魔宝石の洞窟
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【手記】
D.1348 雪花の月22 魔宝石の洞窟にて
アルベルティーネからもらった地図と、王立図書館にあった古地図に差異があった。
私はアルベルティーネの地図では記載されていない洞窟を見つけ、そこにいくことにした。
信じられないほどの量の魔宝石を見つけられた。最奥にはドラゴンのような得体のしれない魔物が居座っており、それは私と交戦し始めると間もなく自爆した。
アルベルティーネの退魔の腕輪は、その魔物に反応して熱を発し、私は大変な火傷を負った。それにかけられた呪いは複雑で、それは彼女にしか操れぬものだ。
私は今日をもってアルベルティーネの元を離れ、自らの力での困難に立ち向かうことを決めた。
敵は一体何なのだろう。薔薇の魔女……あるいはこの旅は本来の目的よりもずっと大きく、世界に関わるような事柄なのかもしれない。それが何であれ目的は変わらない。
ただ私は、彼女を救うことだけを望んでいる。
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【旅の記憶】
僕は今、ある洞窟にいた。
実はちょっとした思い付きで気になっていた場所なのだが、ラスタ=マリリスを出た後、アルベルティーネからもらった地図と昔ディクライットの王立図書館で見つけた領内の古い地図とを見比べていると、薔薇の魔女の地図には記載されていない場所があることに気が付いた。
あのアルベルティーネだ、まさか地図を書き間違えるなんてことはあり得ない。図書館のものにおいても十分な校正がなされているものだ。
──だとしたら古い地図に記されたこの洞窟は何なのか。
紫水晶の洞窟の地形が大きく変わっていたこともあり、僕はここに訪れてみることにしたのだ。
かくして古い地図通り、洞窟は存在した。
入口からして辺り一面に魔法の匂いが充満しており、少しくらくらする。
ただならぬ魔力の存在に僕はかなり警戒していた。魔力を生命エネルギーとする存在である魔物は、その量によって活発になるからだ。代わりに僕自身の魔法も威力は上がるが、魔物の一撃が致命傷になってしまったらこの旅は終わってしまう。
と、ふと地面にきらりと光るものが見えた。紫水晶かと思ったが紫一色の石はキラキラと輝いていて、結晶の中で炎のようなものが揺らめいている。
──これは魔宝石だ。
魔宝石は身につけるとそのものの魔法の効果が高まる不思議な石だ。僕の剣にも埋め込んでいるが、必ずしもその効果が石の大きさと比例するわけではないらしい。
辺りを見回すと、所々に魔宝石の原石がきらめいていた。魔宝石は紫水晶と違ってディクライットでは高級品で、装飾品としても価値が高い。どうしてこんなところに……魔宝石の採掘量が多いのは隣国のジェダンのはず。これも紫水晶と似たなにか悪しきものの弊害なのだろうか?
しかしこれで魔力が満ち溢れている理由は分かった。僕は奥へと進むため、燈明の炎を大きくした。
奥に進むと、さらに魔宝石の数は増えてきた。その色や大きさも様々で、なぜ今までディクライットでここが知られていなかったのか不思議だ。
地図に乗せてなかったことを考えると、意図的に消されたというのが妥当である。 アルベルティーネが何の地図を僕に渡したのかはわからないが、ここには何か誰かにとって都合の悪いものがあるはず。
考えながら進んでいると、禍々しい気配を感じて僕は立ち止まった。なにかいる。息を潜めて慎重に壁際に移動する。
気配がある場所に一歩近づいたその時、辺り一面、一斉に明かりが灯った。
先程まで全く自分以外の松明等の存在など思いもしなかったが、それは魔法によるものだった。近づいた際に何か依り代に含まれた魔力を使って明るさを得られるもののようだ。……とそんなことを気にしている場合ではない。
明かりがついたその先、洞窟内の開けた場所に横たわっていたのは巨大な生き物だった。発する禍々しい魔力からおそらく魔物であるとは推測できる。しかしそれは寝ているのか弱っているのか、すさまじい息の音を発していた。なぜこんなに大きな魔物が狭い洞窟にいるのか。
もう少し近づいて調べようと一歩進んだその時、僕は左腕に痛みを感じて腕をまくった。アルベルティーネに持たせられた腕輪が黒い煙のようなものを出して発熱している。
熱さに耐えきれずそれを外すと、例の魔物がこちらに頭をもたげて眺めていた。
まずい。見た目は真っ黒な竜──とは言えないほど体の端々が溶けかけているそれが咆哮を上げた。
大きく振りかぶった一撃。 思ったよりもそれの攻撃は速度が遅い。易々と避けることができたが、地面にはドロッとした粘着質の黒い物体がまとわりついている。
生きながらにして腐敗しているのか? 腐ったような匂いがあたりに充満している。
腕輪をつけていた所の火傷は酷く、意識が削がれる。早めにこの窮地から抜け出さなければ命がないと、僕は悟った。
幸い、攻撃は避けることはできる、あとはどうやって攻撃するか。何度目かの攻撃の後、反撃するタイミングをうかがっていた僕は信じられない光景を目にした。
急な爆音。衝撃波で吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。起き上がると辺りは砂と爆発の煙に包まれていた。
恐ろしい爆炎を吸わないように魔法で結界を張る。先ほどの衝撃でしばらく動けそうにない。様子をうかがっていると、次第に煙は晴れてきた。竜は跡形もなく消え去っていて、安堵のため息を漏らす。
発熱した退魔の腕輪を見ると、魔除けの魔法がかかっているように見せるカモフラージュの魔法がかかっていた。解くと、最下層に魔物を呼び寄せる呪いと術者に居場所を知らせる魔法が二重にかけられていた。これはいったい何だろうか。
アルベルティーネがこの魔法に気付かなかったことはないだろう。それにこのように複雑に隠すような形で魔法を付与できるのは薔薇の魔女の他には僕が知る限り一人しかいない。
と、いうことはだ。アルベルティーネは僕を危険にさらし、監視することで何を企んでいたのだろうか。そしてこの魔物が隠されていたこの洞窟は一体。
彼女の疑いが晴れるまで、僕はアルベルティーネの元に戻ることは避けておいたほうがいいだろう。どの道伝承のもととなった場所にはどちらも訪れたので、新たな情報を得ることもできなそうだ。しかし、僕が狙われているのならば、安易にディクライットに戻ることも皆を危険にさらすことになる。そしてティリスに呪いの印が出ている理由もまだわかっておらず、それすら薔薇の魔女の仕業ということも考えられる。
もうここに来たことも知られているだろうが、この腕輪はラスタ=マリリスまで戻って廃棄することにする。この旅はまだ終わりそうにない。
──何もいなくなった洞窟で、魔宝石だけがキラキラと輝いていた。
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【手記】
D.1348 雪花の月27
ラスタ=マリリスにて
アルベルティーネからもらった腕輪を破棄しに来た。
相変わらず、ここには何の手がかりもなさそうだ。
アルベルティーネに会ったら、魔物に襲われたときになくしたとでも言おうか。
しばらくは紫水晶の呪いや魔宝石の洞窟に関わる情報を探ろうと思う。またあの変な魔物にも出会えるかもしれない。
──またデュラムがシュニートイフェルに絡まれて機嫌が悪い。
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