遺跡の伝承
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【旅の記憶】
城下の広場。魔法除けが張られたその空間に響くのは金属がぶつかる音と次々と魔法が繰り出される音。
「どうしたディラン。守ってばかりいては埒が開かないぞ。こんなものじゃないだろう? 戦いの場では立場など関係ない。王族だろうが旅人だろうが、最後に生き残ったものが勝ちだ。エーフビィ・メラフ!」
暗い栗色の髪の老人はそう言ってまた炎の魔法を繰り出した。花のように開いたそれが僕を包み焼きにしようと迫ってくる。変な戦い方だ。無詠唱で魔法除けも張りながら魔法剣を振るほど魔法に秀でているのに、彼は炎の魔法だけ詠唱するのだ。何かこだわりがあるのだろうか。
水の魔法でそれを相殺するとそのままラウルの真上で水の球を破裂させた。びしょ濡れになった彼をみて僕は氷の魔法を繰り出した。読まれていたのか、彼はまた炎の魔法を詠唱する。
どれだけの時間が経っただろうか。ぬるい攻撃は軽くかわされてしまい、これじゃ本当に埒が開かない。彼はおそらく僕が本気で挑まないとこの戦いを終わらせないつもりだ。全く、とんでもない王族である。
そう言うわけで、仕方なく仕掛けることにした。僕は上空に炎の球を何個か出現させ、それを一つずつ、されど休みなく彼の元へと向かわせた。それは彼にぶつかる寸前に彼の氷の剣によって斬り払われていく。
だが、それで十分だった。相殺された魔法の煙によって視界は悪いが、僕は彼に向かって駆け出す。剣には氷の魔法を宿す。冷気が掌から剣に伝わっていき、それが剣先にたどり着いた感覚を得た時、僕は剣を振り下ろした。
金属の音。ラウルの足元から風の魔法が放たれて視界が開けた。かつてこの国を治めていた老人の瞳が少し輝いているように見える。僕はそのまま相手の剣を弾いて下から斬りあげる。また流された。
力では僕の方が優っているが剣技では彼の方が腕だ。ではどうするか。そう考えを巡らせたとき、彼が口を開いた。
「エーフビィ・メラフ!」
来る。凄まじい魔力量。襲いかかるだろうあの炎に対抗すべく、僕は魔力を水の網状にしてその方向に振り向いた。
──しかし、そこに迫っていたのは炎ではなく、巨大なヴィティと言う猫の魔物の氷像だった。
「なっ……!」
易々と水の網を通り抜ける氷像。対応しきれなかった僕が炎の魔法を詠唱すると同時に、持っていた剣がラウルの剣によって弾き飛ばされた。
地に落ちた剣の金属音。焦って炎の魔法を当て損ねた氷像は溶けるまでもなく地面に鎮座していた。
「はは、少しズルをしてしまったかな? 久しぶりに楽しませてもらったよ。ありがとう」
声をかけたラウルは僕の剣を拾ってこちらに寄越す。いつのまにか魔法除けは解けていて、見ていた住人達の中の子供が氷像で遊ぼうと集まってきていた。
「お兄ちゃん、気にしなくていいよー! ラウル様と遊んで勝てた人、一人もいないからーっ」
「そうは言われても……」
「はっはっは、すまないな私の趣味に付き合わせてしまって。どれ、お詫びと言ってはなんだが君がこの国に訪れた理由を聞かせてくれないか? 何か手伝いができるかもしれぬ」
そう言って彼は笑ったのだ。
かくして、僕はこの国の前国王と共に遺跡を訪れているのだった。
遺跡の奥には壁画が何枚も並んでいて、その中心には砕けた白と赤の宝玉が祀られていた。何かの伝承だろうか。壁画の内容は続きになっているように見える。
「昔々、星屑の髪を持つもの達がここザントテールの隣に国を構えていた。彼らは精霊という目に見えない存在と話をし、力を借りることもできた。しかし、目に見えないそれは他種族のものには到底理解し得ないもので、それは星屑の髪を持つその種族を孤立させるものとなっていった。そこで彼らは考えた。見えないのなら、人間の姿になって貰えばいい、と」
壁画を見ながら言葉を紡ぐ彼はどこか遠くの国の御伽噺をしているようだった。彼は続ける。
