第14話 死にたい私とお風呂

 それからしばらくして救急隊の人たちに助けられた。少し事情聴取をされ、自身の不注意が原因と分かると厳重注意されて解放される。


涼音すずねちゃん‼」

「もう、ダメだって。しずくちゃんが濡れちゃうでしょ?」


 びしょ濡れの私にしずくちゃんが抱き着いてくる。そっと引き離そうとするが、全然離れてくれない。嬉しいけど、力が強すぎてちょっと痛いから勘弁してほしい。


「だって、だってぇ…………涼音すずねちゃんが死んじゃうと思って……。それに響也きょうやも池に飛び込みに行くし……。あたし怖くて」


 顔を私の胸に沈ませてくる。私はその頭を優しく撫でた。


「二人とも、風邪ひくしすぐ帰るぞ」

「うん……」

「そうだね。お母さんにお風呂沸かしてもらうように連絡しておくよ」


 しずくちゃんが離れて温もりが消える。私たちは一秒でも早くしずくちゃんの家に辿り着けるように公園を後にした。


 風が吹き、私は冷たくなった体を縮こまらせる。服が濡れてるせいで全身が冷え、声を抑えながらくしゃみをする。相原あいはらくんも寒そうに体をぶるっと震わせた。


「くしゅん。あたしも服濡れて寒くなってきちゃった」


 先導していたしずくちゃんが気恥ずかしそうに笑う。濡れた衣類を身に着けた状態で寒空の下にいるのは、掛け値なしに自殺行為なので私たちは足を速めた。


「ただいまぁ」

「「お邪魔します」」

「おかえりなさい。とりあえず二人はこれで体拭いて」

「「ありがとうございます」」


 朱莉あかりさんに渡されたタオルで体を拭いていく。


響也きょうやくんには悪いんだけど、お風呂は琴葉ことのはちゃんを先に入れさせてもらっていい?」

「それは構いませんよ」

「あの、先に相原あいはらくんを入るのはダメですか?」


 私のせいで相原あいはらくんがこんな状態になっているんだ。それなら私なんかより相原くんに先に入ってもらったほうがいい。


 相原あいはらくんにとってはありがたい話のはずだ。なのに……。


「何言ってるんだよ。女の子は体冷やしちゃダメだろ? 俺は大丈夫だから」

「そうよ。こういうときぐらいレディーファーストに甘えてもいいんじゃない?」


 相原あいはらくんと朱莉あかりさんに説得されてしまう。なんで、二人はこんなに優しいのだろう。どうして、こんな私に優しくするのだろう。


 朱莉あかりさんに男物の服を渡されて相原あいはらくんが奥の部屋へ向かう。


 私と同じくらい冷え、未だに震えている体。本当ならこんな目に遭うこともなかったのに、お風呂まで我慢して、悪態の一つも吐かないで。


 そんなの――あまりに理不尽だ。


「ま、待って……」


 相原あいはらくんの足が止まる。彼は私より先に風呂に入ろうとしない。そんな彼をすぐお風呂に入れるにはこの方法しかないだろう。


 私は恥ずかしさを堪えながら次の一言を発した。


「私、相原あいはらくんと……入ってもいいです」

「え⁉」「は⁉」「涼音すずねちゃん⁉」


 三人同時に驚愕の声を上げ、私は羞恥のあまり俯いてしまう。


 恥ずかしい。体は芯まで冷えてるのに顔だけ火が出るほど熱かった。


「本人がいいなら、構わないの……かな?」

「ダメに決まってるじゃないですか⁉ 俺は男なんですよ!」

「そうだよ、そんなことしたら涼音すずねちゃんの身が危ないって!」


 朱莉あかりとは裏腹に二人からは猛烈に反対される。


「でも、私のせいで相原あいはらくんも池に飛び込んだんです。だからもし、お風呂に入ったときに……は、裸を見られても……構いません」


 なんとか口にする。場の空気に耐えられなくなった私は逃げるように脱衣所へ向かった。扉を閉じるとすぐに服を脱いで体を洗い始める。


 いつもより念入りに洗うと髪を結んで湯船に浸かった。浴室は心身をリラックスさせる場所なのに全然落ち着かない。


