003:嫌な役回りほど重宝される
「あっあのっ!こ、こんにちわあっ!」
「はい?」
「あ、いえその……ここの街のギ、ギルドはここにあるって聞いて、その……冒険者に登録し、したくて」
「んーと。もう一度大きな声で言ってくれますか?」
「冒険者になりたいですっ!」
笑えよ。
不良相手に大立ち回りしておいて、僕は受付嬢に半笑いされるようなみっともない男だよ。
周囲からは僕の不甲斐なさに笑いをこらえているような声が聞こえてくる。
もしかしたら僕のことを笑っていないにしても、そんなことはどうでもいいくらいに僕のガラスのハートは傷付いていた。
笑うなよぉ……
死にたい……死んでなくなりたい。
まあ死ねないんだけどねっ!
受付嬢の愛想笑いに応えるように僕も形式上笑って見せる。
作り笑いってこんなにしんどいものだったか。
元の世界の僕、頑張ってたんだな……
街のギルドにて。
見知らぬ人に道を必死こいて尋ねていった結果、少し遅くなりはしたけれど、到着できたのだった。
紹介された建物は街の雰囲気に似合わず、真っ白な不純物一つない教会。
てっきり大きめの木と石でできた建物だとばかり思っていたから、入るだけでかなり精神をする減らしてしまった。
いまは、吐きそうになっていたところを見かねて助けてくれた心優しき冒険者の説明通り――ギルドの受付嬢へ「冒険者になりたい」と宣言したところであった。
「ではとりあえず」
受付嬢はそう言って、銀のトレイを受付用の半円の机の上に置いた。
トレイに収められているのは藁半紙のような紙とインク付きの万年筆、それと重厚な平ケース。
「こちらの用紙に個人情報とご自身の能力値、ご希望の職業、受けたいクエストの種類等をお書き下さい」
うへえ。
あの冒険者はギルドの入団手続きは簡単に済む、と言っていたのに、そこそこやらなきゃいけないことがあるじゃないか。
野郎、騙したな……
いや。
人を疑ったところで、現状が改善されるわけでもあるまい。
力なく初めて触る万年筆を握って、インクを浸し――僕は手を止めた。
そして震える声で、受付のお姉さんに呟いた。
「すみません。字が読めません」
失念していた。
こっちの世界が、異世界がいくら似通った言語形態をしているとはいえ――発話が一緒だから書き言葉まで同じだと誰が言っただろうか。
藁半紙に書かれた緻密な四角形の欄に小さく書かれた文字らしき記号の数々は読めず、読めないから欄内に書けるはずもない。
泣きたい。
というか泣いてるかもしれない。
「し、少々お待ちください」
苦笑いを浮かべたままの受付嬢は奥の扉へと消えてゆき、僕は一人取り残された。
取り残されたというより、見捨てられたのかも。
最悪なスタートダッシュだ。
ああ、神よ。
僕はなにか悪いことをしましたか。
そういえば悪魔とつるんでましたね僕。
すみません。
自分の不甲斐なさに消えてしまいたくなっていたところ、受付嬢は奥の扉からひょっこりと顔だけを出して、
「お名前だけ確認してもよろしいでしょうか」
「あっはい。僕は……アトカと言います」
危ない、危ない。
うっかり本名を言ってしまうところだった。
早めに決めておいて良かったな、偽名。
受付嬢は口の中で僕の名前を反芻させた後に「ではこちらに来てください」と手を招いて、扉の中へ入るよう促した。
半円の机をまたぐのにてこずりながら、どうにか扉を開いた。
扉の奥は、部屋だった。
ギルド内の内装や外装と同じように真っ白な部屋に、棚や机、ソファなどの家具が一式揃えられている。
しかも全て白を基調としている。
見たところ談話室のようだった。
にしても、こんなに真っ白では歓談など集中してできないだろうに。
「あ、あのっ。ここは?」
「私たちの休憩室です。本当はそういう部屋じゃないんですけど」
受付嬢は疲れたような顔つきに変貌して、ぶっきらぼうにそう言った。
張り付いた笑顔を止めて、無表情にやつれた顔になってしまっている。
「お疲れ様です」
「お気になさらず」
突っぱねられてしまった。
受付嬢はそのまま「少し待っててください」とはやり人への気遣いのない口調で、受付とは違う方向の扉と開いた。
バタンと。
白い扉が閉まるおとを聞いて、僕は一人になってしまう。
ふむ。
右手を顎にあてて、少し考える素振りをする。
ソファに腰かけるのは気が引けるので、そのままで。
そういう部屋じゃないというのはどういう意味か。
言葉をそのまま捉えるとするのなら、”休憩室として作られていない”と言うだけの意味。
多少、解釈を加えるとするのなら。
「今がそういう部屋として機能しているということだよな」
わざわざ言語化した理由付けも、強引ではあるけれど、納得できる程度には通じる。
しかし僕がここに来たことで機能する部屋か。
驕るな驕るな。
僕の要素が部屋を機能させるにあたっただけのことだろう。
字が読めない冒険者志望が来ることで機能する部屋?
