005:AMT(アンバーマジ天使)

「魔術教?」


 アンバーは首肯し、出来上がったギルド入団の登録書を掲げていた。

 照明に透かしながら、嬉しそうに微笑む。


「まじゅつの”そ”であり。まじゅつをこころざすものなら。かならずもんをたたく”しゅうきょう”」

「つまり僕は敵の懐に転がり込んだようなものか」

「てき?」

「いや、なんでもないよ」


 あっぶねえ。

 魔術教という宗教の天使。アンバーサイドという宗派の始祖。

 僕を触媒にあれやこれやしようとする輩の総大将になにを口走ってんだか……!?

 恐る恐るアンバーの顔色を覗き見てみるが、大して機嫌が悪くなっているような気はしない。


 いや。

 そもそも顔色が伺えるほどに彼女の表情に変化はない。

 例えば、笑っていると形容しても、口角が僅かに上がっているだけなのだ。


「あんばー。あいりす。えくりゅ。まじゅつきょうの”さんだいてんし”からなぞらえてみっつのしゅうはができた」

「へえ。それらに違いはあるのか?」

「きほんてきにはまじゅつぶんやのちがい」


 アンバーはそう言って、なにもない空間へ手を伸ばす。

 すると手は途中から切れて――かのようにみえて、異次元空間へと伸ばしているのが容易に想像できた。


 ごそごそとかき回し、器用に三つの武器を取り出した。

 杖が二本と、分厚い本が一冊。

 なにをするつもりなのかと疑問を持っているうちに、語り出す。


「あいりすはぶとうはでねちっこいまじゅつ」

 二本の杖は放って――放るというか、投げ出したはずなのに宙にふよふよと浮かんでいる。


 ふよふよと。

 もう、この子はなんでもありだな。

「ん」

 アンバーは僕の右腕を軽く抱きしめて、しっかり粉砕骨折させにかかってきたので、すぐさま目を合わせた。

 ちなみに僕の能力は発動しっぱなしである。

 ノーリスクの力じゃなかったら、きっとどこかでくたばっているだろう。


 少女は一冊の本を持っていた。

 浅葱色の表紙に、金縁の装飾。

 中身もペラパラとめくって、書いている内容を僕に見せてくれるが、文字は一つも読めない。

 やはり言語は一朝一夕じゃあ使いこなせないよな。


「えーと?これは、なに?」

 アンバーは困ったように、口をむにむにさせた。

 言いたいことはあるけれども、どう言えば分かったくれるのか迷っているような。


 こういうとき。

 何が言いたいのか正確に聞き出すのも重要だが、それよりも自分の中で正解らしいものを大まかに作ってほうがスムーズに物事は進む。

『アイリスは武闘派で、ねちっこい魔術』

 さて、どういう意味なのか。

 武闘派でねちっこいとは体を鍛えている者の精神構造とはとても思えない天使だな。

 武闘派ということは剣や拳など接近戦に有利な武器を扱うようなイメージ。つまり補助的なイメージもない。

 それに対して”ねちっこい”と聞くと魔術の陰険な部分を担っているイメージ。

 正反対もいいとこだ。


 そしてこの本。

 予測に過ぎないが、魔術や魔法の書ではないだろうか。


 うーむ。

 二人して腕を組んで考える。

 もっとも僕の右腕とアンバーの左腕は組まれたままなので、おかしな形になっているのだが。


「……もしかしてバフとデバフ?」

 首を傾げられてしまった。

 この言い方じゃ伝わらないか。


「例えば……人を殴るとき、その殴る速度を上げる魔術。人に殴られそうになったとき、殴る速度を下げる魔術。ってことなんだけど?」

「そう!」

 右腕を思いっきり握りながら、興奮気味にぶんぶんと頭を振る。


 はっはっはっ。

 そろそろ僕の腕千切れちゃうぞ?

 痛みにもそろそろ耐えられなくなってきた。


「あいりすは。ばふとでばふ」

 むにむにと。

 口を動かしながら、必死に覚えようとしている。

 その姿に多少の愛らしさを感じないでもないけれど、腕の痛みに相殺されて、あまりぐっと来ない。


「えくりゅは」

 と言いながら、アンバーはふよふよと浮かんだ杖の内――一本を掴み、代わりに本を投げ飛ばした。

 やはり本はふよふよと浮かんでいる。

「こうげきのまじゅつ、ひとをきづつけるまじゅつ」

 少し悲しそうな顔をしながら、杖の撫でた。


 しかし杖の見た目は本当に見分けがつかないな。

 僕の貰った回復職用のものと攻撃職用のものに違いが全く分からない。

 杖は木製らしい、しかし艶やかな見た目の高級感ある代物。

 素人目に見てもこれはなかなかクオリティが高い。

 高く売れそう。

 いやいや何を考えてんだか。


 とにかく。

 RPGで登場する魔法使いの魔法は大抵これってことなのだろう。

 不良魔法使いはエクリュサイドの魔術教教徒ということなのか。

 僕も攻撃魔法なるものには興味があるし、エクリュさんには今後お世話になることがありそうだ。


「……うわきはだめだよ?」

「なんのことです、いやなんでもないです。すんませんでした」

 まずいな。

 感覚がなくなってきた。

 そろそろ僕の右腕は使い物にならなくなるんじゃないか?


