真実との対峙
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【手記】
D.1356 新雪の月15
アーシア鉱山付近にて
死霊から聞いた情報はこうだ。鉱夫たちが採掘した銅を運搬している途中、ラスタ=マリリスの付近で魔女を見たという。
その他にも、この付近で闇の魔物が増えているらしい。以前出会ったものと同じなら、アルベルティーネの尻尾を掴める可能性が高い。
彼らの痕跡を追うことにする。
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【旅の記憶】
かくして、僕はハンネスさんに教えてもらったアルベルティーネがいそうな場所を訪れていた。
自分でも甘いと思うが僕はまだ彼女に何とか呪いを解いてもらえるように話ができないかと考えていた。
デュラムから降りて魔結界の中に入れ、あたりを探索する。
──甘い香りがした。
薔薇……。
匂いがした方向に目をやると、長い黒髪に黒い服、薔薇の魔女の姿があった。何かをしているようでまだ僕には気づいていない。少しずつ彼女に近づくべく歩を進めていく。
風向きが変わった。彼女がゆっくりとこちらを向く。
「久しぶりだな、ディラン」
「久しぶり……だと? 今まで何をしていた。何度も屋敷を訪ねたというのに」
「随分と苛立っているな。何か嫌なことでもあったか? すまぬが、最近は沢山の誘いがあって忙しくてな。お前の相手をしている暇がなかったのだ。どうだ、ティリスの件は……?」
こちらが何も知らないと踏んであくまでしらを切るつもりらしい。この人に頼もうなんてもってのほかだ。僕は意を決した。
「……すべて、わかっている。ティリスの呪いはすべてあなたが仕組んだことだろう。今すぐ彼女にかけられた呪いを解いてくれ」
「……ほお? なるほど。腕輪を捨てられた時にはもしやと思ったが、やはりな。全く、人からもらった物は大事にするものと両親から教わらなかったのか? あ、お前の親を殺したのは私だった。そうだそうだ、忘れていたよ」
「は……、両親を、あなたが……?」
「おや、それは気づかなかったのか。甘いな、エドワードの息子、ディランよ。あれほど優秀だと言われていた両親が事故なんかでは死ぬはずがないとお前も思っていただろう。お前の両親も甘くてな。偽の依頼で呼び出しシャンテルを人質に取ればあら不思議。いともたやすく殺せてしまえたよ。彼女を死体にして返したときのお前の父親の顔といったら」
「もうやめろ!」
この人が、この人が。両親を殺した? 事故ではなく? 彼女が葬儀にいたのは? 騙された両親は? 目の前で母さんを殺された父さん、は……。ぐちゃぐちゃになった思考は彼女の甲高い笑い声で掻き消える。
「あはははは! そうだ、その顔だ、ディラン。今のお前、あの時のエドワードにそっくりだ」
「そんな、の……あなたは……いや、でも、あなたは葬儀に来てた。あれは……」
「そりゃ傑作だ! 私がお前の両親のことを悼んでわざわざ街に出たとでも? お前を信用させるため、それ以外に何の理由がある?」
魔女はまだけらけらと笑っていた。命に何の価値も見出さないその意識。彼女と僕は、最初から根本的に違っていたんだ。
「……じゃあ聞こう。何故いまはこんなに回りくどいやり方をする? 僕とティリスのことだって父さんと母さんの時のように直接手を下せば早いだろう」
「以前は協力者がいたのでな。今回は訳あって手を借りれなかった。まあ、これでわかっただろう。私がティリスの呪いを解くことはない。諦めるんだな。そしてお前も死ぬ運命にある」
「……何故、何故そこまでして闇の王なんかを復活させようとするんだ!」
叫んだ僕の言葉に、薔薇の魔女は眉をひそめた。真紅の瞳がゾッとするような冷たさを放った。
