第30話 死にたい私は不釣り合い


 最後には役者全員が礼をして幕がどんどん下に降りてくる。私を含めた観客が拍手を送った。これまで聞いた中で一番の拍手だ。体育館が明るくなる。


「よかったね」

「そうだな」


 簡素な言葉であるがそれ以外の言葉は出なかった。あの演劇の感想に合う言葉など私には持ち合わせていない。


『幸せは常にあったら幸せじゃなくなっちゃう』


 いい言葉だと思った。幸せは意識して感じるもので、常に幸せならそれは普通に成り下がってしまうから。


 青い鳥の童話を読んだときは青い鳥が逃げることに疑問を思っていたけど、そういうことだったのかな。童話での教訓や考え方は人それぞれで諸説あるけど、この捉え方は私好みだ。


「それじゃあ、しずくちゃんを迎えに行こうか」

「そういえば俺もそろそろシフトの時間だから行かねぇと」


 私たちは外に出るために立ち上がる。しかし途中で観客たちも帰りだし私たちは人混みに巻き込まれてしまった。


「――すず……」

琴葉ことのはさん!」


 相原あいはらくんに腕を掴まれる。一瞬驚きで体が震えた。そのまま相原くんに連れられて外に出る。


「ありがとう、助かったよ」

「いや、あんな状況で琴葉ことのはさんを一人にさせるのは危険だからな。男として当然だよ」

「――ふーん、男なら手を繋ぐのが当然なんだぁ」

「「え?」」


 声をかけられて咄嗟にそちらを振り向く。そこにはしずくちゃんと朱莉あかりさんがいた。


「あらあら、手を繋いじゃって。やっぱり二人は付き合っているんじゃないの?」


 互いに繋いだままの手を見つめてしまう。そこで恥ずかしくなり手を離してしまった。


「ち、違います!」

琴葉ことのはさんが人混みに流されそうだったから手を握っただけですよ」

響也きょうやくんも男っぽくなったねぇ。お互いにお似合いだし、そのまま付き合っちゃいなよ」


 朱莉あかりさんの言葉で顔が火照ってしまう。


「わ、私が釣り合っていませんよ」

「そんなことないから、涼音すずねちゃんは自信をもって! 仮に付き合うとしても響也きょうやの方が絶対に釣り合ってないから」

「よく本人の目の前でそれ言えるな」


 相原あいはらくんがため息を吐き、手元の腕時計に視線を送る。


「それじゃ、俺はシフトの時間だから教室行ってくるわ」

「そうなの? じゃあ今日のお昼は響也きょうやくんのクラスで食べない? お母さん、響也きょうやくんの働きっぷりを見てみたいわ」

涼音すずねちゃんは二回目になっちゃうけどいい?」

「うん」


 朱莉あかりさんの希望で相原あいはらくんのクラスで食事をとる。相原あいはらくんもシフト後も暇らしいので今日は一緒に回ることになった。


 昼食後も談笑して過ごし、相原あいはらくんのシフト終わりに合わせて教室から出る。


「それじゃあ、わたしたちは邪魔者なので~」


 するとしずくちゃんのお母さんがしずくちゃんの腕を掴み歩き出した。


「ちょ⁉ お母さん引っ張らないで!」

「ほらほらしずく、貴方の仕事はお母さんに学校を案内することよ。せっかくの青春の一大イベントなんだから琴葉ことのはちゃんに思い出作りさせないと」

「あたしの思い出は⁉」

「一日目が楽しかったんでしょ?」

「理不尽だぁぁぁぁぁ」


 小さいしずくちゃんの体で大人のパワーに勝るわけもなく、どんどん引きずられてしまう。


「あはは……行っちゃったね」

「ほんと、どうなってんだか」


 呆気に取られて見ていた私たちに訪れるのは静寂。非常に気まずい。


「とりあえず回ろうぜ」

「うん」


 何か話題を探すべく近くの教室に入る。その部屋の壁にはキレイな写真がたくさん貼られていた。どうやらここは写真部の展示教室らしい。


「キレイな紅葉だね」

「前にしずくが見せてくれた紅葉みたいだ」


 写真を指し、話す。桜、花火、雪など四季折々の美しい一瞬を捉えていた。一つ一つの写真に対する会話は短いが、量があるので静かになることはない。


「あの! お二人はお付き合いされているのですか?」


 突然声を掛けられビックリしてしまう。振り返ると数名の女子生徒がいた。その代表としてか一人の女生徒が前に出ている。


「「付き合ってないです」」

「息ピッタリじゃないですかぁ」


 否定するが見事に声が重なってしまい、声をかけてきた女子生徒の目はより輝きを増す。


「それでですねぇ。演劇部から衣装借りてあるので今日の記念にツーショット、なんてどうですか?」

「どうする?」

「俺は別に構わねぇよ。まぁせっかくの文化祭だし思い出作りにどうだ?」


