第20話 死にたい私とお母さん
「え、いや、え?」
私の言葉で珍しく
「ごめん、ちょっと思考が追い付かなくて……」
「私こそごめん。ちゃんと説明するから」
以前にお医者さんが言っていたことを思い出し、言葉を紡ぐ。
「脳の記憶に関することだから確証がないんだけどね。お医者さん曰く目覚めたときは私と
お母さんは
しんみりした空気が嫌で笑ってみたけど、余計に重くなる。この空気が嫌で私は話を続けた。
「お母さんはね、記憶を書き換えてしまうぐらい心がボロボロだったんだと思う。それで私は
どれだけ練習しても、どれだけ頑張っても、ある一定の地点から全然成長しなくなる。そこからの成長には高い、高い壁があるのだ。
「私なんかじゃ
勝負は文字通り必ず勝者と敗者が存在する。例えそれが強者同士においても変わらない。勝敗によって片方が強いことが証明され、もう片方がその人より弱いことが証明される。
強者で勝者である
でも、時間さえあれば強者になることはできる。努力次第で力はついていく。だから私は強者であれば敗者になることがない世界で戦うことにした。
それが――
「勉強……ってことか」
気付いたように
「そう。だから私は勉強を頑張るの。とは言っても定期テストで一度も全教科満点を取ったことがないんだけどね。今一位にいるのはみんながミスをしてくれているから」
理論的には負けない。だから勉強を頑張っていたのに、未だに私は敗北しない条件を満たしていなかった。高校二年生となり受験を意識している人が増えたせいか、上位の人が私の点数に迫ってきている。このままだといつか一位の座を奪われるかもしれない。
一位ではない
そんな
「一位にならないと、
「……分からない」
「じゃあ
「そんなことない! ……はず。確かに
「それなら一位にこだわる必要はないと思うぞ」
「でも、それだとお母さんがまた昔みたいに……」
「――
唐突な言葉に声が詰まる。頭に流れたのは昨日の昼間。私が池に落ちたシーンだった。そう言えば、あのことはお母さんに報告していない。お母さんは私を心配してくれるのかな。
いや、私じゃなくて
「自分じゃなくて
「うっ……」
先程からエスパーみたいに思考を読まれて変な声が出る。
「俺はまだ昨日の約束を果たしてない。死にたくなるほど溜まっている愚痴ぐらい俺が聞いてやる」
「そんな、申し訳ないよ」
「いいんだよ。それともう一つ」
真剣な雰囲気を感じ取って一度
「勝手に自分の価値を決めるな。それを決めるのは自分ではなく、周囲の人間だ。少なくとも俺は生きる価値のある人間だと思っている」
しかしその言葉からは微塵も怒りを感じない。心が温かくなるような優しさが込められていた。そういえば昨日は自分を卑下にしたら頬を叩かれて怒られたっけ。
私のために怒ってくれたんだよね。
私を私として、
頬が熱い。なんだろ、どうして。
鼻に違和感が生まれ、思い出すだけで目に涙が溜まる。
「あの、えっと」
声が震えた。あのときは吐き捨てたい言葉が山ほどあったのに、今では一言も口から出せない。声を出そうとしたら涙が流れてしまう。
「な、泣いているのか?」
「すまん、俺変なことを……」
「違う、違うの。私は……」
声が上ずらないように注意しているせいか、小さな声しか出せない。
「私なんて、ただの出来損ないで、お姉ちゃんの足元にも及ばなくて……こんな双子なら生まれてこない方が、お姉ちゃんだけが生まれてきた方がみんな幸せなんじゃないかってずっと思ってたから、嬉しくて……」
「そんなことない。
体を抱き寄せられる。温かい
「ありがとう、ありが……とう」
『少なくとも俺は生きる価値のある人間だと思っている』
『そんな悲しいこと言わないでくれ』
今まで誰にも言われたことのない言葉を何度も反芻する。その度に涙が溢れ、親に甘える子供のように私も
時間が経って私も落ち着き、胸から顔を離すとすっかり冷めてしまったカフェオレを飲む。
「もし、死にたくないって思うようになったら俺に言ってくれないか?」
「うん、そのときはね」
そうなる日がいつ来るかなんて分からない。もしかしたら来ないかもしれないけど、今は少しだけ……。
ちゃんとこの世界で生きてみたいと久々に思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます