紫水晶の洞窟

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【手記】


D.1348年 環雪の月2   紫水晶の洞窟を臨む場所

雪が少し強い

明日、私は洞窟内を再び調査する。

その前に前回調査した時の内容をここにまとめておく。

   

・匿名の依頼人による依頼(依頼主は騎士団をよっぽど信頼?)

・洞窟内には魔物は確認不可(依頼は魔物の大量発生による調査)

・紫水晶が多数みられた。

奥に行くほど数が多くなり、最奥には巨大な結晶が存在。


不自然な程魔物がいなかった。

二か月ほど経ってはいるが、何か手がかりはあるだろうか。

今日は明日に備え、早く休むことにする。


デュラムが寒さで機嫌が悪い。


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【旅の記憶】



 冷たい白に、一人と一頭の足跡をつけて歩いて行く。

 冬のディクライット領は基本的にはとても寒い。平原には遮るものはなく、風が勢いよく吹き荒ぶ。

 雪が薄く積もって銀色に染まった平原を進みながら、僕は今から向かう場所へ以前訪れた時のことを思い出していた。




 以前訪れた時には、まだここら一帯には雪が積もっていなかった。

 巨人たちのリーゼン平原と呼ばれているだけあって、見渡す限りの草が生い茂っている場所だ。デュラムが楽しそうに足を踏みならしていたさまを思い出す。

 前回の調査は魔物が大量発生しているという近郊の村の住民からの依頼によるもので、その目的は騎士団による調査及び魔物の駆除であった。

 この作戦のリーダーでもあり、前を先導する黄髪の青年ヴァリアが馬の速度を落とし、緩やかに足を止める。彼は王家の分家である貴族の家系で、僕の家とも遠い親戚にあたる。

 彼の家には代々騎士団に入る伝統があり、彼もその伝統を引き継ぐうちの一人だ。そして歴代の家長のように彼も優秀で人望も厚い。きっと彼のような人間が騎士団を率いる立場になるのだろうと、僕は幼い頃から漠然と考えていた。

 不意に、ヴァリアはいぶかしそうに首をかしげながら馬の歩みを止めた。彼の相棒であるグスターヴァスが声をかけ、説明を促す。

「どうした?」

「いや、この辺。妙に魔法臭くないか?」

「魔法ダァ? いんや、わかんねぇな。おい、ディラン。お前はどうだ?」

 魔法に秀でたものの中には魔力を生き物のように捉える人間もいる。僕にはあまりそういう感覚はないが、彼が言う魔法臭いというのはおそらく洞窟に近づくにつれて多くなっている正体不明の魔力の残留のことを意味するのだろう。

「魔力の残留は多いけどそこまでじゃないかな。誰かが魔物にでも襲われた時に大きな魔法を使ったんだろう」

「そんなところか。少し遠い場所に多い気がしたのだがな。まぁいいだろう。先を急ぐぞ」

「それにしてもレリエはよくもまぁこんな面倒な仕事を俺たちに押し付けたもんだ。魔物退治なんて新米に任せときゃいいのに」

「文句を言うな。依頼主は腕のいい団員を希望していたそうだからな」

 ぶつくさと文句を言うヴァスをヴァリアがたしなめる。彼らのいつも通りの光景だ。

「そうなのか? なら仕方ねえけどよぉ~」

 腕のいいと言う言葉に気を良くして口笛を吹きながら彼のスペディ──騎士団員が愛用する馬のような生き物で、見た目はほぼ馬と一緒だが長い耳が垂れていて性格は温厚だ──の歩を進める彼を見て、僕は少し口の端が緩むのを感じた。

「そういえば、僕等まっすぐ例の洞窟に向かっているけれど、その腕のいい団員を希望しているって言う依頼主には会わなくていいの?」

 ふと疑問に思ったことを口にすると、それは大丈夫だ、とヴァリアの声が返る。

「村には寄らず直接現地の調査に向かってよいとのことだ。どうもその依頼主は我々騎士団に全幅の信頼を置いてくれているらしい」

「アウステイゲン騎士団も有名になったもんだなぁ、なぁディラン?」

 依頼主がなぜそれ程騎士団に信用を置いているのか、前にも騎士団に依頼をしたことがあったのだろうか。そんな疑問に思考を巡らせていた僕はヴァスの問いかけにああ、と気のない言葉を返した。

「なんだぁ、興味なさそうだな。ティリスのことでも考えてんのか? 婚姻の儀が近いからっておめでたいやつめ」

 彼のいつも通りの答えにくい冗談を聞いて僕が返答に困っていると、皮肉げに微笑んだヴァリアが言う。

「結婚なんて一生に一度の大きな出来事だ。そんなときなんだから浮いた話ぐらいいいものだろう。……さぁ、着いたぞ」

 そこには黒々とした口を開けた、大きな洞窟が僕らを出迎えていた。

「ひゃー、こりゃ相当陰気な場所だな。魔物が出てもおかしくはねぇや」

 馬とスペディ達の手綱を近くの木に結びつけ、魔物が寄り付かないよう結界を張ったりなど探索の準備を済ませた頃、グスターヴァスが入り口をのぞき込んだ。中の深さを予想してか、これ以上ないくらい面倒だというように彼はやれやれと手を上げる。

