ラスタ=マリリス

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【手記】 ︎


D.1348 環雪の月15          

薔薇の館にて


 調査結果を報告すると、別の手があるといわれた。

 次は紫水晶の伝承の元であるラスタ=マリリスの街へ向かう。



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【旅の記憶】 ︎




 再びの薔薇の館。僕は紫水晶の洞窟での出来事を報告するためにまた魔女のもとを訪れていた。

「何もなかった?」

 僕の報告を聞いた彼女は相変わらず優雅に紅茶をすすりながら顔をしかめた。

「というより、洞窟内は変わりすぎていた。以前訪れた時にはいなかった魔物が蔓延っていたし、その地形ですら前とは変わってしまっていた。最奥の結晶を確認するまで場所を間違えてしまったのかと思ったよ」

 それは変だな……と彼女がつぶやく。茶器を置いた音が静かな部屋に響いた。

「大抵の場合、魔物たちが特定の住処を離れ、得体のしれない場所に住み着くことは少ない。地形が変化していたことはおそらく地下水脈の影響だとは思うが……魔物の件に関してはそれだけが理由とは少し考えづらい。ここまではお前も同じ考えだろうが、私が思うにおそらく紫水晶の呪いの影響が強いのだろうと思う。お前やティリスへの影響も心配だし、今後あそこに近づくのは不用意かもしれないな」

「そうなると、呪いを解く手がかりが掴めなくなってしまう」

「いや、まだ手はある」

「手?」

「ああ、一つ思い出したことがある。紫水晶の伝説のもとになった夫婦が実際に住んでいた街が洞窟の近くのグロスべ地方にあるといわれている」

 彼女の赤い瞳が、どこか遠くを見つめているように感じた。


 かくして、僕はディクライット領グロスべ地方にある街──ラスタ=マリリスに向かっていた。

 本来北のほうは暖かい気候のはずなのだが、思っていたよりも雪は深くデュラムが歩きづらそうにしている。デュラムの負担を気にして休み休み進んでいくと、不意に街の入り口が見えた。

 かつてこの街はディクライットの中でも中規模程度には栄えていた。約二五年前、当時その強力な精霊魔法によって世界最大の軍事力を誇っていたシェーンルグド王国の侵略によって滅ぼされた。入口の門もかつては頑丈だったのだろうか今は見る影もない。周りの柵も劣化が進み、雪に埋もれてほとんど見えなかった。

 これは骨が折れそうだ。僕は小さなため息をついた。


 入口から見たよりも、街の中は雪が少なかった。というより、雪を潰した跡が多く見られた。

 歩きやすいのはいいことだが、何か魔物でも住み着いているのだろうか。だとしたら用心しないと。と、その時、顔面に衝撃が走った。同時に冷たさが顔を覆いつくす。

──雪? 

 視界にぽたぽたと落ちるそれを認識した時、また同じ衝撃が背中に走った。

 雪の悪魔シュニートイフェル! 

 いくつも投げつけられる雪玉をかわしながら、僕は松明代わりの炎の魔法をつけた。雪の悪魔という大層な名前を付けられたその魔物は、名前ほど恐ろしくなく、弱点である炎をみるとその人間には近づかない。彼らはただ人間と遊びたいだけなのだ。

 残念そうな声とともに雪玉の襲撃は収まった。少しかわいそうな気がするが、僕には魔物と遊んでいる暇はないのだ。近くの民家だったものを探索しながら、ゆっくりと先に進んでいく。


 その後、僕はしばらくラスタ=マリリスの街を歩いていた。

 街の建物はいずれもずいぶん前に人が住まなくなったようで、壊れた扉から中に入り探ることはできた。しかしまだ特にめぼしい情報は見つけられていない。アルベルティーネが言っていた街は本当にここなのだろうか。

 不意に大きな咆哮が僕を捉える。大きな熊に似た、エグラバーという名前のそれはヴァッサヴェルンと同じで冬は寝ているはずの魔物だ。眠りを妨げられたからか、それはかなり機嫌がよくないようで、一目散に僕に向かって突進してきた。

 氷の魔法が僕の手から迸る。エグラバーは氷の壁に激突すると少し固まっていたが、再び僕のほうへと向き直した。

 エグラバーははちみつが好きでそれを与えるとおとなしくなると聞いていたが、あいにく今日の僕はそんな嗜好品を持ち合わせていなかった。

「はちみつだけじゃダメそうだ」

 猛り狂った熊は執拗に体当たりを繰り返し、氷の壁が突破される。それと同時に僕は氷で作っていた足場で飛び上がり、魔物の背中に剣を突き刺す。

 甲高い悲鳴。僕は突き刺さった剣を蹴ってより深くに差し込むと魔力を流し込んだ。剣の内側から広がっていく炎。さらに魔力を強くしていくと不意にその巨体が黒い煙となって掻き消えた。魔物を仕留めた時の嫌なにおいが残った。

 それにしても、魔物が多い。道中エグラバー以外にも幾度となく遭遇したが、魔物たちはこの辺りで集会でも開いているのだろうか。まともに相手をしていなくても疲労はたまる一方だ。

 アルベルティーネがくれたこの退魔の腕輪も意味を成しているのか……そのことは後で考えよう。

 そろそろ、デュラムに施した魔結界の効果も切れる。彼を迎えに行かなければ。



 デュラムの元につくと、彼は先程の雪の悪魔シュニートイフェルに絡まれており、彼は投げつけられた雪玉をうっとおしそうにその黒く美しい尾で退けていた。

 いつまで待たせるんだといわんばかりの恨めしそうな視線に、僕は少し笑ってしまったのだった。


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【手記】 ︎


D.1348 雪花の月4    ラスタ=マリリスの街にて


 どうやらこの街にも何も手掛かりはないらしい。

 かなり魔物が多く、退魔の腕輪の効果やアルベルティーネの情報も

確かではないようだ。

少し、自らが気になった場を調べてみるのもいいかもしれない。



──デュラムがシュニートイフェルに絡まれて不服そうだ。

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