銀髪の種族

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【旅の記憶】


 炎が見えるところへと向かうとやはり村の男たちが松明をもって必死に魔物と交戦していた。辺境の村で魔法を扱えるものなどそうそういない。怪我人は少なそうだが大変なことだ。

「おいあんた!」

 声をかけたのはスピィエンだ。村人の中で槍をもって最前線で戦っている。

「状況は!」

「女と老人は家にいる! こいつらいくら倒してもどんどんわいてきやがる!」

 魔物の数が減らないことからうすうす考えていたが、やはり群れの中に司令塔のようなものがいるのだろう。それに痛手を加えられれば、あるいは。

「森の中を見てくる! あともう少し持ちこたえて!」

 もう限界だという声が聞こえたが僕一人あそこにいてもどうしようもない。僕は炎の魔法をできるだけ広範囲に撃つと森の中へと飛び込んだ。




 異様だ。あちらはかなり激しい戦いをしているのに、森の中は不気味なほど静かだった。魔物が発する微弱な魔力頼りに進んでいくと、それはいた。

 空を飛んでいるものより遥かに……いや比べものにならないほど大きなシュレーンゲ。しかしそれは見た目よりもずっと老いぼれているように見えた。地面に座ってじっと空を見つめている。

 どのように間合いを詰めようか。観察していると、それがゆっくりとこちらを向いた。かちあう視線。まずい。

 次の瞬間、先ほどまで地に足を付けていたそれはすさまじい速さでこちらに突っ込んできた。すんでのところでかわしたが、鋭い牙が耳の横すれすれを通っていった。

「……っ!」

 耳に痛みが走る。ぬめりとした感触。血が出ている。当たっていないはずなのに、なぜ。

「エーフビィ・アイジィ!」

 氷の塊は当たったがあまり効いていないようだ。そしてそれは大きく羽ばたいた。すさまじい風が襲い掛かる。周りの木が揺れ、折れたものもあった。さっきの傷は風のせいだったのか。

 次の瞬間、近づいてきていたシュレーンゲの尻尾の蛇が僕の腕に嚙みついた。続けて本体の口が近づいてくる。それが大きく開いた時、僕は腕を突き出した。

「……エーフビィ・メラフ! エーフビィ・ヴィント!」

 魔物の口の中で炎の魔法と風の魔法が混ざり合って渦になる。外側からでは難しくても内側からなら防ぎようがない。親玉は甲高い叫び声をあげ、そして絶命した。

 親玉が倒れて数秒、けたたましい鳴き声と共にシュレーンゲたちの群れが空を飛んでいくのが見えた。よかった、どうやらうまくいったようだ。

 正直これ以上戦いが長引けば危なかった。人を守りながら戦うのは難しいのだ。魔力の消費量が多すぎてくらくらする。やっと村人たちの松明の明かりが見えてきた。何か言ってる。あれ、聞こえないな。地面が見える。なんで。


──僕が次に目を開けたのは、村長の家のベッドだった。



***



 次の日、目が覚め少し落ち着いた僕はスピィエンと話すため、一階の客間に向かっていた。昨夜の戦いでの魔力の消耗は激しすぎた。そのため魔物除けの結界を張るのは明日にすることになったが、村人たちを助けるのに尽力したお陰で先にアルベルティーネの話をしてくれることになったのだ。

 スピィエンは魔物除けも張らずとも良いと言ってくれたが、あんな惨状を見せられて何もせずにここを去るということはできなかった。

「魔女がきたのは二週間ほど前のことだ。この村に銀髪の種族がいると聞いてやってきたと」

「クワィアンチャー族のことだよね。……シェーンルグドは僕が生まれる前に滅びたと学んだけど」

 この世界の人間はその見た目の特徴や能力によって種族というものに分けられる。クワィアンチャー族もその一つで、銀髪が特徴で精霊の力を使える、らしい。

 らしいというのも彼らの国、シェーンルグドは今の時代には存在しない国なのだ。もっとも、あったとしても彼らは他の国との貿易を好まなかったのでその真相はわからない。だが閉鎖的な政治の割には近隣の国に侵攻を繰り返し、その強大な精霊の力で土地を奪い民を奴隷として酷い扱いを敷いていた。それは事実だ。

