第13話 死にたい私と死

 これまでに感じたことのない浮遊感に包まれる。


 あぁ、私、落ちてるんだ。


 意外と頭が冷静だった。全てがスローモーションに見える。


 澄んだ秋空が視界を埋め尽くす。視界の端にいるしずくちゃんと相原あいはらくんが映った。顔がとてつもなく遠い。


 そういえば前もこんなことがあった。三年前の冬、下校途中の帰宅路。赤く染まった交差点。力なく倒れる『彼女』と光の灯っていない瞳。


 あ、やばい。これ……。



 ――死



 頭にその一文字が浮かんだ瞬間、時の速さは元に戻った。


 大きな音を立て、背中から水面に叩きつけられる。全身に衝撃が走り目を見開く。


 痛いと思ったときには水中にいた。目が開けられない。息が吸えない。


 寒い。冷たい。苦しい。怖い。


 手足をもがく。空気を求めて上を目指す。


「かはっ!?」


 なんとか水面に顔を出せた。不足していた空気を懸命に吸い込む。


 しかし焦っているせいか空気とともに水も吸い込んでしまった。思わずせき込んでしまう。


「――っ‼」


 そこで足が攣ってしまった。激痛で顔を歪める。悲鳴をあげようにも空気が足りず上手く声を出せない。残った両手で必死にあがく。


 やばい、やばいやばいやばい。


 このままじゃ死んで……。



 ――なんで生きようとしているの?



 ふと、そんな声が聞こえた気がした。


 そうだ。私はずっと死を求めていたはずだ。そして今、目の前に死がある。死ぬ勇気が持てない私の手が届く位置に。


 なら、流れに身を任せるのが一番じゃないのか?


 なんだか体が軽くなった気がした。先ほどまで感じていた激痛も消えて楽になる。


 抵抗をやめる。


 瞳を閉ざす。


 闇が私を支配する。


 そのままどんどん落ちて、落ちて、落ちて……。


 なにか、温かいものが腕に当たった。水中では何もかもが冷たいはずなのに、現れたその温もりに安心して身を任せる。私の腕は水中から出され、すぐに顔も再び空気に触れた。


「――まったく、なんであんな無茶をしたんだか」


 隣に相原あいはらくんがいた。呆れた声とともにため息を吐かれる。


「いやまぁ、止めなかった俺もいけなかったんだが。……大丈夫か?」


 あ、私生きてるんだ。私、また死ねなかったんだ。


「…………して……」

「ん? なんか言ったか?」


 気付けば呟いていた。私の呟きが相原あいはらくんには聞こえなかったらしい。


 それでよかったはずだ。このままお礼を言って助けを待てば万事解決。相原あいはらくんにも変に思われないで済む。


 なのに私は相原あいはらくんの顔を睨むと叫んでいた。


「どうして助けたのっ⁉」

「は?」


 相原あいはらくんが意味が分からないと言いたげな面差しになる。だけど私の言葉は止まらなかった。


「どうして私を死なせてくれなかったの!」


 分かっている。こんなの逆ギレだ。命の恩人に言うべき言葉はもっと他にある。


 そんなこと分かってる。


「私はね! 死にたいの! 死にたかったのっ! だけど自分では死ねない臆病者なの! 現状から逃げようとしても逃げられない、『彼女』の代わりにもなれないダメな子なの!」


 ダメ、今すぐにでも止めないといけないのに。


 声が震え、言葉を出すごとに目頭が熱くなる。それでも止まらない。堰を切ったように次から次へと溢れ出てきてしまう。


「なんで、私が生きたの? どうして出来損ないの私が生きて、出来のいい『彼女』が死んだの? なんで、どうして、意味が分かんない。私なんて生きる価値なんか……」


 ――パチン!


 高い音に遅れて頬ヒリヒリしてきて熱くなる。これは……痛み?


 目の前にいる相原あいはらくんは険しい顔をしていた。誰の目から見ても分かる。怒っている。


「それ以上を口にするな。愚痴なら後で聞いてやる。だから、今は黙ってろ。しずくが大人に声かけて助けを呼んでるから」


 頭上の道を確認する。しずくちゃんが懸命に走っている姿を確認できた。

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