010:異種間コミュニケーション強者

 持ち上げ、盾にする白龍から投擲の衝撃が伝わってくる。

 一枚クッションを置いているとはいえ、踏みとどまるのがせいいっぱい。

 もし僕が生身で喰らってしまえばスキル行使をしないうちに数瞬で肉塊になってしまいそうなそれは、まだ終わらない。


 砕けた石は同様の砂ぼこりを巻き上げ、散弾にも似た石礫を周囲に飛ばしていく。

 脳震盪とブラインド効果によって全く動かない白龍の身体はそれも防いだ。


 僕の盾になったからといって、こいつ自身が全くの無傷であるはずもない。

 頭上からは赤黒い液体が垂れてきて、息遣いは激しくなっているようにも聞こえ、呻き声は命乞いのようだった。

 許してと、言っているような。


 しかし容赦なく岩石の雨は降った。

 その度に白龍の身体は弾けるように波打つ。

 衝撃に成す術なく、力の入っていない全身へ逃げていった。

 関節も臓器も中枢も、おかまいなしに。


 数十秒。

 一分に満たない連撃は、ようやく終了する。


「い、いそげっ!」


 肉壁から伝わってくる衝撃に眩暈を起こしながら、それを振り切るように立ち上がった。


 砂埃が落ち着く気配はない。

 無風だとしても一分は持つだろう――素人意見を頭に浮かばせては消し、痺れた思考のまま僕は白龍を背負って走る。


 白龍は重い。盾にしているときは必死だったからそこまで気にしていなかったが、気を失った人が案外重いのと同様に、意識不明の白龍の身体は僕にずっしりとのしかかった。

 しかしそれでも空を飛ぶ生き物だ。能力頼りの白龍の飛行方法とは言え、多少なり鳥や蝙蝠が飛ぶための機構は備えているのだろう。

 なにも運べないほどの重さじゃない。

 岩でできた地面に自分の重みを預けながら、素早く、しかし目立った音は立てないように足を動かす。


 第三陣の後、白龍は一斉に岩石の補充に向かう。

 そして第一陣からもう一度繰り返すのだ。


 白龍が低空飛行するのは、僕の手が届くようになるのは第三陣の時だけで、本当はそこを迎え撃つつもりだった。

 結果としてこうやって一匹捕獲できたのだから善戦と言っていいと思うけれど、今回は本当に運がよかったとしか。


 石の地面を抜けて、腐葉土を踏みしめる。

 崖が連なるあの場所の付近、白龍が住処にしたせいでここまで傷を負わなければならなかった彼の大地の周囲、そこは森である。


 歩いていて、数日間野宿していた経験を含めて、ここら一帯は地形の機微に富んでいることが分かった。

 森もあれば、山もある、川もあれば、海もあるし、切り立った断崖も、雪ばかり降る地域すらある。

 白龍は飛行が移動のフォーマット。ならば空から見て、見つかりにくい場所は、この近くには森しかなかった。

 山岳地帯にこんな深い森があるとは、思いもしてなかったが。


 足腰に優しい地面に感謝しながら、歩いて、白龍の住処が豆粒のようにしか見えなくなったところで――

「よいしょっと」

 乱暴に背負っていた肉塊、もとい白龍を投げおろす。


 そこに白龍の面影はない。

 腹側に目立った外傷はないが、問題は背側。

 何十連撃もの投擲を無防備に喰らったせいで、鱗は剥がれ落ち、肉は削れ、背骨が見え隠れしている。

 とめどなく流れる血液は桃色の肉を伝い、鱗を変色させていた。

 いくつもの岩石の破片が深々と刺さり、それを押し込むように岩石がぶつかったため、抜くことすら不可能なほどにめりこんでいるものもあった。


 凄惨、かつ残忍。

 自分でやったことだと思うと、眩暈と共に吐き気がしてくる。

 けれど僕がどうこう言う義理はあるまい。

 そもそもこれは作戦の一環、想定していたルートの一つなのだ。

 青ざめた顔のまま、深呼吸でネガティブを振り払う。


「さてと」

 周囲を軽く見てみるが、追っ手として白龍たちが来ている様子はない。


 しゃがんで白龍の背中に手を添えて――刺さった岩石の内、一つを引き抜く。