 相原あいはらくんとのツーショット写真……。想像してみたけど悪くないかも。


「じゃあ、せっかくだし撮ってもらお」

「そのお言葉をお待ちしていました! 衣装はこちらに用意していますので」


 試着室のようにカーテンで囲われたスペースに入る。そこに用意されている服は私も知っているものだった。多分、女の子なら誰でも憧れたことがある服だと思う。


 でも……。


「あの、これどうやって着るんですか?」

「それではお手伝いさせてもらいますね」


 女子生徒の一人に手伝ってもらい着てみる。お姫様のように足まで伸びるロングスカート、見惚れてしまうほど美しい純白の生地。ウェディングドレスを身に纏っている鏡の中の私は自分自身とは思えない。


「お似合いですよ」

「そ、そうですか?」

「はい。これで彼氏さんの心を鷲掴みにできますね! 早速彼氏さんに見てもらいましょうか」

「あ、ちょっと待って!」


 カーテンを開けようとした女子生徒の手を掴む。


「どうされました?」

「あの、これ、恥ずかしい……」


 大事なところが隠れているとはいえ、胸の形がはっきりと分かるので相原あいはらくんに見せるのは躊躇いが生まれる。


「え~いいじゃないですか。将来は見せるんですから」

「そんなことは……」

「あるんです! それに水着姿とか見せたことありませんか? そっちの方が恥ずかしいですよ」

「見せたことありませんし」

「えぇ! でも付き合っていたら夏とかに見せるんですし、それに比べればマシですよ」

「まずまず、私たち付き合っていませんから」

「はいはいそうですね」


 私の言葉に聞く耳を持ってもらえずパシャリと勢いよく開けられる。目の前にはタキシード姿の相原あいはらくんがいた。


「あ、あ、あぁぁ……」


 頭が真っ白になり、足の力が抜けて地面に膝が付く。


 見られた、見られちゃった。相原あいはらくんに私のウェディングドレス姿を。


 本当に、昔の私はおかしかった。きっと常識がなかったんだ。相原あいはらくんと一緒にお風呂に入ったことなんて夢のように思えてくる。あのときはどういう心情で入ったんだっけ。


「だ、大丈夫か?」


 座り込む私に相原あいはらくんが腕を差し伸べてくれる。やっぱり相原あいはらくんは優しいな。しずくちゃんはあんなこと言っていたけど、やっぱり付き合うとしたら私の方が不釣り合いだ。


「ありがと」


 手を取り立ち上がる。秋で肌寒くなるような格好なのに妙に暑い。


「どう……かな?」

「似合っているよ。とてもきれいだ」

「そう? あはは」


 つい笑みを零してしまう。


相原あいはらくんも、かっこいいよ」

「そうか? 俺はこういう服似合わないと思うんだが」

「全然そんなことないよ!」

「そうか、でもこの格好は照れ臭いな」


 あははとお互いに笑いあう。気付けば羞恥心は消えていて、逆にもっと見てほしいと思えてきた。


「イチャイチャはその辺りで終わってもらって、こっちに来てくださ~い」


 声が聞こえ、教室にいた女子生徒たちのことを思い出す。私たちは指定された場所に立った。


「はーい、それじゃあ写真撮りますよ。お二人さんもっと寄ってください! お、彼女さんいい笑顔ですね。彼氏さんはもっと笑顔で! いいですね。はい、三、二、一」


 パシャリとカメラが音を発する。撮れた写真を確認したであろう女子生徒は満面の笑みを浮かべた。


「おっけーです! いい写真が撮れました! 確認しますか?」

「「はい」」


 女子生徒に歩み寄ってカメラに写っている写真を覗いてみる。そこに写る私は誰が見ても幸せそうな顔だった。まるで本物の結婚式の写真のようだ。


「これプリントしますか? この写真立て付きで二百円しますが」


 机に置かれていたサンプルを見せられる。木製のスタンド付きで色はナチュラルとダークブラウンの二種類があった。


「それならナチュラルの写真立てでお願いします! 相原あいはらくんは?」

「俺もそっちを買おうかな。いい記念になるし」

「分かりました! 火曜日以降に写真部の部室まで来てください」

「「ありがとうございます」」


 あの写真が貰えるなんて嬉しい。貰ったら勉強用机の上に置こう。


「ところで、まだ撮ります? 他にも様々な衣装がありますよ」

「すみません、こういう服は落ち着かないのでもう終わります」

「俺も恥ずかしいので勘弁してください」

「そうですか。貴方たちは絵になっていたので残念です」


 私たちは着替えると再度お礼を言って教室を後にした。

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