 相原あいはらくんは入ってくるのだろうか。そればかり気にしてしまう。一秒一秒が長く感じた。


 ガチャリ


 脱衣所の扉が開く音が聞こえ、思わず背筋を伸ばす。浴室と脱衣所を仕切る扉から一つの大きな影が見えた。


「入ってもいいか?」

「ど、どうぞ」


 三角座りのように浴槽で座って秘部を隠す。衣擦れの音が扉越しから聞こえるたびに胸の鼓動が速まった。


 もうすぐ相原あいはらくんが、男の子が入ってくるんだ。


 ドク、ドク、と外まで聞こえるんじゃないかというくらい鼓動が早くなる。緊張のあまり目を瞑って扉が開くのを待った。


 そんな私の気持ちなど関係なく、一分も経たないうちに扉が開く音が聞こえてくる。恐る目を開けると腰に布を巻いた状態の相原あいはらくんが風呂場に足を踏み入れていた。


「っておま、布巻いてないのかよ⁉」

「そ、そんなの渡されてないし……」

「たく、目のやり場に困るな」

「見たいなら……見てもいいよ?」


 我ながら何を言ってるのかが分からなかった。頭が真っ白になって上手く考えられなくなる。


「それで見れたら苦労しねぇよ」


 呆れたように言葉を零して相原あいはらくんが頭を洗い始めた。太い腕、割れている腹筋。やっぱり男の子なんだと実感する。


相原あいはらくんは体鍛えているの?」

「いんや、ただ痩せ気味なだけだ」

「そうなんだ。……ねえ、その腕の痣大丈夫?」


 相原あいはらくんは髪を洗い終わると私が指差した腕を見る。


「あぁ、そこは前に琴葉ことのはさんに捕まれたところ」

「掴まれたって、屋上の話?」

「そうそう」

「もしかして、あれが原因?」


 だとしたら相原あいはらくんに迷惑をかけまくりだ。


「そんな拗ねるなって。あんな力で痣なんかできるわけないだろ」

「じゃあどうして?」

「恥ずかしい話なんだが、ドジして色んなところぶつけて痣作っちゃうんだよ」


 言われて注意深く観察してみる。確かに腕以外にも足とか背中……ってどうやったらそこに痣ができるんだろう。


「とりあえず、恥ずかしいからあまり見ないでくれるか?」

「ご、ごめん」


 ボディーソープを手に付け始めたので、相原あいはらくんから視線を外す。万が一相原あいはらくんの布がずれると大変なので背中を向けた。


 シャワーの音を聞きつつ浴槽の端に移動する。相原あいはらくんが体を洗い終わり、ぴちゃぴちゃと水の滴る音が木霊する。


 そろそろ入ってくる……。相原あいはらくんが私の入ってる湯船に。


「それじゃ、俺はもう上がるよ」


 しかし相原あいはらくんから出たのは予想外の言葉だった。思わず相原あいはらくんの方へ視線を移す。


「ど、どうして?」

「早く出るように言われたからな。それに琴葉ことのはさんも俺がいたらリラックスできないだろ?」


 相原あいはらくんが扉に手をかける。このままじゃ相原あいはらくんが出ていってしまう。そう思うと気付けば湯船から立っていて……。


「待って……」


 私は彼の腕を掴んでいた。自分でもどうしてかは分からない。考えるより先に体が動いていた。


琴葉ことのはさん?」


 相原あいはらくんが困惑を浮かべてこちらに振り返る。しかしすぐに視線を逸らされた。


 どうして、なんて考えるまでもない。今の私は一糸纏うことなく、秘部だって隠していない。


 つまり、つまり……。


 裸を見られた?


「は、はわわ……」


 これまでにない羞恥心が込み上げてくる。何をすればいいのか分からず、考えようとしても思考が纏まらない。ただこのままじゃいけないということだけは分かった。


 相原あいはらくんは困ったように視線を彷徨わせ……目が合った。途端に脳がショートして……


「だ、だめぇぇぇぇぇ!」


 パチンと鋭い音が浴室に響きわたった。

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