009:要するに依頼達成
結末は意外とあっけないもので。
男が暴れ散らし、僕の想定外にやらかしてくれたおかげで、以来枯れた川底へ来るのはスライムの適正レベル帯の――いわゆる駆け出し冒険者だけとなった。
少し、男は駆け出し冒険者すらも標的として襲いかかるのではと思ったけれど、
「命のやり取りしようって勇者たちにそいつぁ野暮ですよ」
と言って、僕の意見を杞憂と切り捨ててくれた。
……やはりスライムたちにも、狩られる側であるにも関わらず、なにやか拘りがあるらしい。
自爆特攻や自殺志願者にも似た強いプライド。
止めてやりたい気持ちもあるけれど、それは男の言うように野暮なのだろう。
僕らからすればなんてことはないことでも、彼らからすれば死闘なのだ。
そこを、ただ可哀そうという個人的な感情で水を差すのは――保護区で猛獣に追われている草食動物を助けるようなもの。
自然の摂理。弱肉強食。サークルオブライフ。
そう女の子は、元スライム、現上位種は言った。
本人から手を出すなと言われてしまえば、元々外部の人間である僕は――女の子に『冒険者を虐殺してほしい』という依頼を達成し、借りを返してしまった僕には、もう口出しをする権利はないだろう。
例えそれがいくら見るに堪えなくても。
いくら歯がゆくても我慢しなければ。
そういえば。
彼らは予想通りのヘタレだったため、その後姿を現すことは無かった。
闇討ちや頭数揃えての復讐も一考していたが、それもなく。
漫画にありそうな展開をいくつも頭の中で巡らしていたけれど、何一つお目にかかれはしなかった。
まあ当然だ。
ヤンキー漫画には馬鹿みたいな石の塊を片手で持ち上げる男も、川を枯らして化物を召喚する異世界人も出て来やしないのだから。
クロスオーバーも大概にしなければ。
……とうとうこれでおしまいになってしまった。
ほんとうに、あっけない。
「それ本気で言ってるんすか?この惨劇を見て、惨状を見て、正気で言ってるんすか?」
「本当ですよぉ!私ずうぅっと働いてるのに、そんな簡単に言わないでくれませんかぁ?」
集落の復旧作業に勤しむ二人に睨まれてしまった。
僕もまた手を動かしながら、苦笑いを浮かべる。
今日は後日談。
不良撃退から数日が経って、僕たちがスライムの集落での寝泊り――事実上の野宿を始めて数日経った日のことである。
僕ら三人は仲良く山のあるポイントで穴掘りをしていた。
男が掘削担当、女の子が中継地点担当、僕が地上で土や石の受け取り担当。
また中継地点は有志(スライムたち)にも担当してもらっている。
不良は来なくなり、僕の任された依頼自体は解決できたのだが、また別の問題が起こってしまったのだ。
「まさか川自体が枯れしまうなんてなぁ」
他人事のようにそう呟くと、地中深くに居る二人から小石が飛んできた。
一つはあらぬ方向に。一つは的確に、地上にいる僕の胴を突いてきた。
痛い。痛いって。
僕だって怪我人だからな。
魔法全弾直撃だからな。
「完全治癒能力を持つ親方にゃ怪我だの病気だのは無縁だろうによ」
「ううぅっ。私の身体を分けてあげたのって無駄骨だったんですねぇっ」
男は毒づき、女の子は不貞腐れた。
「あの時は意識なかったから、助けてくれなきゃ死んでたんだけど……」
僕ら三人に課された問題。
それは深刻な水問題であった。
男を生成する際に僕は、スライムの集落と言われる場所を指定していたつもりが、何かの手違いで”川自体”を擬人化してしまったらしい。そりゃ強いわけだ。規模が違い過ぎる。
そのため川が流れていた場所に以降水が流れることは無く、スライムだけでなく、この川をインフラとしていた街に大きな打撃を与えてしまったようだった。
幸いにも魔法でも水は生成できるため、最悪の事態には至っていないようだけれど、それでも僕がやらかしてしまった責任は大きい。
元川の男曰く、洪水が起きるような大雨さえ降ってしまえば、地下水が溢れて、同じようにまた川ができる、らしい。
今は地下水が枯渇している状況、それを打破するには地下水を増やす必要があった。
「親方、俺が川になりましょうか?」
こいつは何を言っているのだ、と最初は思った。
僕の頭を殴った後に、男は続ける。
「俺が”こういう”体になる前に、悪魔と話をしたんすよ」
どうやらこの男も、悪魔と――それも女の子よりも位の高い序列八位の悪魔と話を付けてきたらしい。
そのときに手に入れたのが、『単細胞的な力』というもの。
確かにお前は馬鹿っぽいよなと言うとまた殴られた。
「こいつは――流石に六位の親方にゃ負けますけど、自身の複製と修復ついでに分解できるっていうオマケもついた能力なんす」
あと、自分のこの腕力は持ち前のものなんでとたしなめられた。
要するに地下水の中に自分が入ってやって複製と修復と続けてゆき、雪が解けたら水になるように自身を分解してかさ増ししてやろうという魂胆なのだ。
だからとりあえず地下水に辿り着くため二人はこうやって地面を掘っていて、僕は掘り出した土や石の運搬係に任命されてしまった。
男の方は石をプリンみたく砕くし力作業には向いてそうなのはなんとなく分かっていたけれど、女の子がある程度ついていけていることに驚いた。
スライムとは言え流石は上位種なのか、と思ったけれど能力の『自発的な行動が成功する力』が大きく働いてそうだ。
中継地点に居て土を受け渡すのは最低条件に抵触しないらしい。
しかし素人がこうやって地面を掘って、地下水まで辿り着くのは無謀なような……
「そんなに上手く行くものなのかね」
「別に井戸掘ろう訳じゃないんすよ。二十メートルも四十メートルも直下掘りする必要は無いし、多少湿ってる土に当たれば勝手に通り抜けるし。そこまでの辛抱なんで」
「ええぇっ!?通り抜けられるんだったら私が掘る必要ないじゃないですかぁっ!」
「何十メートルも行けるわけじゃねーんだよ。水分率六十%以上かつ十メートル以内!これが条件だっつーの」
「ううぅっ。せっかく楽できると思ったのに……」
楽しようと思ってたのか。
どこまでの自分本位だな。
「お」
「おっ?」
「おぉっ!?」
男は僕らの方を向いて、にやりと不敵に笑う。
男の手に握られているのは色の濃い湿気た土。
僕はその様子を見て、密かに安堵した。
女の子は大げさにはしゃぎまわっていた。
僕らに協力してくれていたスライムたちも心なしか嬉しそうだった。
「さてと。休憩にするか」
「ええぇっ!?そのまま地下水に直行しないんですかぁっ!?」
「俺はここから休みなしの能力行使をするんだぞ?そりゃないだろう」
「ううぅっ」
さすがにそこは引き下がるのか、女の子は男に対してなにも言わなかった。
「それに」
「それにぃっ?」
「親方にも言いたいこと、聞きたいことはたんまりあるしなっ!」
歯を見せて、敵意のようなものをむき出しにして僕へと笑顔を見せる。
「お、お手柔らかに……」
――まず、親方の名前はなんて言うんすか?」
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