魔女の行方
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【手記】
D.1353 炎翠の月7
アシッド村、村長の家にて
昨夜、村が襲われた。その原因は魔女がここを訪れた時に置いていった宝珠にかけられた魔法が原因だった。僕に渡してきた腕輪と同じものがかけられており、それを破壊することで村は元の状態に戻るだろうということになった。アルベルティーネの目的はいまだ不明だが、彼女は滅びた銀髪の種族の末裔を追いかけているをいう話を村長はしてくれた。
その末裔は実際にこの村に住んでいたらしく、彼と親しかったという村の子供に話を聞くと山脈を越えた場所に位置するテーラ国に行くと言っていたようだった。
次はテーラに向かうこととする。
──デュラムがこの村を離れたくなさそうだ。
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【旅の記憶】
僕はアンとチュンの家を訪れていた。彼らの母親が昨夜襲われたときの傷が気になったのもあるが、別のことで彼らに聞きたいことがあった。
物置だといわれていたが彼らの家は普通の家だった。隣に立っている建物のほうがよっぽど物置だ。ノックをすると彼らの母親が扉を開けた。
「あ、あなたは……」
困惑の表情。僕が口を開く前に飛び出してきた少女が僕の腰に抱き着いた。
「おにーさん!」
「チュン! 昨日はあの後大丈夫だった?」
「うん! お母さん、このおにーさんが昨日助けてくれた人だよ!」
「あ、あなたが昨日の……本当にありがとう。あのまま子供達だけで誰にも助けてもらえてなかったかと思うと……。どうぞ中へ」
チュンと同じ瞳の色をしたその人は扉を開けて中へ促す。中に入ると奥の部屋からアンが顔を見せた。素朴な部屋だ。この中で三人……いや父親がいるだろうから四人か。そんな人数で暮らすとなると少し窮屈そうだ。アンは僕を見とめると彼は椅子へと促した。そうして僕は彼と彼の家族と話をし始めたのであった。
アンが少しバツが悪そうに口を開く。
「ディランさん。昨日はその、ありがとう。俺、初めて会った時すごい……ごめんなさい」
「いいんだ。村長にあんな扱いを受けてたら仕方ない。代わりと言っちゃなんなんだけど、今日は君たちに聞きたいことがあってきたんだ。話してくれるかい?」
「うん、もちろん。で、聞きたいことって?」
「銀髪の種族のことだ。知ってるかい?」
「ガク兄に会ったことあるの⁉︎」
アンの表情が変わった。彼が勢いよく立ち上がり、ガタンと机が揺れる。面食らった僕をみて、チュンが兄のことを嗜めるように口を開く。
「ちょっと、お兄ちゃん」
「……わ、ごめん。でも、銀髪の種族って、ガク兄のことでしょ」
「僕は会ったことはない。君たちはその人と親しかったの?」
「あ、知ってるわけじゃないんだ……」
あからさまに肩を落とした彼はそのガクという人とよほど親しかったと見える。
「ガク兄はね、私たちのこと生まれた時から世話してくれてね、大好きだった。すごく優しい人だったの」
「チュンは大きくなったらガク兄と結婚するっていっつも言ってたもんなぁ」
「お兄ちゃん!」
顔を真っ赤にして涙目で兄を睨むチュンを見ると、自然と頬が緩んだ。
「はは、そんなに素敵な人だったんだ」
「うん。俺もガク兄のことが大好きだった。いつかそんな風になれればいいなって憧れてたんだ。でも、ある日を境に旅に出て、そのまま帰ってきてない。必ず戻ってくるって言ってたのに……」
「あれからもう五年とかかな。そう言えばガク兄がいなくなったときも村で事件が起きたときだったよね」
「事件?」
「うん。チャチャがね、誘拐されたの。私はよくわからないんだけどね、ガク兄とあと……なんだっけ、お母さん」
「ディクライット城下町から来た騎士様と、成人してるかしてないかぐらいの子供が二人来てたわ。城からの用が果たせないからってチャチャを探すのを手伝ってくれたとか」
「そうだ、思い出したティリスさん! その騎士様、すごい綺麗な人でね!」
