第31話 死にたい私の気持ち

 それから、色んなところへ回った。お化け屋敷や縁日、小腹が空いたらクレープを食べたり。本当に充実した時間だった。以前の私なら絶対に経験することのなかった時間。


 気付けば文化祭の時間は終えて片づけをし、グラウンドで後夜祭が始まっていた。その光景を屋上から眺める。自由参加だというのに後夜祭にはたくさんの人が集まっていた。今は舞台の上で軽音楽部が曲を披露している。


 流石に屋上にいる私にまで音楽は聞こえてこないが、雰囲気を見る限り楽しそうだ。


「楽しそう……か」


 こんなこと、考えないようにしていた。考えても虚しいだけだったから。


 私は天才ではない。秀才にもなれない。そんな凡人だから、天才のように見せるためにテストの点数だけでも良くする努力ばかりしてきた。


 そんな私には友達なんて作る暇がなかった。友達なんて必要なかった。


 ……いや、これは言い訳だ。本当は怖かったんだ。


 友達だと思っていた人たちが自分から離れることが。自分だけ勝手に友達だと思い込むのが怖かったんだ。でも、そんな私にもしずくちゃんがいてくれて、相原あいはらくんと出会って、私の人生がまるで別の人生みたいに変わっていった。


 例えこれが表面上の関わりだったとしても、楽しいと思っちゃった。失うかもしれない。また悲しむかもしれない。


 それでも自分から求めてしまうほど――嬉しかったんだ。


 夜風が胸まで伸びている黒い長髪を靡かせる。まるで夢から醒めるように体が冷めていく。しずくちゃんは、相原あいはらくんは私のことをどう思っているんだろう。もし、私がテストで下の順位を取ったらどうなるんだろう。


 二人は凡人な私とも仲良くしてくれるのだろうか。


「お、こんなところにいたのか」

相原あいはらくん……なんで屋上に」

「なんとなくかな。今日はまだ帰らなくていいし、まだ文化祭の余韻に浸っていたかったんだ」


 高鳴る胸をよそに相原あいはらくんが私の隣にやってくる。そんな気配を悟らせないように視線を後夜祭へ向けた。


相原あいはらくんは後夜祭行かなくていいの?」

「俺はぼっちだぞ? 行く意味がない」

しずくちゃんに聞いたんだけど、一年生の頃は友達がたくさんいたんだよね」

「そう……だな。まぁ正直に言うと完璧ぼっちってわけじゃない。クラスで話し相手ぐらいはいる。けど、放課後に遊ぶような仲じゃないってだけだ。相手には遊んだり、飯食ったりする友達がいて俺はそこに入ってないだけ」

「それって寂しくないの?」

「んー、そうだなぁ……」


 相原あいはらくんは考えるようにフェンスに手を置くと、暗くなった空を見上げた。


「ぶっちゃけ寂しくないと言えば嘘になる。瘦せ我慢ってやつだ」

「そうなんだ」

「ただまぁ、そのおかげで琴葉ことのはさんと知り合えた。だから別にいいかな」

「そう……」


 嬉しい……その言葉が続かなかった。言えなかった。


 この気持ちはなんだろうか。


 自然と笑みが零れそうになる。声に出そうとしても口が上手く回らない。それに相原あいはらくんの顔が見られない。


 恥ずかしさ? 嬉しさ? 幸せ? 緊張?


 いや、そんな単純な感情じゃない。どれかが正解というわけじゃない。全てが正解、全部が入っている。


 ――コレが恋なのだろうか。


 ……いや、いやいやいやいや、そんなわけ……。


 まだ会って一ヶ月ぐらいしか経ってないのに好きになるなんてありえない。


 相原あいはらくんの横顔を見つめる。それに気付いたのか視線が合い、つい目を逸してしまった。


「どうした?」

「な、なんでもない!」


 胸が高鳴る。恥ずかしくて顔が熱くなる。肌寒い冷風でも私の頬の熱を冷ましてくれない。ダメだ、相原あいはらくんのことを考えれば考えるほど自分がおかしくなってしまう。


「それじゃあ私もう帰るよ」

「そうか。なら途中まで一緒に帰るか?」

「だ、大丈夫だからっ! 一人で帰る‼」


 私は逃げるように屋上を後にした。急いで階段を下りると昇降口で一度振り返る。


 足音がしない。どうやら追いかけてこなかったようだ。相原あいはらくんなら有り得るかと思ったけど杞憂に終わった。


 よかった……けど悲しい。本当なら追いかけてほしかった。


「って私は何考えてるのっ!」


 この考えを振り払うように首を思い切り横に振る。


 こんなの矛盾してる。本当に今日の私はおかしい。


「早く帰って休も」


 明日は月曜日だけど振替休日だからゆっくりできる。一日休んだらいつもの私に戻るはずだ。


 今日は楽しくて、恥ずかしくて、疲れる不思議な一日だった。

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