第4話 『家族』
「遊吾君は、事故の際に強く頭を打った事による一時的な記憶喪失だと思います」
四十代ほどの男の医者がカシュっとカッコ良くレントゲンをシャウカステンに貼り付けながら説明する。
記憶は無いがシャウカステンなんてマイナーな物を覚えているのは不思議だ。
そんなことを考えている俺の横で話を聞いていた母親はかなりショックを受けているので、申し訳ない気持ちになる。
ちなみに遊吾というのは俺の名前だ。起きてから医者の説明を受けるまで1時間ほど待っていたので、その間に母親の自己紹介と一緒に俺の名前が『
「遊吾の記憶は戻るんですか?」
お母さんは不安そうに医者に聞く。
「記憶が戻るかどうかは何とも言えません。ですが当然ふっとした拍子に戻る事もあります。記憶に刺激を与えるような何かをすれば戻るという事もあります。ご家族の方が協力して遊吾君の思い出の話や物を見せたりするのが良いかもしれませんね」
医者の話が終わりお母さんと病室に戻りベットに腰を落とす。
「遊吾、お母さんまた明日の来るからその時にみんな連れて来るわね」
「みんな?」
「あなたの家族よ」
そう言い残して母親は家に帰って行った。
家族か……。もしかすると家族を見れば何かを思い出すかもしれない。淡い期待を込めて、その日は終わった。
次の日の午前、母親が家族を連れて来てくれた。
「昨日も言ったけど私が遊吾の母親の
見た目は若く見えるが、昨日の軽い自己紹介で四十代前半だと聞いて驚いた。是非、美容の秘訣を聞いてみたいものだ。
「で、この人が遊吾の父親の
「どうだ、遊吾?頭以外に痛いところはないか?」
「だ、大丈夫です…」
カッコいい父親だ。俳優か何かの職業をしているのだろうか?
「それで、この子が遊吾の妹で長女の
「……」
「どうも…」
長い黒髪をポニーテールにした中学生くらいの女の子が軽く会釈する。この子もカッコいい。女の子なのに王子様的なオーラを醸し出している。
「それで最後に…」
「うわ〜!!ゆ〜ご〜!!」
「わっ、と…」
小学生低学年くらいの少女が、いきなりお腹にしがみついてくる。
「その子が次女の
「はぁ…」
「櫻子はね、遊吾のことを心配してたのよ」
泣いている櫻子を見ると自分の服が涙や鼻水でビショビショになっていた。でも汚いと思うよりも、ここまで自分のことを慕って心配してくれたことが嬉しかった。
「ごめんね」
俺は櫻子の頭を優しく撫でてあげた。
「よし!事故で入院した遊吾に自己紹介も終わったな!」
「……」
「……」
「……え?」
え?何が起きたんだ?!一瞬で廊下の人の話し声が聞こえるくらい静かになったぞ!泣いていた櫻子まで泣き止んでる!
もしかして『自己紹介』と『事故入院』でダジャレを言ったのか?全然上手くないな!
「遊吾、様子を見てあと3日入院してから退院になるけど、お母さんは毎日来るから欲しい物とかあったら言ってね」
何事もなかった様にお母さんが話し始めた!もしかして父親は見た目そんなにカッコいいのにそんなキャラなのか…。完全に損してるな。
「父さんや凛は仕事や学校で来れないけど、寂しがるんじゃないぞ」
凄い!あんなにスベッたのにお父さんは何事もなかったように話してる!もしかたら日常茶飯事なのかもしれない。
「母さん、リンゴでも凛に5個くらい剥いてあげなさい」
「……」
「……」
「……」
うっわ…どうしよう。毎回こんなダジャレが飛んでいる日之内家キッツ!
「安心してね、遊吾。お父さんは基本的に家に居ないから」
「良かった」
お母さんの言葉に安心した。日之内家は平和なようだ。
「ひどいな!2人とも!記憶を無くす前の遊吾は笑ってくれてたのに」
「本当に?!」
「大丈夫よ、遊吾。あなたは1度もお父さんで笑ったことないわ」
「良かった」
あれで笑ってたら自分の感性を疑っていた。
「はっはははは!遊吾が記憶を無くしても遊吾で安心したよ!」
「え?」
「記憶を無くそうが、やっぱりお前は俺の息子の遊吾だな!」
父親が笑顔で俺の頭の上に手を置く。そうか。さっきのやり取りは記憶を無くす前もやっていたのか。
「ははは…」
そうか、俺は1人じゃない…家族がいるんだ。
今まで他人事のように自分の記憶喪失を考えていたが、考えが変わった。この家族の為にも早く記憶を取り戻そう。
「うん…」
父親の温かい手が置かれていると、俺の胸にジンワリとした温かさが広がっていく。
「やだ!櫻子ったらヨダレ垂らしてる!」
お母さんが俺の胸を驚いて見ているので確認すると、コアラのようにしがみついて寝ている櫻子からヨダレが溢れていた。温かったのはヨダレのせいだったのか…。
「凄いな…櫻子。2リットルくらいヨダレが出てるんじゃないのか?」
「ばかね、泣いてたから涙も混ざってるせいで多く見えるのよ」
母さん、父さんよ。娘のヨダレの量について考察してないでタオルを取ってくれ……。
「櫻子も寝ちゃったし、今日のところは私たちは帰るわね」
「うん」
「ここにパジャマが入ってるから着替えなさいね」
「うん。ありがとう」
お父さんが櫻子を引き剥がして抱えていく。見れば見るほどベトベトだ…早く着替えたい。
「
お母さんが知らない名前を言う。
「そうた?」
「遊吾のお兄ちゃんよ」
「お兄ちゃん…」
俺にはお兄ちゃんもいるのか。でもどうして居ないんだろう?
「颯汰は今は日本に居ないから会えるのは半年後くらいかしらね」
「日本に居ない?」
「仕事で海外に居るのよ」
海外で仕事って颯汰ってお兄ちゃんは優秀なのか?
「それじゃあ、遊吾。また明日も来るから」
「遊吾。ゲームせずに安静にしてろよ」
「じゃ…」
みんなが一斉に部屋から出て行った。ゲームなんて持っていない。またお父さんの冗談だろうか?
たしかに入院中は暇だしゲームは欲しいかもしれない。
「ゲームか…」
ゲームと聞いて何か引っかかるものがある。この感覚は一体?気になりながらも急いでパジャマに着替えた。
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