対人恐怖症の冒険者志望が来ることで機能する部屋?
異世界転生者の冒険者志望が来ることで機能する部屋?
悪魔と契約した冒険者志望が来ることで機能する部屋?
最悪の事態を考えるとするなら、僕が魔法使いや魔術師の餌と既に認められてしまっていて、この部屋に閉じこめられてしまったとか。
まずいな。
最悪の事態が僕の中で一番現実的な案だ。
妄想に過ぎないと斬って捨てられるほど、僕は大胆不敵ではない。
喉が渇いた。
息が少し荒い。
ひとまずあの受付嬢と話を付けなければ!
「あのう、すみません。トイレに行きたいんですけど」
返事はない。
聞こえていないか、それともあえて返事をしていないか。
いやそもそも考え過ぎなのだ。
僕は尻尾を出していない、ならば誰まり疑われる余地はない。
そうだ、きっとそうに違いない。
「…………」
ああは言ったものの、どっかりとソファに座ってみる。
「でもなあ」
時間が経たないうちに僕は腰を浮かして、部屋を歩き回る。
いっそ騒ぎ回って、おもいっきり奇行に走って、人が来ざる負えない状況を作ってやろうか。
錯乱してズボンに手をかけた、ちょうどそのとき。
扉は開いた。
救われたような、安心したような気持ちに包まれながら、ズボンから手を放す。
しかし目の前に現れた、扉から出てきた人は受付嬢ではなく――少女であった。
真っ白なセーラー服を身に纏う、小柄ながらもスマートさを感じる白髪の少女。
しかし彼女は人ではなかった。
純白の翼が生えていたが鳥の獣人かと言えば、そうではない。
少女の頭上には――輪が。
羽よりも、ギルドよりも、なによりも。
真っ白な。
僕はその瞬間理解した。
紹介されたギルドはなぜ教会にしか見えない外装をしているのか。
どうして全てにおいて白を基調としているのか。
なぜ、僕が――ヘリオトロープという悪魔に力を与えられた僕がこうやって別室に連れてこられたか。
もうバレている。
迂闊だった。
しかしこうなってしまっては、どうしようもない。
僕は頭の中でスイッチを入れる感覚を開始し、右手で部屋にさわ――
「なにしてるの?」
僕の右手は少女に握られている。
い、いつの間にっ……!
ドア付近に居たはずの彼女は既に僕に肉薄している。
振り払おうとしても、ぴくりとも動かない。動かせない。
ギシギシと手首は悲鳴を上げているが、能力発動の都合上、なににも触っていない腕では自分を回復させるだけにとどまる。
それでも痛みは痛み。
くじけそうな痛覚と共に、僕は少女に強がりの笑みを見せた。
「……なにが狙いだよ」
「ん?ねらい?」
少女は僕を見て、くすりともせずに首を傾げた。
そして右腕を握り潰したまま、僕の言葉を少し咀嚼して、口を開く。
「ねらいなんかないよ。私はね」
少女は僕の手を放して――代わりに抱きしめた。
「うれしいの」
「おかえり。ゆうしゃさま」
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