005:代償ナシ
僕は正座していた。
木漏れ日指す森の中、短い草が広がる大地にて居住まいを正して、背筋を伸ばす。
その対面に座るのは、スライム。
しかしこのスライム人の形になっており、更に言えば美人な大柄の女の子になっていた。
きょろきょろと辺りを見回すように挙動不審に、視線を泳がせている。
この子が僕が熱中症で倒れてしまったところを助けてくれたスライムらしい……にわかには信じがたいが本人がそう言っていることだし、僕がやってしまったことだし、信じるしかあるまい。
こほん。
と、咳をすると女の子はびくりと肩を震わせ、涙目になりながらも僕の方を俯きがちに捉えていた。
「スライムさん」
「は、はいぃっ!」
目の前の女の子はビシッと右手を天高く挙げた。
「僕は教師じゃないから、その手は下げてくれないか」
「は、はいぃ……」
申し訳なさそうに伸ばした腕をゆっくり下げる。
「……それでスライムさん」
「は、はいぃっ!」
ビシッと。
今度は左手を、指先までそろえて手を挙げる。
いや右手だから注意したんじゃないんだよ。マナー講師でもあるまいし、そこら辺を気にするほど僕は狭量じゃない。
というか手を挙げる必要なんかない。
……この子は発言するときに手を挙げなさいとか、そういう風に躾けられたのか?
いや躾けもなにもこの子はさっきまでスライムだったはずだ。
何かの手違いで、何かしらの設計ミスで、こういう風になんているだけなのだ。
スライム形態で手を挙げてるところなんか見たことなかったけどなあ。
女の子を一瞥すると、左腕が既にぷるぷるしていて、右手でどうにか支えて手を挙げ続けていた。
目をぎゅっと瞑って必死に耐えてる感じ。
体力の無さが雑魚モンスターってかんじだな。
「手を挙げなくていいって。せっかく体力が回復したのに、その様子だとすぐに疲れるでしょ」
「い、いえっ!そういう訳にも行きません!悪魔様が見ている中で、契約者におかしなことをしたら焼き殺されてしまいますっ!」
そういえば、ヘリオトロープはずっと僕を見ているとか言ってたっけ。
やや上向きに後ろを振り返ってみるも、そこには光を弱めて僕たちに注いでくれる常緑樹の大きな葉が重なっているだけで、それらしい――監視の媒体らしいものはない。
どうやって監視してんだか。
スライムに向き直すと、腕は下がりきっており、もはや「挙げようとはしているんだな」としか感じられない疲労っぷりだった。
ぜぇぜぇと息を切らして……なんだか見ていて情けなくなる姿である。
「じ、じゃあ僕を救ってくれたのも」
「はいぃっ。大スライムさんに『上位種を見かけたらどちゃくそ恩を売りつけ、気に入られるんじゃぞ』って教えられましてぇー」
なかなか良い性格をしているモンスターもいるようだ。
そいつとは気が合いそう。
「それで、僕には――ヘリオトロープには恩は売れてる感じか?」
「そうですねぇ……正直めちゃくちゃうれてるかんじですぅっ!」
手を挙げるのはもう諦めたのか、小さく伸びをしながら、嬉しそうに頬を緩めて答えてくれる。
「ほほう。その心は?」
「えーっとですねぇ?…………まず倒れてた契約者様を助けてぇ……これを相対値恩売りポイント5ptとするでしょうぅ?」
恩売りptて。この子の頭の中は打算と好感度の計算で出来ているのか。
いや現実の女子もこんなものか。
ここまで素直な子には出会ったことはないけれど、腹の内は同じようなものである。
「そんでぇ……おっぱいを揉ませてあげたのでぇ、これを1ptとしますぅ」
「そんだけなの?もっと自分を大事にしましょうよ」
お前が言うなって感じだが。
スライムはその言葉にハッとしたようで、恐る恐る、声を震わせながら、恩売りptの再計算をした。
「じ、じゃあ3ptくらいに……」
ちらちらとこちらの具合を鑑みながら話すスライム。
「そんなにおずおずと言われても。自分のことなんだから、自分の好きなように付ければ?」
「で、でもぉモンスターいち個体と致しましては……上位種に種付けされるのはそこそこ嬉しい事なんですよぉ」
「僕と同じくらい話が飛んでるな」
あと女の子が種付けとか簡単に言うな。自分を大切にしろって言ったばっかじゃん。
「ええぇっ!?だ、だってあれはほぼ前戯」
「前戯言うな。あの程度のラッキースケベはそういうマジエロにはカウントされない」
「そうなんですかぁ!?」
あからさまに驚いた顔をしている。
性に寛容すぎやしないかこの子。
少し真面目な顔をして、女の子に向かい直す。
「いいかスライムさん」
「はっはいぃっ!」
