第19話 死にたい私と『彼女』

「私には双子のお姉ちゃん、琴葉ことのは 涼香すずかがいたんだ。双子って言っても二卵性双生児なんだけどね。だから姉妹のようなもので、あまり似てなかった。

 よくできるお姉ちゃんと普通な私。

 お姉ちゃん……涼香すずかは何をしても一番だった。学校のテストでも、部活でも一番。

 初めてやることでもすぐにコツを掴んで一気に成長する。

 まさに天才だった。

 だからこそ普通な私は劣等感を抱いていたの。自分は不出来なんじゃないかって日々思って、なんでもできる涼香すずかに嫉妬していた。

 そんな二人が同じ学校にいたらさ、やっぱり比較されるんだ。双子あるあるってやつなのかな。だけど涼香すずかが注意するだけですぐに比較の声が聞こえなくなった」

「良いお姉ちゃんだったんだな」

「うん。いつしか嫉妬の気持ちも消えて憧れの存在になったよ。本当に私と同じ血が通っているのかって疑うレベルで」


 話していると昔を思い出す。


 いつも笑顔を浮かべていた。自然と周りに人が集まって、涼香すずかが笑顔になればみんなも笑顔になる。本当に、存在そのものが私の自慢だった。


「でもね、事件が起きたんだ。今でも覚えてる。何気ない、いつもと同じような日だった。

 十二月五日。部活終わりの放課後。私たちが帰路を辿っているときに起こったの。

 信号が青になって、私たちが渡ると一台の車が突っ込んできたんだ。

 私は恐怖で足が竦んじゃった。まるで金縛りにあったみたいに動けなくて、目の前に迫ってくる車から目が離せなかった。

 死に際ってね、本当に時間が遅くなるの。

 スローモーションの映像みたいに徐々に車が近づいてきて、運転手の顔が観察できるほどだった。

 死ぬと思ったらさ、どんどん怖くなって死にたくない、死にたくないってずっと願ってた。願うことしかできなかった。

 そしたら体が横に突き飛ばされたの。おかげで私は助かった。何が起きたのかも分からなかったけど、その場の状況を見て理解するしかなかった。

 視線の先で倒れている涼香すずかの姿が見えたの。話しかけても一切動いてくれなくて、ずっと赤い血を流していて。

 彼女が私を助けてくれたんだってやっと気付いた」


 話しているとあのときの光景が呪いのように蘇る。周囲のどよめき。夕日に照らされオレンジ色に光る街並み。そして、光の灯ってない目を向けるお姉ちゃん。


「ぅ……」


 平衡感覚が失い、吐き気や目眩に襲われた。背中を預けて座っているのに、どこに地面があるのかさえ分からない。まるでイスごと体がグルグルと回っているようだ。


 思い出すとすぐこれだ。必死に吐き気を押さえ込む。瞳を閉じ、いつものように症状が消えるのをひたすら待つ。


 ――すると何かが私の手に触れた。


 目眩や吐き気がどんどん消えていく。そっと目を開けると私の手に相原あいはらくんの手が重なっていた。


「大丈夫か?」

「う、うん。でもその、手……」

「ごめん! なんだか琴葉ことのはさんが辛そうだったからつい」


 温もりが遠ざかる。私は逃さないように相原あいはらくんの手を掴んだ。


「別に、嫌なんて言ってない……そのままがいい」

「そ、そうか。わかった」


 一度離れると緊張しているのか、震えている手が私の手の上に乗る。それに安心感を覚えた私は再度言葉を紡いだ。


涼香すずかが死んじゃったあの日から気に日常が変わった。全部、悪い意味で。

 学校では私と関わる人がいなくなった。今まで仲良くしていたのが嘘のように関わりが消えたの。話しに行けば返答は貰えるけど、ただそれだけ。向こうからは一切話しに来ないし、私と話すときは嫌そうな顔をされた。