「ティリス⁉︎」
今度は自分が立ちあがりそうになったのを抑えて、僕は続けた。心臓が止まりそうだ。三人の驚いた視線が僕に突き刺さる。
「その人、綺麗な長い青髪を、一つに結えてなかった?」
「え……うん、そうだったと思う。ティリスさんとは知り合い?」
「うん。僕が旅をしている理由そのものだ」
「どういうこと?」
「僕は彼女を助けるために魔女を探している。彼女の命を脅かしている呪いに、どうやら魔女が関わっているようなんだ。そしてその魔女は君たちの大好きなガクさんを追いかけているようなんだ。だから彼の行方が知りたくて、君たちのところを訪れた」
「あの魔女さん、悪い人だったの?」
「昨日村が襲われたのは魔女の仕業だよ」
「やっぱり……」
「やっぱり?」
僕の問いにチュンが下を向いて俯いた。心当たりがありそうな彼女は魔女と何か関りがあったのだろうか。代わりに彼女の母が口を開く。
「……魔女様が来たとき、私たちにもガクのことを聞きに来たのよ。昔一緒に住んでいたことを話すと、精霊に近しい汚らわしい生き物と暮らすなど愚かだ、と罵られたわ」
「そうか、だから僕が初めに来た時、あんなこと……」
「そう。本当にごめんなさい」
「いや、もう一度謝らせようと思ったわけじゃない。僕のほうこそごめん」
「でもなんで、おにーさんは私たちがガク兄と仲良くしてたってわかったの?」
「ん、それは。勘……というか。僕が言っていいことかはわからないけど村長と君たちには埋められない溝があるみたいだったから。彼はガクさんの話をすると酷くいやがった。そこに君たちとの何かがあるんじゃないかって思って、ね」
「そっか。やっぱりわかるよね」
アンははぁーっとながいため息をつくともう一度口を開いた。
「村長は、あいつは俺とチュンの本当の父親なんだ」
「え……」
「昔、アンが生まれる前。私はあの人の元に嫁ぐためにディクライットからここに移住してきたの。私たちは結婚してここに暮らしていたの。そしていずれは村長の妻となる予定だった。でも、ある日傷つき倒れたガクを見つけて、私は彼を世話するようになった。けど、スピィエンは兄弟を銀髪の種族のせいで失っていて、それで私たちの関係は壊れてしまった。だれが悪いわけじゃない。でも、この溝は埋めることはできないのよ。ってこんな話、旅人さんにしても仕方ないわね。ごめんなさい」
「とにかく、だよ。ディランさん。俺らのことは置いといて、あなたはあなたの目的を果たすために頑張ってほしい。ガク兄はテーラに行くって言ってた。だから……」
「そっか。話してくれてありがとう。余計なことまで聞いてしまって申し訳なかった。僕は次テーラに向かうことにするよ」
僕は立ち上がると彼らにもう一度礼を言うと家を出ようとしたが、アンに呼び止められた。
「あの、もし、もしガク兄に会うことがあれば、こう伝えてほしいんだ。俺たちはずっと待ってる。この村で。だからどうか、必ずもう一度会いに来てほしいって」
「わかった、伝える。あ、そうだ。これを」
僕は渡し忘れていたものを鞄から取り出して彼に手渡す。昨日採集した黒曜石と、魔宝石とで作った魔物除けだ。
「ほんとは村全体にかける予定だったんだけど、魔女の魔法を解いたら使わなくなっちゃったから。簡単なものだけど魔物除けになる。首からぶら下げとくといいよ」
「え。こんなの、いいの?」
「また魔物を寄せ付けるものだと思われたら困っちゃうんだけどね。ほんのお礼だよ」
「あはは。命の恩人に対してそんなこと思わないよ。ありがとう、大事にする」
「よかった。じゃあ僕はそろそろ行くよ。明日の早朝に出ようと思ってる。チュンとお母さんを大切にね」
「もちろん。じゃあ、またねディランさん」
アンが元気に手を振って見送る。彼が待ち続けている青年は一体どんな人なんだろうか。まだ見ぬその人を追いかける魔女の目的はわからない。しかし唯一得た彼女の手掛かりを元に、僕はテーラという山脈東の国へと目的地を定めたのであった。
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