反射的に手を挙げようとしたが、腕が動かないらしくすぐに諦めていた。
「……僕はヤンジャンよりジャンプ派だ」
「い、いきなり何の話」
「エッチなのも好きだ、ドスケベなのも好きだ。そりゃあ男の子なんだから直球なエロには忠実だ」
「なんの宣言ですかぁ?」
僕は思わず立ち上がった。
「けどそれと同じくらいパンチラに、ラッキースケベに、愛おしさを感じている無垢な少年なんだよ。どきどきしながらページを開き、友達とどこが一番エロかったか談義する……そんなエロガキでいたいんだよ。だからスライムさん、今後直球なエロはやめにしよう。回りくどく行こう」
「も、もっと詳しく話してくれないとどういうことか分かんないんですけどぉっ!」
「いずれエロスの素晴らしさに気が付くときが来るさ」
スライムは何をこいつは言っているんだ、という軽蔑の視線を僕に浴びせていた。
「話を戻しますけどぉ」とスライムは切り替えて、両の手のひらを広げて、十本の指を見せてくる。
「倒れていたのを助けて5pt」
と言って右手の指を全て折り畳む。
「おっぱいもみもみで4pt」
と、少しかさ増しをした本数分左手を折り込んだ。
「けっけどぉ」
スライムは女の子らしい震える声で、合計九本の指折り数えた全てを開いてしまった。
「契約者のおかげで上位種になっちゃったので全部チャラぁっ!なんだったら大きな貸しが出来ちゃいましたぁー!!」
とわんわんと泣きだしてしまった。
「あ、あれは事故みたいなもんだし、そう気にしなくてもいいんじゃないか」
「そうは言っても、こうなってしまってはしかたがないんですぅー!!どうしよぉー!!こうなったらもう望みなしですぅ!滅亡の一途を辿るんですぅっ!」
意図は全く読めないけれど、なにかしらの問題を抱えているらしい口調だった。
「僕になにかできることはあるかな」
「えっ。い、いいえ!大スライム様曰く『悪魔に貸しを作るとロクなことにならない』らしいので結構ですぅっ!」
おい。
散々な言い草じゃないか。
さっきまで悪魔様って言ってたのに、様呼びが外れてるし。
しかし大スライムは良い性格をしているな。今度しっかり話をしてみたい……幼いスライムの教育体制についてとか。
「本当に?」
「あううぅ…………なくはないんですけど。言いつけはまもらなくちゃなのでぇ」
と、申し訳なさそうに視線を外した。
……仕方ない。
助け船を出してやるか。
僕になにがやれるかは知らないけれど。
「ときに聞くがスライムさん。君は本当にあの僕を助けてくれたスライムのかな?」
「ええぇっ!さっきそう説明したじゃないですかぁ!」
ぶわっと涙の速度が加速した。
「いやいやどうだったかなあ。僕はその説明を受けている最中、すっかり寝ていたのかもしれないよ?寝てしまっては、聞き逃してしまっては、君を僕が助けてくれたとはわからないじゃないか」
「……しょうがないですねぇー、じゃあもう一回話しますけど」
と喋り出そうとする、スライムさん――もとい見知らぬ女の子の手で口を塞いだ。
「ん-分からないなら確かめようがないな」
もごもごと何かを喋ろうとするこれは無視だ。
「僕からすれば唐突に現れた美少女に過ぎない。美少女の胸を揉んでおいて、埋め合わせをしないっていうんじゃあおかしな話じゃないかね?」
「ふぇっ?」
女の子は可愛らしく首を傾げた。
その様子にかつてのスライムだったことの面影がないでもなかった。
いや、何の話だ?この子はスライムじゃなくて、ただの美少女だってのに。
「ああ困ったこのままでは心がむず痒くてしょうがない!僕が運悪く貸しを作ってしまったそこの美少女よ、何か僕にできることはないかな?」
一拍置いて――あっ、と感嘆を漏らして、言葉をつづけた。
「そっそうです!私はただの少女ですっ!貸しをチャラにしてあげるとっておきの困りごとを、どういうわけか、たまたま私は抱え込んでいます!」
涙を拭いて、嬉しそうに笑う女の子。
その姿を見て、だれがこれをモンスターだと認めようか。
その姿を見て、だれが救わずにいられようか。
「それで困りごとの内容は?ことと次第によっては簡単済むと思うんだけど」
「はいっ!悪魔様の契約者ならきっとラクショーヒッショーだと思いますぅっ!」
「へぇ。しかしてその内容は?」
はいっ。と女の子ははにかみながら、困りごとの内容を極めて簡潔に答えた。
「私の集落を襲う冒険者を残らず虐殺してほしいんですっ!」
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