 そこでやっと気付いたんだ。

 みんな、前は私と仲良くしていたんじゃなくて涼香すずかと仲良くしていたの。私なんて琴葉ことのは 涼香すずかの周りにいつもいる妹としか思ってなかったんだと思う。

 今思えば私単体で遊びに誘われたことがなかったからね。毎回涼香すずかが誘われて、流れで私が誘われる感じ。だから何かが人よりできるわけでもない、全てにおいて普通な涼香すずかの劣化版だった私単体とは関わらない。

 価値のない人間に時間を費やすほど彼女たちも暇じゃないんだと思う。

 こうして私も話しに行かなくなって独りの中学生活が始まった。イジメが起きなかったのは不幸中の幸いってやつかな。陰口は結構聞いたけどね。

 本当に面白味のカケラもない日々だったよ。でも学校より家にいる時間の方がどちらかというと辛かった。

 私の家族ってね。私より涼香すずかの方が可愛がられていたの。特にお母さんは誰が見ても分かるほど涼香すずかを可愛がってた。

 お父さんはお葬式から一週間ぐらいで仕事に行けるようになったけど、お母さんのショックが大きかった。家事をする気力すら湧かなかったらしくて、毎日散歩をするかアルバムばかり見てた。だからその間の家事は私が頑張っていたの。

 部活もやめて家事をしたんだけど、意外にも気分転換になったんだよね。お母さんみたいに上手くいかなかったけど、料理は楽しかった。部活をやめたのは正解だったと思う。

 そんな日々がどれくらいかな。二週間ぐらい続いて、やっとお母さんも家事ができるぐらい回復したんだ。でも私たちは異変にすぐ気付いた。

 お母さん、四人分の食事を作っていたんだ。

 それを私たちは指摘できなかった。指摘することを恐れたの。これはお母さんなりの心の支えだったから。だから一人分、余った料理はお母さんが見てない隙に私とお父さんで食べるのが暗黙の了解になってた。

 だけどその生活は長く続かなかった。ある日、お父さんがお母さんに言ったの。

『もうやめてくれ。これ以上涼香すずかの死に引っ張られないで新しい生活を始めよう。また笑顔が絶えない日々を過ごそう』

 それが引き金になった。普段温厚だったお母さんが机を叩いて涙を零しながら叫んだんだ。

涼香すずかはもう笑えないのよ! 涼香すずかはもう幸せを感じられないのよ! それなのに私たちが笑っていいはずがない。どうして、出来のいい涼香すずかが死んで涼音すずねが生きているの‼』

 もう、それからは滅茶苦茶だった。お父さんとお母さんは喧嘩を始め、より家庭は崩壊。いつしか家では声の一つすら聞こえなくなった。

 そんな日が何日も過ぎたお昼ごろだったかな。先生からお母さんが事故に遭ったって連絡を受けたんだ。流石に喧嘩中のお父さんもこれには焦って、私も学校を早退して病院に向かったの。案内された病室には眠っているお母さんがいて、お医者さんは軽度の外傷で済んだのが奇跡だって話してた。でも実は今もお母さんは入院してるんだ」

「え?」


 その言葉に今まで黙って聞いていた相原あいはらくんが声を出した。


 そりゃそうだよね。普通、軽度の外傷で今でも入院するとは思わない。予想すらしていなかった言葉に困惑するのは分かる。


「事故で頭を打ったらしくてここ数日の記憶が飛んじゃったんだ。涼香すずかに関する事故とか、家庭崩壊を含めた数日間の記憶がキレイさっぱり」


 だけど問題はそこではない。私が話すべき内容はここじゃない。


 ゆっくりと深呼吸をして言葉を続ける。


「でもね、ただ記憶が消えただけじゃなくて変換もされちゃったの」

涼香すずかさんに関する記憶が変わったのか?」


 相原あいはらくんの言葉に首を横に振って否定する。


「ううん、そうじゃない。むしろ逆」

「逆?」

涼香すずかじゃなくて、私の存在自体を消しちゃったんだ」

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