第2話
その日は大阪にしては珍しく、雪が降っていた。リリイの店を出た後、恭太は自分の家を目指し自転車を漕いでいた。雪で視界が悪く、うまくスピードが出ない。
―遅くならなければいいが。
恭太は自分の帰宅時間を気にしていた。色町から恭太の住むマンションに向かうには町を出てから川の上を橋で通過しなければならない。恭太が住む町は住宅情報誌では人気のエリアとされていた。町には若者に人気のあるショップ、カフェが点在し、土日の公園では所得の高そうな家族が遊んでいる。
―川を跨いだだけで、町の雰囲気がこんなにも変わるとは。
戦前は恭太の住む町も先程恭太が過ごした町と同様に色町であったと、恭太は彼の祖父から聞いたことがあった。川を挟んで二つの町が存在し、その片方は変化を拒み、もう片方は変化を選んだのだ。刺激を求める者は変化を求めるものだ。しかし、恭太は刺激的だが変化を拒んだ町に通っている。
―このような過激な遊びを好む俺は寧ろ、変化を望まない保守的な生き方をしているのかもしれない。
恭太はそのように自分を考えるときがある。
寒さが気にならない位に体が火照ってきた頃、恭太は自分の住むマンションに辿り着いた。そのマンションはリノベーションが施され、見ためは綺麗になっている。しかし、築年数が古いため、家賃は恭太の収入でも充分に賄える。自分の部屋の鍵を開ける。
「ただいま。」
恭太は玄関でそう言った。
「おかえり。」
部屋の奥から同棲している恭太の恋人が出迎えた。
「長かったんやね。忘年会。」
そう言われ恭太は腕時計を見る。時計の針は午後11時30分を指していた。
「うん。話が盛り上がって。」
恭太はあまり酒が強くなかった。なので、二次会に参加することはほとんどなく、一次会が終われば大体は家に帰る。
「酔うた。風呂入って寝るわ。」
「そう、疲れたんやったら早く寝た方がええね。」
恭太の恋人の名前は梨央と言った。恭太は風呂に行こうとバスタオルをリビング近くの箪笥から取り出す。そして彼が服を脱ぎだしたころ、梨央が恭太に話しかけた。
「今日ね、仕事で営業先に行ったの。そしたらね約束の時間にお客さんが来なくて、一時間も待たされたの。普通、時間を指定したら、その通りに来るべきじゃない。何を考えているんやろ。」
梨央はメーカーで営業をしている。
「そうか。」
恭太は気のない返事をした。
「あとね。営業が終わって会社に戻ったら、上司がね、帰ってくるのが遅いって言ったきたの。大体、お客さんに待たされているんだから、帰ってくるの遅いの決まってるやん。ひどくない。」
「せやな。」
恭太はまた気のない返事をした。先程、早く寝た方がいいと言っておきながら、何故、女は男の睡眠を阻害しようとするのか。しかも恭太は冷たい部屋の中で服を脱ぎはじめている。所詮、男と女の間で取り交わされる会話などこんなものと、恭太はこの長い同棲生活で悟っていた。それでは恭太は何故一人で生きていくことを選択しないのか。それは、彼が自己分析した通り、人生に変化を求めていないからである。煩わしい修羅場を経てまで梨央と別れたいとは思わない。
「風呂、入るわ。」
恭太は語気を強め、梨央にそう言い風呂場へ向かった。
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