 僕が生まれる少し前のことだ。大陸各地に侵攻を進めていたシェーンルグドはそのまま大陸を我がものとする勢いで、ディクライットも含む近隣諸国は危機を感じ対抗すべく連合軍を作った。時を同じくしてシェーンルグドは突如として内側から崩れたのだ。

 暗殺や内部の者の裏切りだなどとその原因は未だ噂の息を得ないが、それを決起としてクワィアンチャー族を殲滅せんとする戦が始まり、戦が始まる前に長を失ったシェーンルグドは瞬く間に滅びていった。それが僕の知る銀髪の種族の歴史だ。

「そうだ。ディクライットの端にあるこの村もクワィアンチャーの奴らに侵攻された場所の一つだ。俺の兄弟もあいつらに一人殺されてる。運良く侵攻が始まった直後に国は滅びたから村は残ったがな。おかげで若いもんはほとんどいなくなっちまった」

 スピィエンの目は今は亡きその国を憎んでいるものだった。滲み出るその怒りに、自分にとってはどこか別の国の御伽話のように思っていたその歴史が、今なお人の心に刻まれた事実であることを認識する。重苦しい空気に耐えかねて僕は先を促した。

「……それで、村にその生き残りが?」

「いる。いや、いた。恐ろしい子供だった。見た目はそれはそれは美しくて、そして気味の悪い魔法を使う化け物だ。あいつのせいで俺の人生はおかしくなってしまった……いや、とにかくだ。そいつは数年前チャチャを誘拐しようとして失敗し、そのあと逃げるように旅に出た。そのあとの消息なんて知ったこっちゃねえ。どっかでのたれ死んでるだろ。魔女にも同じように答えたさ」

「なるほど……魔女はその子を探している理由を言ってた?」

「自分の目的を果たすのに必要だとよ。あ、そういえば話してくれたお礼に魔物除けといってこれを置いてったな」

 嫌な予感がした。スピィエンは黒曜石でできた宝珠を取り出す。案の定、それには僕に渡した腕輪と同じく魔物を寄せ付ける魔法がかかっていた。

「……っはぁ。だから魔物がこんなに寄ってきてたのか」

「は? どういうことだ?」

「スピィエン。これを壊せば村に魔物除けなんてかけなくて大丈夫だ。もう魔女なんて信用しないことだね」

 僕はナイフを取り出すと雷の魔法を込めて宝珠に突き刺した。それは少量の魔力を伴って壊れる。弾けて飛んだ破片が棚に飾られていた花瓶に当たり、音を立てて落っこちた。

「なるほどな。これのせいで魔物が寄ってきてたわけか。あの魔女め」

「目的はわからないけどきっともう大丈夫。どうする? 念のため魔物除け張っておく?」

「うーん、お前に任せる。せっかくそんな石まで取ってきたんだ。好きにするといい」

「わかった。ところで、この村にその生き残りと親しくしてた人間はいた?」

 スピィエンが眉を顰める。僕には馴染みがないが彼はクワィアンチャー族が嫌いなようだ。

「いるわけないだろそんなの。……というわけでこの話は終わりだ。まだなにかあるか?」

「いや。ありがとう。ただもう一日だけ世話になってもいい? 魔力が戻らないまま旅に出るのはあまりよくないんだ」

「わかった。……お前がいてくれて助かったよ。ありがとな」

「魔女のせいで村が滅びることにならなくてよかったよ。少し村を散歩してくる」

 彼の村を守りたいという気持ちは本物のようで、それは村長としての資質をうかがわせるものだった。僕は少し気になったことを解消するため、村長の家を後にしたのだった。








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