第12話 死にたい私と紅葉

 そうして迎えた土曜日。私たちはキレイな紅葉が見られる公園まで足を運んでいた。


 と言っても遠い場所ではない。しずくちゃんの家から徒歩十分強の場所だ。公園には大きな池があり、その周りを囲むように紅葉が立ち並んでいる。


 前に見せられた写真ほどではないが、それでも美しい。水面に浮かんでいる紅葉もいい味を出していた。


「あはは、久々に来たなぁ。小学校の頃はここでよく遊んでたよね」

「だな。もう四年も経ってるのに、全然変わってねぇ」


 二人は懐かしむように周囲へ視線を向ける。


「それにしてもこんな近場でよかったの? 私からしたら新鮮でも、しずくちゃんたちからしたら見知った光景でしょ?」

「まぁね。でもそれでいいんだよ。こうやって昔を思い出す機会もあんまりないし」


 しずくちゃんがベンチに腰を下ろして瞳を閉ざす。私も座ると周囲を見渡した。


 滑り台やブランコで遊んでいる子どもたち。池の周りを歩いている人々。人はいるけど休日のお昼にしては静かだった。


 今の時代、外で遊ぶより家の中でゲームが主流なのかもしれない。外は寒いしね。そりゃあ暖かい場所で遊ぶほうがいいか。


「それじゃ、池の周りを一周するよ!」


 目を閉じていたしずくちゃんが立ち上がる。もう思い出に浸るのは終わったらしい。


「見終わったらどうするの?」

「今、お母さんがパンプキンタルト焼いてるからそれ食べよ」

「うーん、申し訳ないなぁ」

「えぇ〜じゃあ来てくれないの?」


 私の言葉にしずくちゃんが肩を落とす。わざわざ私たちの分まで作らせていることに罪悪感を覚えてしまうのだ。


 私たちの様子を見て相原くんが口を開ける。


琴葉ことのはさんはもっと人の厚意は素直に受け取ったほうがいいよ。しずくの母親は食べてもらうために作っているんだから、俺たちが行かないと逆に迷惑さ」

「そうそう! だから遠慮しないで!」


 なるほど。そういう考え方もあるんだ。人の厚意は素直に受け取る……か。覚えておこう。


「分かった。じゃあお邪魔させてもらうね」

「やったー!」


 しずくちゃんが両手を上げて分かりやすく喜ぶ。その姿を見て笑みを零しながら私も立ち上がった。


 私たちは紅葉の道を歩く。隣には木製のフェンスがあり、その奥に池がある。風が吹けば水面の落ち葉は動き、紅葉は互いに擦れあって音を立てた。


「そういえば、ここに生き物っているの?」

「もちろんいるよ。亀とかメダカとかザリガニとか。向こうに段差になってるコンクリートの場所があるでしょ? 夏場は池の水があそこまで入ってくるから、そこでザリガニ釣りとかしてたんだ」

「スルメイカ使ったら凄く釣りやすいんだよな」


 相原あいはらくんが頷く。やっぱり男の子ってザリガニ好きなんだ。


 でも、本当にスルメイカなんかで釣れるのかな? それよりどうやって釣るんだろ? 魚みたいにパクって咥え……ないよね?


 後で少し調べてみよ。


 ――ミャー、ミャー


 突然どこからか、か弱い猫の鳴き声が耳に入ってきた。周囲を見渡すが見つからない。


「あ、上にいるな」


 相原あいはらくんが指差した太い枝に一匹の子猫が取り残されていた。下には池が広がっており、落ちればただじゃ済まないだろう。心なしか震えていて助けを求めているように見える。


「た、助けないとっ!」


フェンスに手を必死に手を伸ばす雫ちゃん。だけど残念なことに身長も腕の長さも足りず、届く気配がない。


「流石にしずくじゃ無理だろ」

「でも、あの子猫がかわいそうだよ!」


 それでもしずくちゃんは手を伸ばすのをやめない。まだ子猫なんだから近くにきっと親猫もいるだろう。時間が経てば助けに来ると思うし、一人で来ていたら私は無視していただろう。


 だけど。


「だったら私がする」

「涼音ちゃん?」


 しずくちゃんの行動を見ていたら、私もあの子猫を助けたくなってきた。


 私はフェンスの上へ立つ。上は平らで幅があるし、これでも体感は強いのでなんとかなるだろう。


琴葉ことのはさん⁉ 危ないって‼」

「大丈夫、全然落ちる気配ないし」

涼音すずねちゃん頑張って!」


 しずくちゃんの期待に応えるべく、安定してきた私は子猫の方に腕を伸ばした。


「ほら、おいで~。怖くないよ~」


 目の前で怯えている子猫。しかし少しずつこちらへ足を差し出そうとしている。


「よしよ~し、いい子だね~」


 優しい声で子猫に話しかける。やがて踏ん切りがついたのか私に飛び移ってきた! 


 それを受け止めて抱きかかえる。


「おお‼ 涼音すずねちゃん凄い!」

「ほんと、見てるこっちがハラハラするな」

「ははは、ごめんなさい」


 通路の方へ子猫を着地させて安心し、私も下りようとする――その瞬間だった。


 突然これまでにない秋風が吹いてきた。紅葉同士が激しく揺れて音をたてる。体が冷やされ震えてしまう。


 そんな風だからこそ、私のバランスを崩すには十分だった。


「――ぁ」


 情けない声が漏れて足がフェンスから離れる。目の前の相原あいはらくんがいち早く私に手を指し伸ばす。私も彼へ手を伸ばす。


 ……が、届かない。


 そのまま私の体は二人とは反対方面……つまり池の方へ落ちていった。

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