「誰か、裏切り者が出たな。誰かな。……まあいい、どうせお前ももうすぐ死ぬ。冥土の土産に教えてやろう。闇の王は、あの方は素晴らしい人だ。私たちを生み出し、愛してくれた父だ。私もあの方を愛しているのだ。私はあの方のためならなんだってする。どんな犠牲を払っても、私はあの方にもう一度会う。そして再び世界を闇で覆い、あの方の思い描く世界へと創り変えるのだ。お前は本来、王となる運命だった。そして妻となった剣聖ティリスと共に私たちの理想の邪魔をする。そんなことは許さない。だから私は、お前達二人を始末するのだ。それももうすぐ成功する。そうしたら、私はあの方に会えるのだ」
闇の王ダンケルヘルト。紡がれた言葉はその存在への親愛の情で溢れていた。けれど、それは世界を破滅へと導く呪いの歌だ。闇で覆われた世界……そんな世界でティリスが笑えるだろうか。いや──。
「世界を闇に落とすお前達の理想など許さない!」
「ふふ、初めて面白いことを言ったな。お前の許しなど得なくとも、すべてはあの方の意のままだ。無駄なあがきはやめておとなしくあの方に命を捧げろ」
この魔女のせいで、僕はディクライットを去り、王にはならなかった。しかし、ねじ曲げられた運命の先、本当に僕らが闇の王の復活を阻止することはできないのだろうか。薔薇の魔女もまだ知り得ぬ、そんな未来なら。
「嫌だ。今ここでお前を倒して、お前達の世界を闇に落とす理想なんて、終わりにしてやる! エーフビィ・メラフ!」
迸る炎。彼女に一歩届かず、避けられる。
「そんな攻撃が効くと思ったか? 私のことも知っているのだろう。リタの魔導士だと」
やはり魔法除けはかけているようだ。エスラティオスよりは強くないとはいえ、やはり太古の昔から生きている魔導士にはちょっとやそっとの魔法じゃ敵わない。考えろ、どうしたらこの魔女を倒せる……?
「エーフビィ・アイジィ!」
氷はつぶてとなって彼女に向かって行くが、彼女の近くに行くにつれて、威力が弱まってしまう。
近づくしかないか。しかし魔女は地面から薔薇の茨を生やし、それが生き物のようにうごめいており、近づけそうにない。
彼女の館の薔薇はすべてこれだったのか。あれがすべて動くと思うとおぞましい。
「そうだ、ちょうど試したいものがあってな。実際に戦うのを見るのは初めてだが……」
彼女はそう言ったかと思うと後ろを向き、何かを唱え始めた。同時に彼女の近くにあった壺の中から、黒いドロドロしたものが現れ、形を為していく。闇の魔物……。
それは獣の形をしており、今まで出会った物とはまた形が違った。 やはり闇の魔物を操っていたのは彼女だったのだ。
一目散に向かってくる闇の魔物達。僕は剣を抜いた。炎の魔法が剣に伝わっていくのを感じる。火花がパチパチと音を鳴らす。
襲いくる攻撃。鋭い爪の一振りを剣で凪いでいく。しかし、炎が当たっているはずなのに彼らは全く怯む様子がなかった。痛みを感じないのか? いつの間に増えたのか五匹ほどの群れに囲まれている。
僕は広範囲に氷の魔法を打ち出した。物理的に弾き飛ばされる魔物達。間合いを取ろうと一歩引いたその時、魔女の薔薇が足に巻きついた。棘が刺さり、血が噴き出る。
闇の魔物に気を取られて忘れていた。体勢を崩した僕に魔物達が一斉に襲いかかる。
「自ら手を下さなくとも成果を得るのが、人間の知恵というものだろう?」
「お前に人間を語られてたまるか! エーフビィ・ヴィント!」
暴風で吹き飛ばしても彼らの攻撃が緩むことはない。すぐにまた近づいてきてしまう。茨を焼き切る前に一体が飛びかかり、僕の左腕に噛み付いた。振り解くと肉が引き裂かれ、鮮血が迸る。
熱い、とにかく腕が熱い。今までにない血の量。
遠くで薔薇の魔女の笑い声が聞こえる。
「これで、あの方の復活に一歩近づいた」
ああ、これはもうだめかもな。
景色が歪んでいく中、魔法の詠唱の声が聞こえた。
──光の魔法。そうか、闇には……。
その光に包まれるように、意識が、消えた。
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