第2話 『日常(後編)』

 ゲームを受け取り終えた俺は、リビングのソファで温かい緑茶を飲みながらアドワ2の紹介PVを鑑賞する。この瞬間は誰にも邪魔することはできない最高の時間だ。


「お願いゆーご!貸して〜!」

「……」


 最高の時間をぶち壊す様に俺の腕にしがみ付きサラサラの長い銀髪を振乱しながら叫ぶマリア。


「貸して〜!貸して〜!アドワ2のヘッドギア交換して〜!」


 このおねだり攻撃が始まって5分くらい経つがマリアの喉が心配になってくる。そんなに叫んで大丈夫か?


「貸して〜!貸し…ゴホッ!ゲホ!か、貸し……」

「もういいって!一回お茶飲め!」


 見兼ねてマリアのおねだりをやめさせ、机の上に置いてあった俺の飲み差しの緑茶を差し出す。


「え?!貸してくれるの?!!」

「そういう意味のいいよじゃねぇよ!もう叫ばなくてもいいよって意味だ」

「え〜、ケチ〜!……あと私コーラが良い〜」


 銀髪の先っちょを指でいじりながら文句を言うマリア。俺は差し出していた緑茶を机の上に置き一旦落ち着くことにする。


「………」

「あとお菓子はエノキ茸の村が食べたいな〜」


 チョコのお菓子まで要求してきているこの姪っ子は兄夫婦や両親や妹に散々に甘やかされたせいでワガママモンスターになってしまっている。


「さっきからマリアちゃん叫んでるけど、どうしたの?」

「あ、凛お姉ちゃん!」


 リビングに妹の凛が入ってくる。凛は兄と同じく日之内家のイケメンDNAをしっかりと受け継いだ中学二年になる妹だ。女の子なのに女の子にモテるという漫画のような妹だ。


「ユーゴがね!ゲームを貸してくれないの!」

「そうなの〜!イジワルされて可哀想なマリアちゃん!!」

「うわぁ…」


 兄の俺に見せたこともない猫撫で声で話す妹に少し引いてしまう。お前を慕っている女の子たちが見たらショックを受けるだろう。


「貸してあげなよ、マリアちゃん可哀想じゃん」


 グリンと俺の方に向いた顔が鬼のような顔をしている。顔がイケメンなだけに睨まれると怖い。


「か、簡単に言うなよ!俺のキャラ、いくら掛けて作ったと思ってんだよ!」

「ケチな男になったね、お兄ちゃん」

「くっ……」


 すると扉が開き、兄の颯汰がリビングに入ってきた


「ほ〜れ見ろ、マリア。パパの言った通り、やっぱりダメだっただろ?」

「う〜〜」


 兄は憎たらしい顔でニヤリとマリアを笑うとマリアは悔しそうに唸っている。にしても憎たらしい顔で笑ってるのにイケメンだ。日之内家のイケメンDNAをどうして俺はもっとしっかりと受け継がなかったんだろう。


「まあそんなに落ち込むなって…そうだ、遊吾。マリアにこの辺を案内してやってくれないか?あと数日したら俺たち帰るからさ、その前にマリアに思い出を残してやってくれよ」

「この辺を案内って…」


 案内って言っても近所の子供たちにブランコ公園と呼ばれているくせにブランコがない公園か、無駄にデカイ木がある神社くらいしかないぞ。


「あそこ連れていってやれよ、ブランコがないのにブランコ公園とか呼ばれてる公園!それと無駄にデカイ木がある神社もさ!」


 俺と全く同じこと考えてる。どんだけ俺の家の近所には何もないんだよ。


「まあ…アドワもクリアして暇だし別に良いけど、つまんなくて直ぐに戻って来るぞ」

「それを楽しく面白くするのがお前の仕事だろ!」

「ねぇよ!そんな仕事!」


 近所を案内してやる話が決まるとマリアは喜んで外に出る準備を始めた。この笑顔がブランコ公園の前でも見れれば良いんだけどなと思いながらマリアと2人で外に出かけた。

 ブランコ公園に着くと案の定ブランコがある公園だと思っていたのにブランコがないのでテンションを下げたマリアだったが、次に向かった神社でデカイ木と神社を初めて見たらしくテンションが元に戻った。


「ブランコ公園は名前を変えたほうがいいよ!サギだよ!」

「ああ、俺も心底そう思う」

「でもゲーム貸してくれたら許してあげる」

「さあ、帰ろうか」

「ねぇ!ゲーム貸してくれないと許さないって!」

「さあ、おウチに帰ろ。あったかいおウチに」


 マリアは一度決めると諦めない。過去にもワガママは何度かあり兄たちや両親が諦めて買い与えていた。だがみんなのように俺は諦めたりしない。


「マリアだって自分のキャラでやれば良いだろ?ゲーム上手いんだし」

「イヤなの〜!ユーゴの暗黒騎士が良いの〜!あのキャラを使いたいの〜!」


 握っている俺の手をブンブン振りながら駄々をこねる。こんなことになるなら見せなかったら良かった。


「マリア、考えてもみろよ。俺が二年間も使って愛着もあるうえに、お金を掛けてガチャをして重ね着装備を買ってカッコよくしたキャラを俺が貸すと思うか?」

「思う!」

「えぇ…」


 マリアは俺の顔を見つめながら、青く綺麗な瞳を見開き真顔で言い切る。


「そっか…」

「うん、だから貸して。ね?」

「そっか」

「貸して」


 しつこい。今回のワガママもしつこい。だが絶対に折れるものか。


「私の方がゲーム上手いんだから私がユーゴのキャラを使った方がいいと思うんだけど?」

「たしかにマリアはゲームは上手いけど……じゃあマリアのキャラと交換したとするぞ」

「してくれるの?!!」

「例えばの話だよ」

「な〜んだ」


 キラキラとさせながら俺を見つめてきていた目の光が消える。


「俺がマリアのキャラを使ったりしたらさ、見た目がマリアのせいで変なのに絡まれたりするのとか面倒くさいだろ?」

「私もそれが嫌だから交換してほしいの〜!」

「なんてワガママな…」


 赤信号で止められ、青になるのを待つ。待っている間もマリアはワガママを言い続けている。


「あのな〜もう諦めろ……って」


 マリアに注意する為に視線を落とすとありえない光景が目に入った。

 マリアの背後で幼児がボールが転がっていくのを追いかけ道に飛び出して行っているのだ。


「ウソだろ…!」


 右を見れば車が来ている。きっとあの車は止まってくれるはず……でも、もしも。


「マリア!そこに居ろ!!」

「ユーゴ?!」


 マリアをその場に残し、無我夢中で幼児を追いかける。


「くっ…!」


 幼児を抱きかかえると、後ろにいる何か叫んでいる母親らしき人に放り投げる。


「やった…!」


 上手く母親の胸にキャッチされるのを確認すると、俺は乗用車に轢かれ吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされると景色がスローモーションに見える。その時に気のせいだろう……轢かれている俺を見てマリアが笑っていたように見えた。

地面に叩きつけれ激痛で意識を失う。俺という人間はこの日に死んだも同然になった。

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