第11話 約束

「キスしよう」


と言われた。

数回目のデートを重ねた後に言われた。

その理由が分かるからこそ、自分が情けなくなった。


彼女のことを思っているのに、彼女のことを思っていない。


それが彼女に伝わっていたのは分かっていた。

それでもなお情けなくてしかたなかった。


「謝って欲しくはない」


続けざまに言われた一言は、キツイ一言だった。

僕の言い訳を聞く前に放った一言。

未来を見ていたからこその一言。

必要以上の未来を見ない彼女が、未来を見て、事前に用意していた一言だったのだろう。

だから僕は、僕たちは、


喧嘩した。


付き合い始めてから初めての喧嘩だった。

互いに互いを罵った。

その結果・・・彼女は泣いた。とある一言で。


未来を見たことを僕が責めたことで。


今でも思い返すことだが・・・それは彼女の全てを否定する最低の発言であったと思っている。

彼女にしか出来ないこと。彼女にしか持っていない特別さ。

それは個性と言える。

この世に生まれた時から、共に過ごしてきた個性を否定することの重さ。

彼女の瞳から流れた雫をみて、僕は言葉を失った。


「謝って欲しくはない」


今度はその言葉を言われなかった。

だが、先のその言葉は、このことも含めての一言だったのかもしれない。


・・・どうすればいいか分からなかった。


経験値の低い僕には『謝る』以外の答えが見つけられずにいた。

無言の時が流れている中、僕は彼女を見れずにいた。

瞳を彼女に向けられない。悲しむ彼女を見ることが出来ない。

眼を逸らすことしか出来ない無力さがそこにはあった。

だから僕はその時、一種の諦めを悟り、時間という最終手段に手を伸ばそうとしていた。


時間が全てを解決する。


互いの心が互いを許すためにの時間を待つことにした。

彼女を見ることなく、時間を過ごした。


・・・だが、


その瞬間とき、僕は察した。

今だけではなく、ずっとだと。

ずっと彼女を見ていないことを僕は察したのだ。


僕が見ていたのは、未来の彼女だと。

未来で死ぬ彼女を見ているのだと。

今を生きている彼女を全く見ていないことを僕は察した。


瞳を彼女に向けると、合わせるかのように彼女の瞳が僕に向けられた。

ずっと見て来たはずなのに、懐かしさすら感じさせる美しい瞳であった。

その瞳を見ることで、経験値の低い僕は『謝る』以外の答えが見つけることが出来た。

僕は謝罪ではなく約束をした。


二度と未来を見ない。と


未来を見ることの出来る彼女に僕は約束をした。

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