007:対峙する退治
「さあて……これをどうやって倒せばいいのか。いやそもそも攻撃が届くのか」
いくつもの崖が連なっているような地形の麓、首を痛めながら見る青空には一面白龍であった。
見る限りで五匹以上、定住しているというのだから巣の中に倍以上は居座っていてもおかしくはない。
さてと。
自身に能力を行使して、岩場の上で寝たせいでガチガチに緊張した体を疲れを取る。
伸びをして、軽くストレッチ。
こんな風に能力を使うだなんて、ヘリオトロープはさぞ喜んでいるだろうなあ。んなわけ。
実は、依頼を無理矢理受けさせられてから今日で三日が経とうとしていた。
一日目は寝床の確保。
二日目は情報収集。
なけなしのメンタルと分厚い面の皮を久しぶりに行使し、白龍の情報収集に勤しんでいたのだ。
当然文字は読めないから対話による情報収集だ。
ありがたいことにここ、ジョードの街は多種多様な種族が共同生活をしている。
パニックさえ起こさなければ、人以外なら僕とてどうにかできた。
そこで分かったこと。
それはただ一つ。
僕には不可能だということだ。
まず白龍の強さ。
一匹倒すのに少なくとも二人、攻撃を受け付けるタンクと魔法攻撃を与えるアタッカーが必要らしい。
理由は白龍に物理攻撃はほとんど効かないのと、魔法職では受けきれないほどの攻撃力を備えているから。
死なない最低レベルは二十前後。
白龍の群れを相手取ろうとするのなら四人体制のフルパーティを四つ――レギオンパーティと呼ばれる大部隊を用意しなければならない。
二十レベルが十六人。
単純計算で百六十レベル。
僕が百六十人いたところで、回復職な以上、勝ち目が薄いときている。
要は悪魔の力を使わなければどうにもならないということ。
しかし使えば、美味しい餌がいるという情報が知れ渡ることにもつながってしまう。
最悪の場合なら惜しまず使うけれど、できるだけそれは避けたい。
そう言えば。
獣人の、猫耳中堅冒険者に言われた話なのだけれど。
僕はあの受付嬢――ラムイ・エルドラドに嫌がらせをされているのではないか、と言う話。
ラムイはジョードに住む魔術教アンバーサイドの間では悪評が絶えないらしい。
例えば新人のギルド管理者を強制的に辞めさせたりとか。
例えばアンバーサイド随一を語り、己を絶対視しているとか。
ふっと沸いてはすぐさま消える根も葉もない噂のように処理されているらしいけれど、噂が立ってからすぐに消えているのも「噂を立てた人を消しているのではないか」と悪評の一つとしてささやかれていると彼は語ってくれた。
どこにでもお局ババアはいるものなのか……
しかし悪い人には散々無碍な態度を取られてきた。
今さらこんな風にされてもメンタルには来ない。
目に見えた嫌がらせよりも、目に見えない陰口の方が人を狂わせるのだ。
おおよそ、僕にアンバーを取られたとでも思っているのだろう。
馬鹿みたいだ。
向こうじゃ信仰対象に会えてしまうのはドルオタくらいなものなのに。
偶像崇拝も大概にしろよな。
「愚痴はこのくらいにして」
今日は依頼を受けてから三日目。
白龍と決戦の時だ。
情報収集の最中、僕と共に戦うと言ってくれた人外は多少なりいた。
けれど全て断ってしまった。
何度も人の親切を拒絶したことを考えると、すこし胃が痛くなる。
この戦い。
もしラムイがお局でなければいくらでも加担してもらっただろうし、強力してもらっただろう。
いくらでも頼ってしまっただろう。
けれど相手がそういう性悪ならば。
僕が元の世界で悪い意味でお世話になったような、大嫌いな人間と分かってしまったのなら。
ぎゃふんと言わせたくなるのが、コミュ障ってもんでしょう!
