強襲

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【旅の記憶】


 例の鍾乳洞はデュラムに乗って反刻程の場所に位置していた。デュラムは自然が多いこの地域を気に入ったようで、先ほどからずっと機嫌がよさそうだ。

「今日は戻ったらたてがみを綺麗にしようね」

 僕の言葉を理解してかせずか、彼は尻尾をぶるんと震わすと嬉しそうに鼻を伸ばして顔を擦り付ける。僕は彼の艶やかな毛並みを撫でると微笑んだ。


 かくして僕はたどり着いた鍾乳洞の中に足を進める。魔物が少ないと面倒がなくていいのだが。

 松明がわりの魔法を追従させると視界が開けてわかったが、思ったよりも狭い構造のようだ。時折身を横にしないと通れない場所がある。本当にこんな場所に依代なんてあるのだろうか。スピィエンに体よく厄介払いをされたのかもしれない。

 突き当たりに来てしまった。道は天井から長く伸びた鍾乳石で閉ざされているが、炎で照らすと下の方には水が溜まっており、そこから先に行けそうではあった。

「しかしどこまでが水だかわからないしな……」

 またヴァッサベルンのような魔物に襲われても事だ。道を戻りながら他に先に進めそうな方向はないか探そう。


 入ってきた場所から真ん中ほどの場所に、降りることができそうな場所があった。さっき通った時は気づかなかった。落下していたらと思うと恐ろしい。

 戻るときに上がれるように、近くの鍾乳石に縄をくくりつけておいた。そんなに深くはないが、これで戻れなくなると言うことはないだろう。

 下に降りると小さな蛇が何匹かいたが、松明のせいか近づいてはこないようだった。噛まれないよう気をつけながら先に進む。

 少し広い場所までたどり着くと、僅かながら魔力の残留が見られた。アルベルティーネのものかと思ったがどうやら違いそうだ。僕は松明の炎を明るくすると辺りを見渡した。

 壁に所々松明のようなものがかけられていて、それは人が来ると明かりが灯るようにしてあるようだった。ずいぶん昔のもののようで今は効力を失っているようだが、なるほど魔力の残留はこのせいか。

 広場の奥に、動くものがあった。魔物かと思ったがどうやら違うらしく、ウサギのようなその動物は広場の奥へとどんどん進んでいく。導かれるように先に進んでいくと、光が見えてきた。洞窟の終わりへと急にたどり着いて、僕は目を眩ませながら外へ出る。そして、目を開けた次の瞬間、驚愕した。

 花畑だ。陰鬱な鍾乳洞からは程遠い印象のそこはどこか神秘的だ。真ん中には薄紫の変わった色をした木が立っている。ティリスが見たら喜ぶだろうなと思って僕は花畑の中を進んでいく。

 木の近くに、なにか見覚えのある形が見えた。これは……。茨の先についた赤く美しい薔薇の花。

 アルベルティーネも、ここを訪れたのだろうか。


 その後一頻りその辺りを探したが、薔薇の花以外に魔女の痕跡と思しきものはなかった。

 仕方なく戻ると先程魔力の残留があった広場で、黒曜石を見つけることができた。スピィエンが言ってたのはこれのことだろう。必要な数を採集すると僕は来た道を引き返して、鍾乳洞を出た。

 あたりはもう日が落ちようとしていた。待たされたデュラムがすこし寂しそうにしていたのでひとしきり撫でた後、アシッドの村へと向かうことにしたのだった。


✳︎✳︎✳︎


 深夜、スピィエンの家の客室で寝ていた僕は騒ぎの音で目が覚めた。

 なんだ、外がやけに明るい。赤い炎は村人たちの松明だろうか。外の様子を伺っていると扉が激しい音を立てて開かれた。

「お兄ちゃん、大変! 村が!」

 駆け込んできたのはチャチャだった。気が動転している彼女を落ち着かせる暇もなく、手を引かれて外に出た。その瞬間上空から鋭い爪の攻撃が襲い掛かる。

「チャチャ!」

 庇って背中に傷を負った。しかし上空にはまだ魔物がいる。コウモリのような羽に蛇のような長い尻尾──シュレーンゲだ。三体ほどだろうか。魔物が集団で村を襲うなんて聞いたことない。そうだ、チャチャ。