「さいごに。わたし」

 持っていた杖を投げて、片方の杖――白い岩石を捻じ曲げたような見た目の、すこし野暮ったい物。

 これといい、貰った杖といい……鉱石を素材にする必要があるのだろうか。

 杖を愛おしそうに、僕の腕を巻き込んで、ぎゅっと抱きしめた。

「わたしはかいふくのまほう」

「だろうね」

「むう。もっとうれしそうにしてよ」

 そう言われましても。


 僕は腕が限界通り越して、狂いそうなんだよ。

 話を変えて、腕を外さなければ、僕は死んでしまう!


「そ、そうだ!入団の用紙をさ、読み上げてほしんだけど」

「なんで?」

「僕はたったいま、用紙を見なきゃ死ぬ呪いにかかってしまったんだ」

「かいじゅするね」

「ごめんなさい嘘です。けど内容が知りたいのは本当なんです」


 そうだった。

 この子、回復魔法を司る天使だった。

 アンバーは多少疑わしい眼を向けてきながらも、入団用紙を両手で持って発声しだす――その隙に築かれないように腕を抜いてしまった。


 危ない危ない。

 こんなところでヘリオトロープのところへ戻るのは御免だ。

 アンバーは拙い滑舌で僕の能力値、スキル、職業等を読み上げてくれた。



〇名前:アトカ

〇職業:聖術師

〇レベル:1

〇能力値・魔力:12 ・知力:40 

    ・体力:8 ・筋力:6

    ・俊敏性:15 ・精神力:60

〇スキル:ヘリオトロープから貰ったと思われる能力

〇受けたい依頼――



「うけたいいらい。わ、わたしのおよめさん」

「そんなわけあるかい」

 多少優しく突っ込んでみるが、全く効果が無いようだった。


 ふむ。

 こうやって聞いてみても、いまいちピンとこないな。

「聖術師ってなに?」

「かいふくしょく」

 いやそれはそうなんだけどさ。


 回復職にしたって、得意不得意、向き不向きはあるじゃないか。

 一発ドカンと回復できる砲撃型とか。

 じわじわと回復できる乱戦で活躍できるような型とか。

 それを、ある程度分かりやすく説明してみたが、アンバーは首を傾げるだけだった。


「いいや。これは自分でどんなものか考えてみるよ」

「うう……ごめんね」

 目には少しだけ涙が溜まっている。

「どんな職業なのか予想するっていう楽しみが一つ増えただけだから。あんま気にしないで」

「きをつかわれた」

 またアンバーはずんと暗い顔を見せた。


 めんどくさいなあ。

 口には決して出さないけれど。


「この能力の平均って、レベル1のときどのくらい?」

「それもあんまりぼえてないけど。だいたいにじゅーがへいきんかな」

 20か。

 つまり体力筋力が有り得ないほど低くて、魔力俊敏性がそれなりに低い。

 そして知力と精神力がずば抜けている。

 なんだことピーキーなステータスは。

 もっとバランスよくならないものなのか。

 いや、それにしたって許容範囲だ。


 この中で一番の問題は――

「ヘリオトロープのこと知ってるんだな」

「うん」

「僕を、殺すのか」

 アンバーは飲んでいた冷めた紅茶のカップを降ろして、僕の目を見た。


「ころさないわ」

「お前は天使なんだろ。んで僕は悪魔の使い――みたいなものだ。対立するのが普通じゃないか」

「それはむこうのつじつまでしょう。こっちじゃ、あくまとなかよしのてんしだって、いるもの」

 アンバーは僕の意見を、全く意に介さず、ぴしゃりと切り捨てた。

「アンバーとヘリオトロープは仲が良いから。困ってた僕を助けてくれたのか?」

「ふたつ」

 と言って、僕の声を遮る。


「ひとつめは。わたしとりおはなかよくない。けんえんのなか」

 心底嫌そうな顔をして、彼女は吐き捨てた。

 ……よほど嫌いなのだろう。


「ふたつめ」

 アンバーは僕の両手を握った。

 潰してしまいそうな強さ――ではなく、かなり調節された力加減で握った。

 手を握る関係で、僕とアンバーは向き合っている。

「わたしは、あなたがゆうしゃだからはなしたかった」

 その言葉は。

 『ヘリオトロープを主とした理由で僕を助けたわけではないということ』と、『助けたのではなく話をしたかっただけ』という意味を持っていた。


 彼女は、僕という存在を認めていた。

 向こうじゃ誰もしてくれなかったことを。

 簡単に。


「これからよろしくね。ゆうしゃ」

 微笑みながら言われた言葉に。

 僕は、思わず頷いてしまった。

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