 白龍は血液を吹き出しながら、僅かに痙攣した。

 勢いよく飛び出た鮮血は僕の顔と、カッターシャツを赤色に染め上げた。


「うえ……」

 石を遠くへ投げて、口元を拭う。

 白龍の背中、翼、足には無数の石が遠慮なく敷き詰められている。

 僕が白龍を再生、擬人化したところでこれらが抜けることはない。

 鋭い石が、白龍のかぎ爪が、刺さったまま押しのけることはなかったように。

 既に僕の身体が証明した事実である。

 体に残った銃弾を取り除くのが至難の業であるように、無数の石を巻き込んで再生してしまっては僕がやれることはなくなってしまう。


 僕の責任は、これら全てを取ることだろう。

 ここまで非道な策略で白龍を貶めたのだから、死体をきれい拭い、異物を取り除いたところで復活させてやらなければ。


 足に深く食い込んだ石を、指を入れて丁寧に外す。

 右手はすっかり赤色に染まってしまう。

 もう白龍は僕がどうこうしようとも、動かない。


 大丈夫だ。

 死んだところでこの力を使えば復活できることも、僕が証明してしている――




――これで最後っと」

 赤い石の山へ一つの石を投げて、血色の山を完成させた。

 目の前にある白龍の死体、そこに刺さっていた石は全て取り除いてしまった。

 中には深く刺さりすぎて指を入れ込んでも取れないものがあったから、黒石の杖で肉を少し割き、そこから外すという、死体から生体に戻せる特性を生かした荒療治も何度か行う羽目になった。


 これを一目で白龍だと分かる人はそうそういない、そう思うくらいにはぐちゃぐちゃで混沌としている。

 料理をしたことも、当然摘出手術を取り仕切ったこともないから、このくらいの雑っぷりは許してほしい。


 血は当に枯れてしまったような白龍の死体。

 蠅が近寄ってこない内に、右手を白龍の頭辺りにに添えて、能力行使を始める。

 幾何学模様が魔力とは異なる力を帯びて、赤くぼんやりと光った。


 さて、これで本当に生き返るのか。

 仮に生き返らなかったとしても、それは僕が生きたままヘリオトロープに拾われたという証明になるし、別の道が――別の未知が開けるから、それはそれで。


 そんな思考も束の間。

 白龍の死体の肉繊維、筋繊維のほつれ、千切れは徐々に繋がっていった。

 皮膚は薄く膜を張るように伸びてゆき、そこから白い花弁のような鱗が装着されていく。

 血色の悪さは、あっという間に改善された。

 白龍の琥珀色の眼のハイライトが戻ったところで――耳を塞ぎたくなるような咆哮。

 そのまま逃げ出そうと翼を動かしているところを、慌ててしがみつきにかかった。

「くそっ!逃がすかよ!」

 右腕を押し付けながら、決して飛ばせまいと押し倒す。

 肩を地面に擦りつけさせて、全身の体重をかけて固定させた。



 『死体の復活、スキル本来の能力行使は同時に行えない』

 その条件を僕は初めてここで知った。



 その固定も一瞬で解かれ、白龍は僕をどかしにかかった。

 レベル19の差は大きく、僕は振り回される形になってしまうが、白龍の飛翔はスキル頼みであるために未だ飛ぶ様子はない。

 問題はいつ白龍がスキル行使をするか。

 白龍の能力発動の最低条件がどんなものなのか分からない、けれどきっと容易な条件であるはずだ。


 数分。


 スライムを女の子にするのに数分、川を男にするのに十数分。

 きっとスライムよりは長く、川よりは短い――それでも十分な時間が必要である。


 しがみついたまま、膠着状態がしばらく続いた。

 どういうわけか白龍は飛ぼうとはしなかった。



「よく考えたら、僕は仲間たちに裏切られたんですよね」

 押さえつけていた白龍――否、擬人化が終了した少年は苦虫を嚙み潰したような顔をして呟いた。 


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