第29話 死にたい私と青い鳥

 そのまま一日目はしずくちゃんに振り回されるように遊んだせいか、充実した一日として幕を閉じた。今日から二日目、一般公開日だ。


涼音すずねちゃん! 今日も一緒に回らない?」


 昨日と同じくしずくちゃんが声をかけてくれる。それでも私は首を横に振った。


「ごめんね、今日は初めの演劇に合わせて席取りしておきたいから一緒に回れないの」

「そう……分かった。ちゃんとあたしの晴れ舞台見ててよ!」

「もちろん!」


 しずくちゃんは一つのグループの輪に入っていく。どのグループにでも違和感なく入れるその姿は涼香すずかを連想させた。ちょっと勉強さえすれば良い点も取れるし、運動神経もいい。今回の演劇も主人公をしている。


 本当にしずくちゃんは涼香すずかに似ている。生まれ変わり……なんて年齢的にもありえないが、つい考えてしまった。


 廊下を出て昨日と同じく図書室を目指す。まだ講堂は空いていないのでそれまでの暇つぶしだ。それに加えて……。


相原あいはらくんはもう来てるんだね」


 予想通り図書室で本を読んでいた相原あいはらくんが顔を上げる。私も早めに来たつもりだったのに相原あいはらくんの方が早かった。昨日もこの時間帯からいたのかな。


琴葉ことのはさんこそ昨日より早いな。まだリハーサルも始まってないだろ? どうしてここに?」

「えーとね」


 気恥ずかしくて視線を逸らす。やっぱり異性と話すのは勇気がいる。風邪のときはあんなに恥ずかしいことが言えたのに。


「その、今日って暇?」

「まぁ、シフトの時間じゃないときはここにいるけど」

「だったらさ、えと、あの……わ、私と」


 昨日から考えていたことなのに妙に言葉が詰まった。でも言わないとここに来た意味がない。静かに深呼吸をすると相原あいはらくんの瞳を見た。


「私と、一緒に演劇を見に行きませんか⁉」


 言っちゃった。もし断られたらどうしよう。


 いや、そのときは一人で講堂にいるだけなんだけど。あーもう、上手く考えられない。


「別にそれぐらいいいけど」

「え、ほんと?」

「暇だしな」


 よ、よかったぁ……。緊張が解けて息を吐く。この緊張は体に悪い。


「それじゃあ早速行くか。あと十五分で最初の演劇が始まるし」

「うん!」


 途中で飲み物を買いつつ私たちは講堂に向かった。


「誰もいないね」

「まぁ七分前だからな。文化祭の演劇のためにわざわざ早く来るのは俺たちぐらいしかいないだろ」

「確かに。うちの演劇部も有名じゃないし、演劇メインで来る人はいないよね」


 最前列に座る。外からはたくさんの話し声が聞こえてくるが講堂に入ってくる気配を感じない。こんなに広い空間に私たちの二人しかいないなんて、なんだか不思議だ。


 そう思っていたのだが、開演まで残り五分を過ぎた辺りから人が入り始めた。人の波は絶えることを知らずどんどん席を埋めていく。気付けばほとんどの席が埋まってしまった。


「……あっという間に埋まっちゃったね」

「だな。早めに来ていて正解だった」

「ギリギリに来ていたら昨日の二の舞いになってたかも」


 二日目もしずくちゃんの演劇姿を見れなかったら会わせる顔がなくなるところだった。


 開演時間となり、体育館の光がどんどん消えていく。そして舞台の幕が上がると、最初の演劇が始まった。三年生のオリジナル劇のようで、最高学年なだけレベルが高い。ストーリーはもちろんのこと、役者も喜怒哀楽といった感情が鮮明に伝わって来た。


 最期には盛大な拍手を行動全体に響かせて幕が閉じられる。私も思わず小さいながら手を叩いていた。


「文化祭で行う演劇ってこんなレベル高かったんだな」

「ね、私も驚いちゃった」


 クラスでする演劇なんて所詮お遊びレベルだと思っていたけど、その認識は改めた方がいいかもしれない。というか、そんな考えをしてきた自分を恥じるべきだ。


 それから何度目かの発表が終わって講堂が明るくなる。五分後には遂に私のクラスの演劇、雫ちゃんの晴れ舞台が始まろうとしていた。


 ちなみに私は風邪で休んだりノートを作るので必死だったから、クラスの出し物なのに初めて見ることになる。『青い鳥』の童話は知っているけど楽しみで仕方がない。


 五分のインターバルなどすぐに終わり、再び講堂が闇に包まれる。


「むか~しむかし、あるところに貧しい二人の子供がいました。お兄さんの名前はチルチル、妹の名前はミチルです」


 舞台を隠していた幕が上がっていくと、そこに雫ちゃんと一人の男子生徒がいた。イスの上に立って窓の外の外を眺めている。


「見て、お兄ちゃん。お隣の家のクリスマスツリーがとてもきれいだよ」

「食事も豪華だね。きっとこの後パーティーでもするんじゃないかな」

「でも、私たちの家はいつも通りだよ」

「仕方ないさ、僕たちの家は貧しいんだから」


 しずくちゃんのミチルは相変わらず無邪気で、チルチル役は感情の見せ方が上手い。多分あの男子生徒は演劇部なんだろう。そんな生徒と演劇をしているのに、しずくちゃんのミチルはチルチルと比べても見劣りしない。


 しずくちゃんの練習の賜物でもあるが、それと同様にいつもの無邪気さが上手くミチルと嚙み合っているからだろう。


 それからの動きは私の知っている青い鳥だった。魔法使いのおばあさんや光の精霊が現れて、様々な世界を旅して青い鳥を探しに行く。だけど何度捕まえても黒い鳥になって死んだり、赤い鳥になってしまう。そして最後は母親の声で夢から目を覚まし、おばあさんがやってきた。


「急に押しかけてごめんなさいね。病弱なうちの子がこの家の青い鳥を近くで見たいと言っているから貸してくれないかしら」

「「魔法使いのおばあさん⁉」」

「まだ寝ぼけているの? お隣のおばあさんでしょ。チルチル、早くあなたの青い鳥を持ってきなさい」

「お母さん、でも青い鳥なんて」


 チルチルがしょんぼりとした顔になる。しかしミチルが意気揚々に鳥かごを持ってきた。


「お兄ちゃん! うちの鳥が青い鳥になっていたよ!」

「本当に⁉」

「うん! 幸せの青い鳥は私たちの近くにいたんだよ‼」

「それじゃあおばあさん、どうぞ」

「ありがとうねぇ」


 おばあさん役の女子生徒は舞台から離れるが、すぐに光の精霊役の女の子と一緒に戻ってきた。


「あれ? 光の精霊さん?」


 ミチルの言葉に光の精霊は笑う。


「私が精霊だなんて面白いことを言いますね。私はただの女の子ですよ。チルチル、ミチル、ありがとう。青い鳥のおかげで私は元気になれたわ」

「そうなんだ。よかった」


 チルチルに鳥かごが渡される。しかし中にいた青い鳥は閉まりきっていなかった入り口を開けると、上へ飛んで行ってしまった。


「待って! 戻ってきて‼」


 チルチルが手を伸ばすが青い鳥は戻ってこない。


「ごめんなさい、私のせいで青い鳥が」


 チルチルと女の子が肩を落とす。しかしミチルだけが上を向いていた。


「大丈夫、青い鳥は自分が必要な人のところに行っただけだよ。きっといつか戻ってくる。だって幸せは常にあったら幸せじゃなくなっちゃうから。幸せは気付けばあるものなんだよ!」

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