軽いストレッチから、きつめの柔軟に変更。
体は柔らかい方ではないので、しっかり動かしておかなければ。
白龍の巣の中で足がつってそのまま鳥葬とか、ほんとシャレにならない。
悪評塗れのラムイからの情報だったからどうなのかと思ったけれど、近くにいても襲いはしないらしい。
「自衛ってどこまでが自衛なんだろーなあ」
どうせ至近距離に行ってしまえば攻撃対象にされるんだろうけど。
じゃなかったら鉱石採集するだけで襲われはしないだろうし。
白龍の巣ができたせいか近くに人はおらず、僕だけがぽつんと立っている。
地面に置きっぱなしにしていた黒石の杖と握って、作戦を頭の中で反芻する。
あのモンスターたちに勝てるほどの実力はなく、蹂躙されるほどの実力差が生まれてしまっている現状。
僕は白龍を――彼らを対話相手と考えようと思う。
一匹でいい。一人でいい。
まずはテーブルに座ってもらわなくては。
僕は白龍の内、一匹を上位種に擬人化する。
数分間白龍を直接右手で触れるというのが、僕に課された――『万物に生命を宿す力』の最低条件。
彼らの注意を引き付けここまで降ろし、一匹を拘束した上で、能力の行使。
きっとゾンビ戦法になるだろう。
なんども死んでしまうかもしれない。
けれど。
死ぬような痛みはアンバーは思いっきり味わわせてもらっている。
なんてことはない。
トカゲモドキに少しちょっかいかけようというだけだ。
かなり荒い息を、整わない胸の鼓動を、止まらない吐き気を。
スイッチを入れる感覚で打ち消す。
深呼吸。
僕は黒石の杖を赤く蠢く右手ではなく、左手で天高く掲げる。
杖の先端は白龍に一匹に照準を合わせて、頭の中に浮かぶ選択肢の一つを選ぶ。
この魔術の性能を聞いたとき、なるほど聖術者とはこういうものかと感嘆した。
道すがら出会った聖術者の老人に言われた通り、呪文を唱える。
「喝采たる混沌の門を開けよ」
「賽は投げられた」
「債は吾が請け負おう」
「災厄を此方から彼方へ」
腹の底から湧き出てくる正体不明のエネルギーは左腕へと集まってゆき、手を通り、指を伝い、爪の先から杖へと流れ込んでいく。
その感覚が。
なくなったとき――
キッと。
照準を合わせた白龍を睨みつけ、地面を踏みしめる。
肩幅程度に足を開き、右足を前へ左足を後ろへ。
吹き飛ばされないように構えたまま、戦いの開始の合図を――呪文のスイッチを僕は叫んだ。
「コレクションッ!!」
その言葉を皮切りに、杖の先端部からは紫色の粘性の泥が溢れてくる。
禍々しいそれは刹那のタイムラグの後に――飛んでいった。
まるで生きているかのように、正確に狙いすました対象に飛びかかり、白龍の泥だらけにする。
なんとも思っていない様子で白龍は泥のついたまま僕を睨みつけ、周囲の五匹程度も臨戦態勢に入ろうとする。
しかし――泥を被ったあれだけは動きが鈍く、すこしよろけたあとに墜落しかけた。
臨戦態勢には変わりないが、火蓋を切って落とす前に一匹負傷者を出せたのは大きい。
「どうよ。聖術者の
徴収――コレクションとは相手の体力を奪う魔術、いわゆるドレイン系の魔術だ。
詳しい吸収できる体力の数値は分からないが、眩暈等のバッドステータスも与えられる優れもの。
目くらましや初撃に使われることの多い魔術、らしい。
……聖職者たる職業で一番初めに使える特技が”徴収”というのは、皮肉が効きすぎているような気もするが。
聖術者とは、アンデッド特攻のある他の種族ともそこそこ戦える回復職。
つまり戦うヒーラー。
十字軍とかそんな感じ。
聖なる剣とか聖なるバリアとか、そういう動きもできるらしいのだが、1レベルの僕にできるのは徴収のみ。
いや使おうと思えば、スクロールを消費して詠唱をマスターすればできるらしいけれど、そもそも聖なるうんたらを扱うにはMPが足りない。魔力が平均以下の僕には高根の花だ。
準備期間にて確認済みだが、徴収一回につき消費MPは3――平均以下の魔力12の身体なので、あと三回しか打てない。
無論呪術者の十八番であるはずのドレイン技を聖術者がつかったところで、20レベルの白龍にはかすり傷だろうけれど、なにも倒す必要はない。
墜落させれば、僕の勝ち。
「さて。主導権を握るのはどっちなんでしょうね」
咆哮。
耳をつんざくような一斉の警告。
後に彼らは――巣の中でぬくぬくしていた白龍までやってきて、僕にヘイトを集めている。
白龍が僕を敵と認めた瞬間だった。
空を飛んでいた数の三倍は下らない白龍の群れは一斉に襲いかかってきた。
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