「怪我は?」

「私は大丈……お兄ちゃん、血が!」

 心配するチャチャに返答する間はなく、魔物はまた滑空してきた。彼女をだき抱えて雷の魔法を打った。当たらない。

「エーフビィ・アイジィ!」

 ありったけの氷だ。空にばら撒いたが果たしてどのくらいの時間稼ぎになるか。背中が痛んできた。

「チャチャは家に入って収まるまで出てこないで」

 玄関に押し込まれた彼女は首をふるふると振って僕の手を掴む。

「アンとチュンが、お願い……」

「大丈夫、二人のことは必ず守るから。だからいいね、僕が戻ってくるまでここから出ないで。わかったかい」

 チャチャは涙を流しながらようやく頷いた。こんな中外に出ようとしたのはきっと二人を助けて欲しかったのだろう。ベッドの脇に置いていた剣を持ってくる暇はないので僕は玄関に立てかけてあった銛を手にとった。長物は得意じゃないがしょうがない。

 家の扉に最低限の魔物除けをかけると僕は走り出した。スピィエンはどこにいるだろうか。しかしまずはアンとチュンの家だ。村の入口に目をやるとシュレーンゲがかなりの数飛んでいた。

 僕は真上にできるだけ目立つように炎の魔法を撃った。花弁が広がるように散った。それに気づいた魔物たちがこちらに向かって飛んでくる。もう一撃空に炎の魔法を撃った僕は全速力でその場を離れた。


 村の入口に向かうと聞き覚えのある声に呼び止められた。

「おにーさん!」

「よかった。アンは?」

「お兄ちゃんはあっちで……お母さんが! お母さんが大変なの! 助けて!」

 思い出したように彼女が指さした方向には血を流して倒れている女性と必死に木の棒で魔物と戦っているアンの姿が見えた。

「アン、伏せろ!」

 僕の声に気づいたアンが姿勢を低くする。それと同時に僕は雷の魔法を発動させる。雷鳴がとどろき撃ち落されたシュレーンゲが近くにいたアンにとびかかろうとするが、銛を投擲した。突き刺さったそれで魔物は叫び声をあげ、黒い煙となって消え去った。

「ディランさん! どうして」

「チャチャが教えてくれたんだ。その人は?」

「そ、そうだ、お母さんが俺を庇って、俺どうしたらいいかわかんなくて……」

 近づいてみるとその人は頭から血を流してはいるが気を失っているだけのようだった。頭の傷の血を止めると彼女を抱きかかえる。反動で自分の背中の傷が少し傷んでよろける。自分の傷をふさぐのを忘れていた。チュンが心配そうに僕を支えてくれた。

「アン。君たちの家は今どんな状況?」

「魔物がいっぱいいて近づけない。逃げようとしてここで立ち往生してたんだ。チュンが助けを呼びに行こうとしてあなたが来た」

「なるほど、じゃあ村長の家に避難する。僕の近くから離れないで」

「えっでも、村長……」

「緊急時だし僕のせいだといえばいい。いいね。走るよ!」

 アンの返答を待たず僕は再び炎の魔法を天に打ち上げると走り出した。とはいっても人を一人抱えながら、子供の速さに合わせながらだ。そんなに速くは走れない。その間も魔物は滑空してくるので氷や雷で撃ち落とす。一体何だっていうんだ。きりがない。


 やっとのことで村長のいえまで辿り着いた。窓から様子を見ていたチュンが扉を開け、半ば転がり込むようにして中に入った。

「アン、チュン! よかった……きゃあ、おばさん!」

「大丈夫、気を失ってるだけだって」

「チャチャ、わたしたち、ここでディランお兄ちゃんを待ってても、いい……?」

 子供たちはやっぱりここのほうがよさそうだ。自分がまだ幼かった時に魔物に襲われて、フィリスさんに助けられた時のことを思い出した。

「みんな、ここから出ないんだよ。お母さんが目を覚ましたら村長には僕から話すからと説明して。いいね」

 三人の子供たちは涙目でこちらを見、しかししっかりと頷いた。僕は自分の背中の傷を塞ぐと扉を再び開け、星の煌めく村の中へと駆け出して行った。

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