砂塵の向こうへ

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【手記】

D.1353 深雪の月10

カル・パリデュア遺跡にて


 かつては精霊を操る強大な軍事力で栄華を極めた銀髪の種族、クワィアンチャー族たちが作ったとされる遺跡を訪れた。

 山を越えテーラ国を経由してきたが、ここに魔女の痕跡はなさそうだ。


 リヒテルハイトがもっと栄えていた時代に作られたと言われる遺跡が遠く東、大陸の端にあるザントテールという国にあるため、次はそこに向かおうと思う。かなり長旅になりそうだ。


──砂漠の旅に少し慣れてきてしまった。

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【旅の記憶】


 砂塵が吹き荒れる長い長い砂の荒野をデュラムの足に頼って進み続ける。視界が良い時の砂漠は美しいが、いまは前方も見通せず進みにくい。日も落ちてくる頃だ。少し早いけどそろそろ休もうか。

 そう思って手綱を引いたその瞬間、砂の中に柱のような巨体が立ち上る。よく研いだ刃が集まったような口をこちらに向けたそれは砂漠に巣食うミミズ、レーゲンヴァームだ。

 それは僕の姿を確認すると再び地面に潜った。デュラムを走らせると先程いたところにまたその魔物が現れる。獲物を口にできなかったそれは周りを見回している。

 本来なら馬を心配して身ひとつになるところだろう。だが僕はデュラムから飛び降りることもなく水の魔法を放つ。大きく広がった水の膜がその全体を包み込む。動きの止まった魔物。

 レーゲンヴァームは変わった魔物だ。そのまま斬り捨てようとすると砂でできた体で器用に避けられてしまうのだ。しかし水で固めて仕舞えば脆くなる。

 デュラムが勢いよく魔物に近づいていく。彼ももうわかっていた。僕は剣を引き抜くと雷の魔法を込めて構える。十分近づき、紫色を帯びた剣を振り下ろす。

 断末魔。悪臭。戦いの終わり。


 こんな戦いを何度繰り返しただろうか。砂漠を歩くのも慣れてきてしまった。レーゲンヴァームが力尽きた場所に土の魔法で簡易的な風除けを作る。そこを隠すようにして魔物除けを張るのが常だ。

 あれから魔物除けを張り忘れたことは一度もない。僕は少し疲れているようで、デュラムは依然不安そうに僕のことを見つめてくる。彼にあんまり心配はさせたくないが、一人で長い間旅をしている以上、疲労が溜まるのは仕方がないことだと思う。


 いまはカル・パルディア遺跡の七個目の探索を終えたところである。遺跡は郡となっていて九つあり、地図上では真ん中に一際大きな遺跡がある。

 砂漠の中に唐突に出てくるにしては恐ろしく美しく、そして異質な遺跡だ。それは継ぎ目のない水晶で作られていた。

 ディクライットではこんなものを作ることはできないし、もちろん旅の途中で見たこともない。ましてや巨大な建築物だ。そんなものを作った銀髪の種族とは一体どんな力を持っているのだろうか。

 他の遺跡は今のところ全て自由に出入りができたが、中心のものに関しては中に入ることができなかった。扉に何か強固な封印がかけられているようで、何か資格を持ったものでないと入れないようだった。

 彼らの種族に関係のないアルベルティーネが中に入ったとも考えにくく、僕は何も得られないままそこを後にした。他の遺跡についても中には祭壇のようなものがあるのみで、めぼしい情報は得られなかった。

 あと二つある遺跡もおそらく同じだろう。足を運ぶだけ無駄にも感じるが万が一魔女がいたらと思うとその可能性を捨てきれない。


 それにこの遺跡を調べたら次に行く場所はもう決まっていた。ここに訪れる少し前、レイネルという村で出会ったクンメルという魔法研究者が言っていたことだ。

「カル・パルディア以外にならザントテールにも似たようなクワィアンチャー族の遺跡がある。なんでも精霊を人間の形にしようとするなどという大それた儀式を行った場所だと聞いている」

「へえ、精霊を。そんなことができるんだ」

「失敗したようだがな。かつての隣国で今は遺跡を管理しているザントテール王国は昔、竜信仰のドラジェーン教を国境としていてな。それで邪魔が入ったようだ」

「そうなんだ。精霊、会えるなら会ってみたいものだけどね」

「そうだな。私もいろいろ聞いてみたい。魔法に関しては詳しいのだろうか」

 研究者とは面白いものだ。自分の知的好奇心のためには空想のような伝承まで本当のことのように話す。僕も旅が終わったらそういうことができるだろうか。しかしまずは魔女だ。何にしてもティリスの命が保障されないと、僕は僕の人生を歩むことはできない。

 夜が明ければ、また砂漠の上を歩いていく。ザントテールという国は大陸東の果てにある国だ。この旅はまだまだ終わらない。


 砂の上、一人と一頭の足跡だけが彼らを追いかけていくのだった──。



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