杖の握った腕はない。


 痛みに耐えながら能力行使、立とうとすると今度は上手く立てなかった。

 右脚の膝から下がない。

 大量の血をまき散らしながら、腹ばいで逃げる。

 すると今度は腹部に何かが突き刺さるような感覚が。

 血だけでなく、臓物までも、贅肉までも、筋肉までも零れているようなそんな痛み。


 一つ、疑問があった。

 この副次的な回復能力の限度はどこなのかという、疑問。

 一撃必殺には耐えられないことも、無限に再生してくれないこともおおよそ見当がついていた。

 僕は今それを知ってしまいそうだった。


 うごうごと、四肢が元通りになるたびに切り取られ、多量の血を噴出する。

 切り取られるたびに、再生力は弱く、血の量は少なくなっていた。

 先の戦闘で弱っているのだ、もう後がないくらいには僕の能力は疲弊している。


 薄れゆく意識、草の臭いと土の感触を確かめながら、朧げな視界の中で少年が何かを持っていることが見て分かった。

 通例なら少年は悪魔と契約して、なにか力を得ているはず。

 それが、今僕が死にそうになっている理由なのだろう。

 嘲るような声の後に、何かを持った両手を振りかぶる。


 おそらく。


 少年の復讐対象には、僕も入っていたのだろう。

 目を瞑り、自己の甘さを反省する。

 三度目の人生などある訳もないのに。



「間に合ええええええええええ!!!!」



 甲高く、悲痛な、しかし聞き覚えのある声。

 聞き覚えのある、ある女の子の声。


 目の前の少年にぶつかった半透明のそれは顔にまとわりつくと、少年をもがかせた。

 しかしそれを束の間、手に持たれたそれで切り刻み、息荒く怒りをそのまま声に乗せる。


 女の子はそんな少年を無視して、僕を抱きかかえると、走り出した。

 森の中を疾走する女の子の周りには、ふよふよと流動性に富んだ球体が必死について回っている。

 斜面を器用に降りて、木々の合間を縫う。

 その動きは洗練されていて、予めそういう風に動くように設定されているようだった。


 首を動かすと少年の姿がある。

 しかし彼は、女の子に追いつく気がないのか、豆粒のように小さくなりつつあった。

 あの自己啓発セミナーみたいな力のおかげか。

 だったらもう追っては来ないだろう。


 てっきりもう死んだと思ったけれど、どうやら女の子が助けてくれたらしい。

 数日前まで衣食住を共にしていた女の子。

 スライムの――僕を二度も助けれてくれた女の子。

 未だ回復量は足りないけれど、情報処理くらいならできる。


「あ、ありがとう」


 その言葉を聞いて、女の子は泣きそうな顔で、張り付いた笑みを浮かべた。

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