「儀式はこの遺跡で行われた。しかし彼らのそれは失敗に終わる。我が国はかつてドラゴンを創世の主と崇めるドラジェーン教を国教と定めていた。精霊の存在は彼らにとって邪魔でしかなく、人の姿をした精霊が現れるその瞬間、彼らはその精霊をあの宝玉へと閉じ込めたんだ」
「そんな逸話が……しかし、あの宝玉は壊れているように見えますが」
「確かに壊れている。あれにはもう精霊は封印されていないからな」
「え?」
「この話には続きがある。ある時、ザントテールに生まれた怠け者の王子が宝物庫であの宝玉を見つけた。なんだか妙に惹かれたそれを外に持ち出して眺めていると不注意で壊してしまったのだ。すると、その中にいた精霊が外へと飛び出した。中にいたのは氷の精霊で、彼女は狭い宝玉の中に閉じ込めたその国を憎んでいて、恐ろしいことに城と城下町を丸ごと、氷漬けにしてしまったのだ」
彼の目はどこか遠くを見ていて、思い出話をしているようだ。僕は壁画を見ながら彼の話に耳を傾ける。
「しかし、精霊はもう一人人間の姿で閉じ込められていた。その炎を司る精霊は生き残った王子を育て、氷の精霊を倒すまでに成長させた。そして、この国はようやく元の姿を取り戻したんだ。この宝玉はその戒めとしてここに保管されている」
「御伽噺のような物語ですが。……まるで見てきたような話ぶりですね」
「その王子、私だからな」
「……へ?」
素っ頓狂な声を出した僕にラウルは爆笑している。ザントテールが国ごと氷漬けになったなどという話はどこかで聞いただろうか。
「なる、ほど。宿魔法を精霊から伝え聞いたってのはそういうことですか」
「そうだ。さて、ここに君の求めるものはあるかな? そういえば、救いたい人がいると言っていたな」
「ええ、ティリスという女性です。剣聖ティリス・バスティードといえば早いかな」
「おお、青髪の可愛らしい少女だろう。剣聖フィリスとその娘の戦いなら私も見たぞ。私も剣が得意だがあれほどの試合はなかなか見れないな」
「えっ見たって?」
「見たが?」
「……ここからディクライットはかなり遠いのですが」
「引退をすると暇でな!」
「……」
もう理解しようとするのはやめだ。この人に一般人が思う王族の常識は当てはまらない。
「ははは、そういうことで暇人はそろそろ城に戻るとするよ。ディランはまだここに残るかな?」
「はい。僕はもう少し手がかりを探してみます。わざわざこんなところまでありがとうございました」
僕が頭を下げると彼は軽く手をあげて遺跡から去っていた。その笑顔は優しく揺れる炎のようだった。
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【手記】
D.1354 雪花の月4
ザントテール城下町の宿屋にて
ザントテールは穏やかな国だった。国王は我が国ディクライットの国王と親しくしており、街中でたまたま出会った私のことを陛下から聞き知っていた。他国からきた一旅人の私にも彼は優しく、レイネルの研究者が教えてくれた遺跡まで行って、その伝承まで話してくれた。
遺跡は確かにクワィアンチャーのものだったが、ここまで魔女が来たような形跡はなさそうだった。また空振りだ。
明日からは一旦、テーラに戻る。ディクライット領地に戻るのにもかなりの時間が必要だ。いくらディクライット=テーラ間公道が開通したとは言え、山脈を隔てた二国の距離はなかなか縮まるものではない。
魔宝石の洞窟で採集したものはもう全部売り払ってしまった。魔物討伐で旅費を稼ぎつつ、しばらくはテーラで情報収集をしようかと思う。
──ザントテールは緑が多くデュラムは最近機嫌がいい。帰り道は砂漠地帯のカル・パルディア遺跡は通らず、少しでも草地が多そうな海沿いをいこうか。その方が道も良くて早そうだ。
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