「ああ、さっさと終わらせて帰ろう。ディラン、燈明の炎を頼む」

 ヴァリアの指示に返事をした僕は手のひらに意識を集中させ、松明代わりの火の球を出現させる。それが僕たちを追従するように念じるとヴァリアが頷き、僕らは洞窟の中へと足を踏み入れた。


✳︎✳︎✳︎


 洞窟内は少し冷えていて、この時期にしては肌寒い。所々に鉱石のようなものが煌めいていて、人の手があまり入っていないように見える。

「何だこりゃぁ。魔宝石みたいだな」

「魔宝石とはまた違うだろう。この鉱石からは魔力を感じない。おそらく普通の紫水晶じゃないか?」

「紫水晶? こりゃまた縁起の悪い……」

「ヴァスはそういうの信じるほうじゃないでしょ」

 騎士団の中でもたまに耳に入ってくる紫水晶の噂。そのことだと思った僕の言葉を聞いて、ヴァリアが笑った。

「こいつの縁起が悪いは別の意味だ、ディラン」

「ああ……カースティね」

 カースティはヴァスの幼馴染だ。紫色の鮮やかな髪色の女性だ。騎士団員でもある彼女は彼のことなると少し厳しく、いつもヴァスに小言を浴びせては面倒くさがられている。

「ちげーよ! 変なこと言うな悪寒がする」

「なあひどいじゃないか、カースティはお前を心配してるんだぞ?」

「うるせー!」

 ヴァリアは意地の悪そうな笑みを浮かべて同僚をからかう。これもいつもの光景だ。同期である彼らの中には彼らなりのコミュニケーションの方法がある。それは僕と僕の同期達との中にも例外なく存在するお約束のようなものだ。

 少し先まで進んだが道中魔物が出る様子は全くない。道も狭くないため比較的楽に進むことができているが、問題の魔物とはどこにいるのだろうか。

「アメリアを連れてきたほうがよかったかとか言っていたが、その必要はなさそうだな」

「まぁ彼女がいればこのつまらない雰囲気は幾分よくなったかもしれないけどね」

 アメリアは癒魔法ゆまほうという傷を癒す魔法を使う団員だ。その力が必要だったかもとヴァリアは言ったが、挙げられた名前は明るくておしゃべりが好きな僕の同期だ。僕の冗談にヴァリアは笑い、ヴァスが続けて声を上げた。

「あー、それにしてもなにもねぇよな! ほら、ここでたぶん終わりだぜ?」

 かなり開けた場所に出たが、ヴァスの言葉通り奥に進む道はなく、壁沿いの奥にはかなり大きな紫水晶の結晶が鎮座していた。

「これもただの紫水晶だな。それにしてはかなり大きいが」

 天然の鉱石にしては異常に大きく成長したその結晶は加工もしていないのにキラキラと輝いている。紫水晶の大結晶を見つめると透き通ったその石に映った自分と目が合う。試しに触れてみたがただの紫水晶だ。何かがあるわけではない。

「こんなに綺麗なのにね」

 僕らは調査結果を証拠に残すため、魔映晶──魔力で風景を水晶に写し取る道具だ。写し取られたものは水晶の中に映し出したり、紙に転写したりすることができる──で大結晶の姿を記録した。

 そして大方記録し終わった僕らは、無事帰路へと着くこととなったのだった。


✳︎✳︎✳︎


 ディクライットの城に帰ってきた僕らは馬を舎に繋ぎ、城の大広間で一息ついていた。

「結局、何もなかったな。依頼主は俺たちを馬鹿にしてるのか」

「まあ、なにかと間違えたんだろう。無駄足だったが何か悪いことがあるよりはマシさ」

 ヴァリアの言葉に悪態をつきながらも瓶詰の酒を飲み干したヴァスを見て、僕は少し安心した。たしかに魔物が闊歩しているよりは、何もない方がマシだ。依頼主も魔映晶の記録付きの報告を見れば安心するだろう。

「レリエには私から報告しておくよ。何もなかったとは言え、長旅だ。三日程ゆっくり休むといい。儀式の準備、あるだろう?」

 ヴァリアはこのところ、婚姻の儀が近い僕のことをずっと気遣ってくれていた。その優しい言葉に素直に礼を言うと彼は微笑んで去っていった。


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 さて、そんな事を思い出しているうちに現在の僕も目的地へと辿り着いた。

 洞窟の口は少し雪が積もっていたが、払うと黒々と大きく開いた。この洞窟は、僕が足を踏み入れることを待っている。



 紫水晶の洞窟。今、この中はどうなっているのだろうか。

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