闇の魔物

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【手記】


D.1350 新雪の月19

魔宝石の洞窟にて


 魔女の痕跡を見つけた。

 魔宝石が豊富なこの場所なら、魔力の消費を気にしないで済むだろう。

 私の推測に過ぎないが、彼女はここで以前見つけたあの黒い魔物のようなものを使って何か実験をしているのではないだろうか。

 魔女の目的が分からない。彼女は本当に敵なのだろうか……。


 デュラムが毛並みを整えて欲しそうにしている。


✳︎✳︎✳︎


D.1351 融雪の月12

魔宝石の洞窟にて


 またここでアルベルティーネの痕跡を見つけた。

 探し回っているうちに旅に出てから三年も経ってしまったが、何とかティリスを救うべく、薔薇の魔女と接触を図らねばならない。


 また、魔宝石の洞窟に幾度か訪れるたびに魔宝石についてのある仮説を立てることができた。

 魔宝石の洞窟からの距離によって魔法の威力が変わることと、魔宝石を別の場所に置き、同程度の火力で魔法を使ったときの威力に差があることからの仮説である。


 また、エインと連絡を取ったが、アルベルティーネはティリスと接触しているようだった。これまでの動きと合わせても魔女が何らかの形で関わっていることは明らかだ。

 ディクライットに戻るのは危険なため、彼女を探すことを第一優先にする。この洞窟に以前も彼女の痕跡があったことから、魔女や以前この洞窟で出会った魔物に関する情報を探して次の目的地とする。


──髪がだいぶ伸びてきてしまった。



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【旅の記憶】


 僕は旅に出てから初めて彼に連絡を取った。

「ディラン先輩! 無事だったんですね! 今までなんで連絡くれなかったんですか! ものすごく心配していたんですよ! ……いい報告ですか?」


 水晶に移る彼の顔は僕が知っているそれよりも少し大人びていた。三年も経てば誰しも変化はする。成長した彼をみて、ティリスも僕の知らない彼女になってしまっているのだろうかと思いを馳せた。

「……先輩?」

 怪訝そうな顔でのぞき込む彼の顔が水晶からはみ出さんばかりに移っている。

「ふふ……エインがエインらしくて安心したよ。今日は聞きたいことがあってね」

「なんで笑うんですか、こっちは大まじめですよ! で、聞きたいことって?」

「えっと……。ティリスの様子と、もし知っていたらアルベルティーネの居場所」

「わかりました。まず、ティリスさんはかなり落ち着いています。先輩がいなくなってすぐはとても落ち込んでいて……。何とか、僕とアメリアで元気になってもらいました。ちゃんと騎士団業務もこなせていますよ」

「よかった……。髪の色は? 戻ったりしてない?」

「……すこし、紫色の部分が増えているように感じます。本人は不思議そうですがもう慣れてしまっていますし、そこまで気にしている様子はありません。あとやっぱり、先輩のことを忘れるなんてできないですよ……」

「エイン……」

「昨日も昔先輩からもらったお花の話をしようとして言葉をつまらせてました。みてて痛々しいです……。もう三年も経ちましたから縁談の話をかなり持ちかけられているようですが、そちらも全て断っているようで、僕らとしては別の話をすることしかできません」

「そっか……」

 ティリスにも周りの皆にも辛い思いをさせてしまっている。けれど僕がこのまま戻ったところで、本来の問題は解決しない。

「……薔薇の魔女のほうは、僕のほうでは行方は分かりません。ただ、十日ほど前、ティリスさんが彼女に会ったと話していました。王都に用事があって何年かぶりに来たと。何の用事なのかやその後については……ところで、なんで彼女を?」

「彼女が、ティリスの呪いに関わっていそうなんだ」

「薔薇の魔女が? ……って、先輩は大丈夫ですか⁉ ティリスさんが呪われてるって教えてくれたのって彼女ですよね?」

「彼女がくれた地図と僕が持っているものと差異があってそこに禍々しい魔物がいたり、魔物除けの腕輪と言って渡してくれたものは魔物を引き寄せるものだった。そのおかげで何度か死にかけたんた。でもそれが全部彼女の策略かどうかまではまだわからない。ディクライットに帰ろうかとも思ったけど、もし呪いが本当ならティリスが危険すぎる」

「そうですか……うーん、十分気をつけてくださいね。僕も、それとなく薔薇の魔女のことは警戒しておきます。またティリスさんに近づいたりしないように……」

「ありがとう、エイン」

 そういえば、と彼が付け加える。

「ティリスさん、剣聖になったんですよ。去年の剣舞祭で」

「フィリスさんに勝ったんだ。見たかったな」

「ええ、それはもうすごい試合でした。……早く戻ってきてくださいね」

 ありがとう、二回目のその言葉に、彼は微笑んだ。魔法具にこめていた魔力の限界だ。彼に別れを告げると、念を遮断した。

 使い終わった魔法具に消費した分の魔力を込める。


 水晶に映り込んだ自分の髪が、かなり伸びているように見えた。


✳︎✳︎✳︎


 ふと、ある噂を聞いた。

 〈闇の魔物〉という新種の魔物が、各地で出現しているらしい。酒場で聞いた話だと、どうも僕が以前魔宝石の洞窟で出会った竜の魔物と特徴が酷似していた。この魔物による被害が少しずつ起き始め、倒し方もわからないためディクライットの騎士団までくるような事態になっているそうだ。

 小さな村の事件であれば村の力自慢が出ていくかその付近の傭兵団などに依頼することがほとんどだ。しかし、騎士団に直接依頼が来るということはそれだけでは収まらない深刻な事態ということだ。 

 それに、魔宝石の洞窟の魔物とかかわりがあるとすれば、〈闇の魔物〉たるものとアルベルティーネについても何らかの関わりがあることになる。


 かくして、僕はその〈闇の魔物〉が出現したといわれる場所、目玉焼きシュピレゲイ緑地──丸く穴が開いた岩の真ん中に夕日が差し込むと目玉焼きのように見えることからそう呼ばれている──に来ていた。

 ディクライットからそう離れていないこの緑地に本当にそのような魔物が現れるのだろうか。

 急に、肌寒さを感じた。風は強くないが、確かに空気が冷たくなっているように感じる。

 不意に、以前にもこのような感覚を魔宝石の洞窟でも覚えたことを思い出した。

 まさか……。と、その時、ものすごい衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。

 受け身は取れたが痛む。どこか怪我をしたようだ。視界が真っ暗になったのは目に入った血のせいで、それを拭うとあたりの様子が分かった。

──あれはなんだ?

 その一言が頭に文字のように浮かぶ。一見すると人のような形。しかし、それは明らかに人ではなかった。

 溶けかけた顔の穴に、白濁した目。悪寒が走る。寒いからではない。これはあの魔物に対する恐怖だ。

──〈闇の魔物〉。

 そうとしか形容のしようがない見た目だった。魔宝石の洞窟で出会ったものとは違って人型だが、所々が溶けていることは同じだ。前のように爆発して消えるのだろうか。

 雷の魔法を詠唱しようとしたが、体が動かない。その時、けたたましい叫び声が緑地に響き渡る。

 ああ、死者が恨みを持って蘇ったらこのような憎悪を向けてくるのだろうか。

 魔物が向かってくるのは見えていた。しかしまだ、体は動かない。

 鋭い鉤爪、飛び散る赤、痛み……。


──意識が、とんだ。

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