008:バーサス
「うおっと!?」
情けない呻き声を上げて白龍からの攻撃――落下してくる岩石を避ける。
咄嗟に避けなければ頭蓋骨は割れていただろう。
そう思わずにはいられないほどの、ボーリング玉大の石。
岩石は地面への自由落下によって、足元で瓦礫と化している。
野太い咆哮と狂いを含んだ絶叫。
それが合唱となって耳をつんざいた。
見上げれば。
白龍がおよそ十数匹。
一匹以外、発達した後ろ足のかぎ爪で岩石を持っている。
それらが上空十数メートルの地点で統制の取れた隊形を保っていた。
空中で停止しているようにも――ホバリングらしきことをしているようにも見えるけれど、翼は機敏に動いているようには見えない。
これは赤髪の小人から聞いた話だが。
白龍は『重力を軽減する力』もしくは『自身の体重を軽減する力』等、飛ぶための力を持っているらしい。
モンスターの能力値は分かっていないことが多いらしく、今列挙した能力も推測に過ぎない。
まあこれはどうでもいい話ではあるけれど。
次が一番大事。
体内時計で。きっかり一分経ったとき、その場から、突発的に飛び退く。
瞬間、飛び退くのとほぼ同時。
白龍の第一陣は一斉に岩石を――落下――させた――!!!
轟音と、衝撃波。
投げつけられた岩石と一枚岩はぶつかり合って、ハジけて粉々になって、粉塵を風と共に周囲へまき散らした。
数個の岩石が一か所に、一斉に投げつけられ――落とすのではなく、丸太のように育った足から投擲されたのだ。
喰らえば一撃だろう。
いくら副次的に回復能力が備わっているとは言え、使う間も無ければ――必殺だったなら成す術はない。
ぶわりと。
岩が砕けた勢いそのままに、轟音と衝撃波を乗せて、荒れる風域を生み出す。
突風が小粒の石を巻き込んで、粉塵を含んで。
白龍からすれば目くらましのスモーク。
こちらからすれば追い風。
足を踏み出す感覚が少し薄れて、それでもローファーが脱げない様に重心を前にして、ひたすらに足を動かした。
そういえば、僕は走ってばっかだな――
「ぐっ……!」
鋭い痛み。
背中に、何かが刺さるような違和感が熱を持って体に充満していく。
馬鹿なことを考えているばかりに。
石を砕いたのなら、小石も出るだろうけれど、砂粒も生み出されるだろうけれど。
――鋭く尖った石とて飛んでくるだろうよ。
背中を見れば比較的小さな、それでもナイフ程度の大きさの石が数センチにわたって深く刺さっている。
白龍第一陣の投擲は目くらましのデメリットを受け入れても余りある範囲攻撃を意味すると。
「あれだけ教わったのに……!」
ギリと。
奥歯を噛み潰して、平静を保った。
目くらましの粉塵の中。
石をどうにか抜いてしまうと、どくどくと血が溢れているのが、見ずとも痛みで知覚できた。
鮮血と同じくらい赤く、流血と同じくらい流動する右腕。
背中に触れると、みるみるうちに塞がり、失血分の血液も補充されていく――ような気がする。
「ハア……ハア……」
息荒く、その場で蹲ってしまう。
動かなければ、動かなければ、動かなければ。
ここから第二陣に備え、最後の第三陣も凌がなければ、作戦は失敗するどころか始まりすらしない。
彼らの誰でもいい、どの白龍でもいいから屈服させなければ、始まらないのだ。
けれど、足が動かない。
傷は治った。
痛みも引いた。
しかし、だからといって。
痛かったことを消せるわけでは――
「あああああああああああっ!!」
誰を怒っているのか、全く見当もつかない怒号を吐き捨てて、ネガティブを弾き飛ばした。
両足を全力で叩いて、どうにか再起する。
立ち上がり、白龍の第二陣への対策を頭の中でなぞる。
二回目の投擲はスモークの役割を果たす土煙からの無差別な乱射。
一度目は逆手に取り、二度目は利用される土煙――白龍は余程賢いと見える。
「くっ……!!」
左腕を貫くような衝撃で前方へ仰け反りそうになるが、なんとか耐えて、声を漏らした。
さっき苦しんだばかりの激痛が、別の場所で走り、更に息を荒くする。
抜いてしまって、スキルの行使。
二度目ともなれば、どういう風にすれば手っ取り早いかは分かる。
これの対策はとにかく能力頼り。
能力行使を続け、頭蓋骨を割られないように手でガードしながら、逃げ回るのみ。
急所に必殺を決まられなければ、そうそう死ぬことはない。
手が砕けようとも、腕が千切れようとも。
ズドンと。
爆風と、崩れる音。
第一陣よりかは小さく、しかし威力は劣らないその音がちょうど正面、距離にして数メートルの、そこそこ至近距離で聞こえてくる。
土を巻き上げ、一陣と同じく砕けた岩石を散弾銃のように扱う攻撃。
パラパラと小さな石が体を打ち付け、食い込むように鋭い石が刺さってくる。
もうそれらを取り除くほどの時間はない。
スキル行使で間を持たせた。
「第二陣っ……!」
押し殺した声で密かに叫んだ。
こんなに早く、そしてこんなに立て続けに起こるのものなのか。
頭上からの攻撃――頭蓋骨を砕く一撃必殺で死なない様に両腕で頭を守り、岩石が落ちたであろうポイントへまっすぐに進む。
一度落とした地点にもう一度、投げつけることはないだろうという予想。
激しく脈打つ心臓をよそに、一心不乱に足を動かした。
当たらないでくれよ。当たらないでくれよ。
ズドン、ズドン、ズドンと。
白龍たちの投擲――否、砲撃は視界が悪い中続く。
その音と風と散弾は、耳を麻痺させ、体幹を煽り、肌を切りつける。
当たらないからと言って――夾叉弾でないと、照準は合っている可能性はないとは、言い切れない。
右の腕は赤い光を灯し続け、石が刺さったままの身体の回復をしていく。
異物を押しのけて回復ができたらいいのだが、そこまでの性能を有してはいない。
そもそも悪用みたいな使い方だし。
痛む箇所が多くなっていくのを感じながら――とうとう、予定地点へと辿り着いた。
それとほぼ同時に砲撃が止む。
第三陣が、来る。
充満した土煙の中、僅かに空気が震えているのが分かった。
土煙が動き、風が吹く。
風と、これをそこらで吹きすさぶ気流と形容しても良いものか。
一気に晴れた視界の中、白龍は。
泥が少し付着したトカゲ顔のそのモンスターは、ギロリと琥珀色の眼を向けて咆哮し――
「くそッ――!!」
僕の肩へ両足を食い込ませ、そのまま持ち上げたのだ。
遥か、天高く。
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