望郷③

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【旅の記憶】


 僕はある男の居室に来ていた。

 ここは城の敷地内にある兵舎の一角。彼は城下町に実家があり本当はそちらに戻ってもいいのだが、養成学校の過程を終えてもここに残った数少ないうちの一人だ。

 素朴な扉の前に立つと軽くノックをした。

 この時間、彼が食事室にいないときは決まって部屋にこもって何やら勉学やら思案にふけっているのだ。明るい声と共に扉が開き、桜色の髪が揺れる。

「ディラン先輩! どうしたんですか!」

 嬉しそうに招き入れる彼はまるで尻尾を振って喜ぶ子犬のようだ。

 エインは僕の二年後に騎士団に入ってきた団員の一人で、真面目で明るく、みんなに可愛がられている存在だ。彼自身は魔法剣士に憧れて入団したらしい。僕が一度養成学校の演習を手伝いに行ったときにえらい懐かれてしまい、入った初日に僕のところまできて弟子にしてください! と変なことを言われたものだ。しかも隣にいたティリスに一目惚れして告白し、その場で玉砕すると言う伝説を残した張本人でもある。

「今日はエインに大事な話があってここにきたんだ」

「先輩から? なんですか?」

「これから僕は長い旅に出る。そのことを伝えに来た」

「旅に……陛下の命ですか。えっでもティリスさんとの儀式はどうするんですか? 今出たら戻ってこれないでしょう」

 エインの表情が少し曇る。

「そう。僕は陛下の命で出た西方調査で命を落としたことになる。でも、本当の旅の目的はティリスにかけられた呪いを解くことだ」

「じゃあ、戻ってくるつもりはないということですか? それに、呪いって」

「紫水晶の呪いらしい。ティリスの髪、最近先が紫に染まっているだろう?」

「確かに。そういうことですか……」

 彼は普段見ないような神妙な面持ちで僕を見、そして口を開いた。

「一体、どうして僕にそんな大事な話を?」

「信頼しているから」


 素直に答えるとなんだか負けた気分になる。彼は目を丸くすると少しにやけた顔をした。だから正直に話すのは嫌だったんだ。

「それに、君はティリスにも近しいし、まだ新兵にもなり切ってはいないけど騎士団の一員だ。だからこそ、頼みたいことがある」

「先輩が、僕に頼み事?」

 僕は鞄から調整しておいた魔法具を取り出すと、エインに手渡した。丸い水晶であるそれを彼は持ち方を変えたり角度を変えたりしてまじまじと見つめる。

「……まだ試作品だけど、十分に使えるはず。魔力を込めて僕のことを念じれば、遠くにいても僕が持っているもう一つの水晶で会話ができる」

「これ、先輩が言ってた……!」

「そう。それで、頼みたいことを言えば二つだ。さっき言った通り、ティリスには紫水晶の呪いがかかっているらしい。僕が死んだと伝わった後、彼女の呪いの印……髪色が元に戻っていたりしたら教えてほしい。紫水晶の呪いは愛し合う男女にしかかからないものだから……」

「そんな事……」

「いや、あり得るだろう。婚姻の儀をすっぽかす男だ。そうなってしまえば、僕は……。いや、そしてもう一つは僕がいない間、彼女を守ってほしいんだ。彼女に何かあれば、僕に報告してほしい。それだけだ。……やってくれるか?」

 彼はしばしの沈黙の後、決心したように口を開いた。彼のまんまるな瞳が揺らぐ。

「やります。僕は先輩のことも、ティリスさんのことも、とってもとっても大事です。どちらも決して失いたくはありません」

「……ありがとう、エイン。このことはお前を含めて、フィリスさんと陛下の三人にしか話していない。ティリスはもちろん、彼女の親友であるアメリアにもどうかこのことは秘密にしてほしい。僕、ディラン・スターリンは今夜陛下からの勅命で出た先で事故にあい、死ぬことになる。式で使うケープを僕の死体である人形に被せ、彼女を納得させてくれ。そしてどうか、彼女をよろしく頼む」

 言い終わってエインを見ると、彼は涙を流していた。そして一瞬の後、それが作り笑いに変わる。

「……必ず、戻ってきてくださいね。僕はいつだって、グレープレングスのパフェをみんなで食べることを楽しみにしているんですから!」

「エイン……」

 無理やり笑顔を見せた彼に、僕は抱擁する。堪えきれなかった彼の激しい嗚咽だけが、静かな部屋に響き渡っていた。


✳︎✳︎✳︎


 僕は再び、あの洞窟を訪れていた。炎に照らされて揺らめく魔宝石の輝き。

 今日でこの場所の調査は四度目。もう僕がディクライットを出てからも大分経つが、ティリスの呪いに関する手がかりはほとんど見つかっていなかった。

 めぼしい情報としては、薔薇の魔女は僕が近づかぬようになるより前に館から姿を消しているという程度。彼女は屋敷から出られないというのはなんだったのだろうか。

 ラスタ=マリリスにも何度も訪れたが、成果は薄かった。

 しかし、この洞窟のおかげで魔宝石に関してはある仮説を立てることができるに至った。

 身に着けると魔力が上がるといわれている魔宝石、それは魔宝石との距離が関係しているのではないかと。一般的に、魔法の才があると称される者は上流階級の者が圧倒的に多い。それがようするに所持している──というより、身近にある──魔宝石の量や質が関係しているのではないか? 

 何度か調査に来ればあの竜のような魔物の情報などもつかめるかと思っていたのだが……。


 と、洞窟内に見慣れないものが目に入った。

 薔薇の花弁……? 彼女の痕跡。これは彼女の罠だろうか。

 いずれにせよ彼女には聞きたいことが沢山ある。


 十分な警戒をしつつ、僕は彼女を探すことにした。


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【手記】


D.1349 落翠の月8

魔宝石の洞窟にて


 以前より沢山の魔宝石を採取したが、ディクライットに出回っているものより魔力の含有量が多い。

以前から考えていたことだが、もしもの時のためにマントの裏に魔物除けの魔法陣と、魔力を溜めて置ける魔法陣を書いておくことにした。

 アルベルティーネが行きそうな場所を探すことにする。

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