紫水晶の洞窟、再び ①

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【手記】


D.1348 環雪の月3 紫水晶の洞窟


 二度目の調査だ。

・以前よりも少し紫水晶の数が多い。

・流水の音が聞こえる。地下水が侵入しているようだ。

・生き物が生息しているよ──襲われたため、書き損じた。

上記は無数のヴァッサベルンに襲われた。冬の眠りを妨げられたからか、かなり狂暴だ。


 中央にあった大結晶はかなり大きく、普通の人間の二倍以上はあった。以前来た時よりも大きい気がする。


 採取した結晶の一部を持ち帰る。ほかの場所で取ったものより輝きが多いが、その他はいたって普通。

 物音が聞こえた。様子を見にいく。


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【旅の記憶】


 洞窟内はその時期にしてはとても暖かかった。


 入る際にあけた穴が戻った時塞がってしまっていることを避けるため、雪除けと魔除けの魔法陣を描いた。デュラムは少し不服そうだったが、大人しく帰りを待っていてくれるようだ。そうして僕は一歩、洞窟の中に足を踏み入れたのだった。


 以前来たときと同じく松明代わりに出した炎の魔法で照らされた岩がてらてらと光る。少し、紫水晶の数が多くなっているような気がする。

 静寂が空気を満たし、進むごとに岩を踏む音だけが周りの岩に反響する。仲間がいないとこんなにも静かなものだろうか。

 以前の記憶を思い出しながら僕は洞窟内を進んでいくが、何かがおかしい。短期間で洞窟内の道が変化すること等あるのだろうか。

 以前訪れた際はほぼ直進するのみで巨大な水晶がある場所にたどり着くことができたが、先程から何度も曲がりくねった道に沿っている。それに伴って分かれ道も多い。

──水?

 流水の音だ。すぐ近くから聞こえた。僕はそのまま水の音が聞こえた方向へと向かう。近づくにつれ音は大きくなり、ある程度進むと少し開けた場所に出た。

 以前調査に来る際この付近に地下水が通っているなんて話は聞いただろうか。しかしどうやら地下水が洞窟内の穴から侵入し、流れ込んでいるようだった。

 と、その時水以外の音を僕の耳は捉えた。

──魚? 

 この時期、魚は氷の下で眠っているのではなかっただろうか。手記に記入しながら呑気にそんなことを考えていた時、水面から何かが飛び出した。

 それは僕の顔の横すれすれを飛び、一旦地面に落ちたかと思うとはねて再び水に戻り入る。

 一匹だけではなかった。尖った歯を持ち水に潜むもの──ヴァッサベルン──彼らは集団で生き物を襲い、水に引きずり込むことで餌を得るのだ。

 気が付くのが遅かった。僕に剣を引き抜く隙はない。手記は落としてしまったし、手袋に噛み付いた魚を振りほどくと同時に、またほかの魚が飛んでくる。

 不意に冷たい感触が走る。よろけた足が水に浸かっていた。冬の水は凍りつくように刺す冷たさだ。

──水の中は彼らの場所だ。

 焦って後ろに退いたために体勢を崩した僕の隙を狙って、恐ろしい数の魚が宙を舞う。腕と足に痛みを感じた。彼らの牙は鋭く、ブーツからは血が滲んでいた。

 水の中、紅が絵の具のように広がる。 魚達は血に興奮し、勢いを増して僕に群がった。

「エーフビィ・メラフ!」

 炎の魔法だ。とっさに叫んだそれに呼応するように炎が舞い上がる。怯んだ魚達の隙を利用して、何とか水のない場所へと後退した。

 彼らの攻撃はまだ止まないが、僕にはそれで十分だ。

──エーフビィ・アイジィ。

 無言詠唱。本来口に出して唱えなければいけない呪文を頭の中で考えることで魔法を発動させる高度な技だ。習得するのは難しいが代わりに相手の不意をつくことが容易になる。僕は集中力が削がれない限りは無言詠唱で魔法を使うことを意識している。

 心の中で唱えたその言葉に応じて、僕の手のひらから冷気が迸り、水にたどり着いたそれは仲間を瞬時に増やしてそのすべてを氷へと変える。

 帰る場所を失った魚たちは無力だ。虚しく地面に落ちて跳ねていく音だけが洞窟内に響いていく。僕はまとわりついていた魚達を振り解くと立ち上がった。

──氷は綺麗だ。

 どんな時にも、氷は僕の心を穏やかにさせてくれる。ディクライットに降り積もる雪も小さな雪の結晶が集まったものだ。僕はそれを眺めるのが昔からとても好きだった。

 我ながら水ごと敵を氷漬けにするのはいささか大胆すぎるとは思う。だがこんなたくさんの魔物に襲われたのだ、仕方のないことだろう。

 ようやく水から離れたところに落ち着いた。自分の傷を確認すると、僕は長いため息をついた。

 足からの出血が酷いが傷自体は大したものではなく、簡単な癒魔法ゆまほうをかけると僕は立ち上がった。


癒魔法ゆまほうは一人旅をするには便利な魔法だ。しかしその分先程使った氷の渾魔法こんまほうに比べたら魔力の消費が多い。

 今魔力をやたらと消費しないほうがいいだろう。 破れたブーツの箇所が少し歩きにくいがそれほどの支障はない。

 血を拭い取ると、僕は再び歩き出した。

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